Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第111夜

空かり




 「うっかり」ってのは、「空 (うつろ)」から来たものではないか、という推測が、タイトル
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の意味である。


 話は変わるが、テレビ番組で一般の人が登場することがある。こうした時に、標準語
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の中にこぼれでた方言形は、うっかり出てしまったものの他に、方言であることに気付
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かなかったのだろう、というものがかなりある。
1) 単語自体は標準語にもある (俚言でない) が、その組み合わせがユニーク
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2) 対応関係にある単語の組みあわせで、形の揃い方が標準語と食い違う
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3) 丁寧に言い換えたとき、言い換えたんだから標準語なんであろう、という誤解
 の 3 つがあるようだ。


 1) の実例をみる。
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 「そこあたりへん」というのがある。
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 漢字で書くと、「そこ辺り辺」となる。「辺」が重なってしまっている。
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 「そこ辺り」と「その辺」が混ざってしまったのだろうか。
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 会議などの際に「そこあたりへん」となるが、日常会話では「そごあだりへん」と濁る。
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つまり、話者自身は「そごあだりへん」が方言であるという自覚は持っている。ところが、
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「辺り」も「辺」も標準語に存在する単語だから、濁点だけを取り除いて安心してしまう
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のだと考えられる。


 もうひとつ。こっちはちょっと自信がないのだが。
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 「誰々が (だれだれが)」。発音は「だえ」だったり「だい」だったりする。
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 ある会合に参加するメンバーが知りたい。複数の人が参加することはわかっている。
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で、「誰々がくるの ?」と聞いてみる。「誰がくるの ?」とは明らかに意味が違い、聞いた
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方は「山田さんと佐藤さんと田中さんと…」と名前が続くことを期待している。
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 どうだろう。ちょっと方言っぽい気がしているのだが。


 2) は、ちょっと説明文がわかりにくいかもしれない。
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 例えば、"be" という英単語がある。これを否定するには 後ろに "not" をつける。 具
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体的には、主語に応じて変形して、"it is not..." だったり "I am not..." だったりする。
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"never" のような否定の意味を持った副詞の例を除けば、この形式は不変である。
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 日本語では、"be" に相当する「ある」を否定しようとしたら、「ない」と言うことになる。
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問題は、「ある」が動詞なのに、「ない」が形容詞だ、ということである。
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 つまり、対称がとれていない。これと同じような例が、標準語と方言とで見られる、と
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いうことである。


 「古い」を「古しい」と言うことがある。意味は同じだ。
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 奇異に思うことなかれ。「新しい」と形が揃っているのだから。
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 古い形は、「古し」「新し」である。現代語の形容詞は「い」で終わることになっている
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が、標準語がどういうわけか「古し」の「し」だけを落としたのである。
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 ルールに準拠しているのは秋田弁の方だが、現在の標準語とは違う、というわけだ。
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 なまじ形が揃っているために、これが方言であることに気付かないケースがある。


 3) は、に「無ぐす」と「無ぐする」、「〜だために」の例をあげた。そういう意味である。
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 ここでは、「偉かった」を丁寧に、あるいはよそ行きの言葉でいおうとしたときに、「
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いがった
」「偉くてあった」と言ってしまう例を追加する。
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 これも「こごあだりへん」と同じで、「えらがった」「えれがった」が方言である、という
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自覚はある訳だ。で、丁寧な言い方として「偉いがった」「偉くてあった」という表現を採
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用したのだが、この組み立てが秋田弁文法に則っていることに気付かなかった、という
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ことなのだ。
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 山形市の文翔館 (注) に戦前の小学生の作文が展示されていた。
今年はほんとに豊作だ。
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おとうさん、おかあさんはうれしくっている
 これも同形だろう。


 こんなことを言うと、話すときに身構えられて困るのだが、非常に微笑ましいものでも
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あるし、各地の方言に対する考え方や感じかたも読み取れるので、実に興味深い現象
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なのである。
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 今後もどんどんうっかりしていただきたい。



注:旧山形県庁。山形市の中心部・旅籠町にある。巨費を投じて改装作業が行われ、
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 近代史の博物館になっているほか、一部の部屋をギャラリーや会議室として、議事
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 堂はホールとして貸し出している。うらやましい。
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  文翔館については、以下のサイトが詳しい。
文翔館ご案内




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第112夜「わっかりましたー」

shuno@sam.hi-ho.ne.jp