Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第124夜

東北弁川柳




 という本が、葉文館出版というところから出ている (ISBN4-89716-078-2)。本屋でたま
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たま見つけたのだが、ちょっと唐突な感じを持った。帯によれば、大阪弁が 2 冊、博多
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弁、名古屋弁、江戸弁と出ているらしい。それが秋田の本屋には流通しなかった、という
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ことであろう。
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 これをちょっと紹介してみようかと思う。


 正直言って、印象がよくない。
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 川柳自体はいいのだが、そこここに配置されている随筆が、なんか納まりが悪い。東
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北弁を馬鹿にしていると言うか誤解していると言うか。
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 奥の紹介文を見てみると、どうやらネイティブが書いているらしい。ということは、批判
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しているように見えるのは、ボケなんであろう。それがボケに読めないんである。
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 こんな話がある。
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 渋谷駅に「鳩の落とし物にご注意ください」という注意書きがあるらしい。糞に気をつ
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けろと言うことだ。一方で、津軽では「ハド」は男性器を指すんだそうだ。この注意書き
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を青森駅に掲げたら反響を呼ぶであろう、というのだが。
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 呼ばないと思う。「ハド」と仮名書きしたんならともかく―と真面目に反論したくなる。
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 ドイツ語の "Auf wiedersehen" が、英語の "See you tomorrow" と同じ、とかいう間
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違いも犯している。"Auf wiedersehen" は、"See you again" である。「明日」という意
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味はどこにもない。
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 そもそも、帯のあおり文句が「この本、買わねばナマハゲが食いに来るど〜」である。
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ナマハゲは神様で、人を食ったりしない (*)
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 俺の不快感の原因はこれだと思う。本来は娯楽書だから、ドイツ語がどうの仮名書き
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がどうのと目くじらを立てるようなもんではないのだが、この第一印象の悪さはいかんと
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もしがたい。


 これは建設的な提案と受け取ってもらいたいのだが、各句が、どこの人がひねった
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ものなのか書いて欲しかった。
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 最初に述べたように、他の本が「大阪」「博多」「名古屋」「江戸」と都道府県以下の
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くくりなのに対して、こっちは「東北」なんである。秋田出身・津軽育ちの俺でもわから
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ない単語のオンパレードだ。
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 「しょし」が地域によって「恥ずかしい」であったり「ありがとう」であったりする、という
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解説があるんだからなおのこと。「せつない」に「うるさい」と訳をあてていた句がある
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が、どこの人なんだろう。こういう疑問の答えが欲しい。
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 流石に商売にならんだろうから、『秋田弁川柳』を出せとは言わない。


 それと、スペースかなんかで区切って欲しかった。
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 にも書いたが、方言を文字で表そうとする時、音を大事にしようとすると、漢字では
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なく仮名で書かざるを得ない。ところが、仮名を多用する文章は読みにくい。例えば:
ゆうめいずんけんずたぐぼぐせんまさお(田鎖トオル)
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むごどごなばぼしゃげでじっぱりかへがへる(渋谷 涼子)
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こじはんにへでなしざんぞくっちゃべる(会田 久子)
という具合。
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 最初の句は「有名人賢治啄木千昌夫」なのだが、「ゆうめいずん けんず たぐぼぐ 
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せんまさお
」という風に分かち書きしてくれると読みやすい。
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 まぁ、俳句や川柳は分かち書きしないことも多いようだし、投句者の書き方を忠実に再
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現したのかもしれないけど、読んでて疲れるのは事実だ。


 注目するべき句はこれ。
大阪弁わでにしてみりゃ外国語(藤野むらさき)
 の、ニュースにおける字幕スーパーの話と絡めた解説があるが、そういうことだ。大
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勢力を持った方言であっても、その地域に住んでいない者にとっては外国語。この出版
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社が大阪にあることを考えてみれば、この句を特別に大きな扱いにしてくれたのは非常
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にうれしいことだ。


 この種の試みは、「津軽弁の日」はじめ東北各地で行われている。
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 イベントになっていること自体、廃れかかっていることの証拠であるという見方もできる
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が、これがきっかけになって方言を否定する人が幾らかでも減ってくれればいいと思う。
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 この本については、なんかケチつけばかりつけてしまったが、今後、全国に展開してい
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くと思われるので、参考になれば、と思う。読んでないと思うけど。



注: 中の随筆を読むと、そういう芝居があったらしいことが分かる。であれば、本当に悪
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 いのは、そういう台本を書いた脚本家だ。
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  尤も、長い芝居の中の、たった一つの台詞だから、見る方が早とちりしている可能性も
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 ないではない。



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第125夜「方言は豊かか」

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