Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第87夜

vt と vi




 vt は「他動詞」、vi は「自動詞」である。英和辞典でよくお目にかかった筈。
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 英語だと他動詞と自動詞の違いは簡単である。目的語が必要かどうか、だけなので、
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一目瞭然だ。目的語が不要だが、補語を取る become や be 等は自動詞である。
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 が、日本語だとちょっと面倒になる。
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 定義としては、「動作が他に及ぶ動詞であって、通常は格助詞『を』のついた目的語を
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必要とする」である。
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 つまり、意味から判断しなくてはならないのだが、「動作が他に及ぶ」の範囲で、説が
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分かれる。
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 また、「を」節の有無が必要十分条件でない。例えば口語では、「この手紙、出しとい
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」のように、簡単に「を」が脱落するし、これに対する返事としての「自分で出せば
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のように、「を」節がなくても文が成立したりする。
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 ん、今回のも知恵熱シリーズにした方がいいかな。
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 単語自体の形はどうか、と考えてみる。「出す」と「出る」。他動詞と自動詞じゃないか。
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 確かにその通りだが、「飛び出す」という合成語になるとこれは自動詞である。しかし
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「取り出す」は他動詞。はなはだ面倒くさい。


 に、秋田弁で、動詞に "-eru" を追加/変形しても可能の意味にならないケース、
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というのを紹介した。
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 で、そこで「どげる」という単語を取り上げた。これは「どける」が濁音化したもので、
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意味もほぼ同じである。


 話はそれるが、国語辞典によると、「どかす」と「どける」は意味が違うらしい。前者
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は「他に移すこと」、後者は「脇に寄せる」なんだそうだ。言われてみればその通りだが、
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今まで気付かなかった。


 話を方言に戻す。
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 これまたに言ったとおり、秋田弁の「どげる」は、一語で他動詞と自動詞の両方の
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意味を持つ。したがって、「どげれ!」と言った場合、文脈によっては、「どかせ!」とい
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う意味のことも、「どけ!」という意味のこともある。
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 こういう単語は、日本語ではあまり例がない(と思う)。
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 似た意味の表現に「寄れ」というのがある。
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 これは単独で使う。どこに寄れ、という指示はない。意味はやっぱり「どけ」なのである。


 標準語で「はいる」という自動詞がある。勿論、「入る」と書く。
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 これの他動詞形は「いれる」だ。
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 おや、形がそろっていない。
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 秋田弁では、「はる」「へる」となる。きれいな対称だ。
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 尤も、これにはきちんとした種がある。
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 「はいる」の原型は「這入る」である。つまり、元の形は「いる」なのである。だから、
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他動詞形は「いれる」で、対称は保たれている。「這入る」に対応する他動詞形が無い
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だけである。「這う」という動作が先行していることから考えて、新たに他動詞形が誕生
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するとは考えにくいが。
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 さてさて、ここで疑問が生じてしまった。
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 「這入る」が「はる」に変化、そこから「へる」が生まれたとすると話はすっきりする。
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しかし、古語辞典に「はいる」がないことから考えて、「はいる」はかなり新しい単語で
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ある。これの変形が田舎にしかない、というのはどういうことだろう。
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 唯一、考えられるのは、「這入る」が田舎で発生した単語で、それが後に中央に取り入
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れられたのではないか、ということだが、残念ながら、確認する方法がない。


 『日本語百科大事典』にあった例だが、「車が右に曲がる」とは言うが、「車を右に曲
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げる」とは言いにくい。『大辞林』では、「泣く」は目的語を取らないのに、「子供に泣かれ
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る」と受身形を取りうる例もあげている。
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 ことほどさように、日本語においては、自他の問題は分かりにくい。まるで日本人のよ
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うだ。



参考資料
『日本語百科大事典(第4版、大修館書店、1990)』
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『角川新版古語辞典(角川書店、1989)』
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『大辞林(初版、三省堂、1988)』
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『日本語大辞典(初版、講談社、1990)』




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