Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜
第68夜
ニテチガ
久しぶりに、「似てるけど違う」の話をする。
まずは「わかる」である。
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勿論、秋田では「わがる」となるが。
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『講談社学術文庫 国語辞典(初版)』(1979)に寄れば、「分かる」は
(1) 区別がはっきりする。明白になる。(2) さとる。了解する。
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(3) 世情に通じている。常識がある。
という意味である。
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「分かる」の前後で、その人の知識(別に知恵でもいいが)量が違う。「分かる」と発
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言する前は「分からない」のであり、発言した後は「分かっている」のである。「○○が
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××だから△△でしょ?」「そうか、わかった!」なんてのを想像してもらうとよい(*1)。
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つまり、変化を表す単語なのである。そういう意味では「なる」「落ちる」「乾く」等の
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仲間であり、「ある」「思う」「違う」など、状態を描写するだけの単語とは異なる(*2)。
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勘のいい人なら「これだけ強調するからには…」と気づいたであろう。
「あの、国道ずっと行けば、でっけガソリンスタンドあるのわがる?」
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「あ、わがるわがる」
そう、ここでの「わがる」は「知っている」という意味である。何も変化を伴わない、知っ
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ているという状態を描写しているだけなのだ。
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ネイティブでない人は「今は知らないけど、行けば分かるよ、たぶん」という消極的な
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意味ではない事に留意しなければならないし、秋田衆は、余所でこの表現を使うと誤
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解を招く可能性がある事を念頭に置く必要がある。
変化ということだと、「悪くなる」。
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発音は「わりぐなる」。
「この刺身、なんだがくせぐね。悪くなってらんでね」
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(この刺身、なんか臭くないか? 腐ってるんじゃないの)
勿論、食べ物に関してのみ、である。
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いささか時期外れな言葉ではあるが。
他地域の言葉も応援に呼んでみるとすると「余計」。
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「よげ」という発音になるが。
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普通は「よげだ」という使い方をする。
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例えば、知り合いの家に招かれてご馳走を振る舞われたとする。品数が大変に多い。
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もう満腹である。すっかり、はらつえぐなってしまった。
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ここで「よけいだ」というのと「よげだ」というのとでは意味が違う。
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「よけいだ」というのは「不必要だ」ということである。例えば、最後のデザートであ
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る水羊羹を指して「これはよけいだ」と言ったら、言外に「こんなもんいらん」という意
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味を含むので、ホスト側はまず間違いなく気を悪くするであろう。
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これに対して「よげだ」というのは「多い」「持て余す」という意味である。「余計なこと」
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を「要らない事」と表現することは前に述べた。
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したがって、言い方にさえ気をつければ(*3)、「これは よげだ」と言ったとしても、相手
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の機嫌を損ねる虞はない。「いたって小食なもので」という意味の台詞を付け加えてお
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けば完璧であろう。しかし、「よけいだ」であれば言った瞬間にアウトだ。
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関西では「よーけ」という表現があるが、部外者なりのイメージでは、これは単に「多
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い」ということであろう。「よーけ ごちそうしてもろて」と言えそうな気がする。ここには
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「よけい」も「よげ」も使えない。
今回はなんか、関西弁まで持ち出しちゃって、ちょっとばかりアカデミック。
*1:(3) の「世情に通じている」等は、一見、状態の描写のようだが、これは「ものの分
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かった人」と過去形にするのが普通。あるいは「ものの分かる人」と言う場合、「知ら
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ない事でも、言えば分かってくれる人」ということだから、やはり変化の意味を持って
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いると考えられる。
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*2:例えば「ある」は、「現在ここにある」ということを言っているだけで、過去に存在し
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たかどうか、未来に存在するかどうか、という問題とは無関係に使う事ができる。そ
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れに対して「乾く」では、「乾く」と言う前には濡れていなくてはならないし、後には乾い
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ていなければならない。
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*3:それほど親しくない関係であれば、表現とか内容に拘わらず、供されたものを評価
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すること自体が失礼である。
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