Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第69夜

秋田弁の本(前)




 方言を扱った本というのは、探してみると意外に見つからない。それはもう「なんでよぉ?」
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と泣き言が出てくるくらい、無い。秋田が全国で1・2を争う文化後進県であるという事
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実をさておいても、嫌になるくらい見当たらない。尤も、東京に行ったって、よほど大き
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い書店でないと扱ってないのだが。実は、この「方言千夜一夜」の文章を書いていても、
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ウラを取ろうとしたが二進も三進も行かない、という状態になることがある(これでも一
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応、確認はするのだ、できる限りは)。
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 入門用で、最も見つけやすいのは、例えば中公新書とかの新書のシリーズである。これ
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を扱ってない本屋というのはまずないから、そこを探してみる。とは言え、最近は郊外型
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とか言って売れ筋の本しか置かない安っぽい本屋も多いので、新書類ひっくるめて50冊
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しかないなんてこともあり、方言を扱ったものが棚にあるかどうかは保証の限りでない。
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 ない理由の一つに、方言をカバーするのが「言語学」というあまりなじみのない学問だ、
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というのもあるだろう。だって、「○○大学 文学部 哲学科」は聞いたことがあっても
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「言語学科」なんて聞いたことないでしょう? 実は方言の本なんて、もう学術書中の学
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術書
、と言えるのかもしれない。
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 勿論、図書館に行けばあることはあるのだ。しかし、秋田市内の図書館は、社会人が仕
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事を終えるのを待って閉館
するし、祭日は休みだし、県立と市立が足並みを揃えて休館
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るし、というわけで、どうやら社会人は使ってはいけないところらしい。
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 大きめの、あるいは良心的な本屋に行くと、地方出版を扱った棚がある。実は、これが
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一番、手っ取り早かったりする。地元の方言を扱った本は、売り切れていなければ、間違
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いなくある。

 前置きが長くなった。
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 秋田に無明舎という出版社がある。ここからも、方言に関する本が何冊か出ているので
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ちょいと読んでみようと思う。


あきた弁大講座(90/6/10、\1,300)』
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あきた弁大娯解(97/8/10、\1,300、ISBN4-89544-169-5)』
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あゆかわのぼる著
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 最初にこの2冊を紹介するのは気が引けるのだが、まぁいいか。と言うのは、タイトル
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から想像される内容と違って、秋田弁の議論をしているわけではないからだ。
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 秋田弁をネタにして、というか、最初の手がかりとして、秋田の現状やら問題やらに踏
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み込んでいく、というエッセイなのである。故郷への思い、お役所と政治家への怒り、枕
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に書いたような図書館にまつわるエピソードもあり、分野は多岐にわたる。方言を離れて、
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現代の秋田への入門、遠い日の秋田の点描という見方もできるかもしれない。
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 著者の本職は詩人である。時々、言語学の権威に違いない、と勘違いした読者からキビ
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シい質問やら追求やらがあったりして、冷や汗をかいているそうだ。
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 しかし、一冊につき 250 程度の表現が取り上げられていて、索引まであるので、十分
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に楽しめると思う。これだけ豊富だと、俺の場合、実は 1/4 位は聞いたことがなかった
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り、うーんと考え込んでやっと思い出すような有り様である。
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 なお、後者については以前も取り上げたことがある。


あきた弁無茶修行(98/2/10、\1,800、ISBN4-86544-181-4)』
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ティム・アーンスト著
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 この人はカリフォルニア出身秋田市在住のイラストレーターである。これもエッセイ。
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 ネイティブでない、ということで、興味深い点がいくつかある。
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 「そうだ」という意味の「んだ」をアルファベットで "UNDA" と書いている。が、秋田
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ではあまり「うんだ」とは言わない。あくまで「んだ」である。
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 アフリカ中央部のチャド共和国の首都は一般に「ヌジャメナ」と呼ばれるが、これは、
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"Ndjamena" というスペルでわかる通り、「ンジャメナ」の方が近い。しかし、日本の標
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準語では「ん」で始まる単語を認めていない。したがって、「ヌジャメナ」とせざるを得
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ないのである。
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 辞書をざっと調べてみたが、やっぱり英語でも、"n" で始まり次に子音が来る単語は、
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略語と外来語以外にはない様だ。
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 そんなようなわけで、日本の標準語と英語にはない音韻構成をもつ「んだ」を "UNDA"
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と書いた(書かざるを得なかった)のではないか、と思ったりしている。
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 もう一つ、英語特有のものではないか、と思ったのは「ひ」と「へ」。
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 例えば「へば」なんてのは以前も取り上げたけれども、著者は「ひば」と書いている。
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ほかにも「かだひる(仲間に入れる)」「ひわしね(忙しい)」「ひんじぇどした(厚かましい)」
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などは、俺が紹介すると「へ」になると思われる。
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 中学の英語の時間などに、英語の「イ」は日本語の「い」ではない、と聞いたことは無
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いだろうか。英語の「イ」は「い」と「え」の間くらいである。
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 俺に「へ」と聞こえる音を著者が「ヒ」と書いているのはそのせいではないかと思った
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りするのだが。
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 尤も、「へば」なんてのは「ひぇば」と言う人もいるから、一概にそうだとも断言でき
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ないが。




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第70夜「秋田弁の本(後)」

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