Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜
第65夜
高い高い
これまで、散々「方言は生活の言葉である」「話し言葉である」と書いてきた。
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それはまぁその通りで、地元の日常生活と、たまの出張で東京に行ったときとで言葉を
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使い分ける、なんてのは、我々にとっては日常茶飯事、朝飯前である。そうでない人もま
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だいるが。その逆はありえないことを考えれば、豊かな言語生活と言えるだろう。
じゃ、その一方で、秋田弁は改まった場面で使えないかというと、これがなんと、そんな
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ことはないのである。
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言語学でいう「文体が高い」状態でしか聞かれない表現がある。
一つは「〜より」。
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「我々、中小企業が取りうる道は、今や2つよりないのであります」というように使う。
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これでわかる通り、「〜しか」と同義である。
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確かに、国語辞典を引けば「それよりしょうがない」という例と共に「それに限る意を
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表す」と書かれている。
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しかし、ちょっと違う。
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正確には「〜より、ない」という形なのである。
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この表現を、秋田以外の地域で、あるいは秋田衆以外の人間が使うのを聞いたこ
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とがない。
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「〜より」は、どちらかと言えば、「文体が高い」状態で現れやすい、という語である。
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日常会話で使う人もいるが、そういう人が、改まった場で使わなくなる、ということはあ
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まりない。
もう一つは「〜ために」。
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最初に白状するが、これも辞書には載っている。「ゆえ。から。だから」ということで
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「雨が降ったため中止した」という例文もある。
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しかし、ちょっと違う。
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何より、秋田弁では「〜ために」である。「〜ため」ではない。
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「雨が降りそうなために中止します」
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「協力してくれた人の反感を買う虞があるために取り消します」
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なんとなく違和感を覚えないだろうか。俺も「言わんことはないか」と思っているので
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無理強いはしないが。
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これはどうだろう。「んだために」。
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「んだ」は、メディアが好んで使う疑似方言にもよく出てくる通り、「そうだ」である。
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これはもう、紛うかたなき秋田弁。他の地域でも使うが、いずれ、方言である。
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「んだために」の意味は「そのため。それが理由で」。
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この「んだために」は、文体の高い場面で登場する。演説や、TVインタビュー等でし
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ょっちゅう出てくる。
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しかも、「このような構造的な欠陥があります。んだために、いつまでも不正がなくな
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らないのです」という具合に、他の、周りの表現が全部、標準語なのに、「んだために」
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だけがポコっとある。
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「そうだために」と言う人もいるが、これにしたって標準語の表現ではない。「そうだ」も
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「ために」も標準語の語彙ではあるが、「そうだために」は違う。
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「んだために」も「そうだために」も、普通の砕けた会話では聞かれない。話す方でも、
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改まった表現だ、という意識を持っているのであろう。
もし、彼らが他の地域でしゃべったらどうなるか、というのは興味深い問題だ。
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アクセントまで含めて、もっと標準語に近くなるものと思われる。恐らく「んだために」
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は使わないだろう。しかし、「そうだために」はどうだろう。「そうだために」を構成する語
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が両方とも標準語にあるから、気づかずに使ってしまう可能性は高い。
そんなわけで、通常は標準語でしゃべるものと考えられている改まった場面といえども、
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秋田弁の勢力範囲だということが判明した。
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秋田弁の未来は明るい。
参考文献:
『講談社学術文庫 国語辞典(初版)』(1979)
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