ね。
これ自体は、「ない」の訛りであって、別になんてことはない。
ところが、これが「〜しない」の意味で使われるとき、ちょっと面白い話題を提供してくれるのである。
ア段 1 字のものを並べてみると、
かね(食わない)、さね(しない)、たね(足りない)、なね(ならない)、
はね(入らない)、やね(やらない)
という表現がある。「
たね」は人によっては使わないかもしれない。
以下、
にね(にない)、ふね(ふらない)、けね(あげない、食えない、来られない)、
せね(できない)、へね(いれない)、めね(みえない)、こね(こない)、とね(とらない)
という表現が得られる。
「
にね(にない)/
こね(こない)/
しね(しない)」は、単なる訛り、というより音便だからどうでもいいとして。
まず、
かね(食わない)、さね(しない)、けね(くえない、こられない、あげない)、
めね(みえない)、せね(できない)、へね(いれない)
この 6 つは、
活用形態が標準語とは異なる。
未然 1 | 連用 1 | 連用 2 | 終止 | 連体 | 仮定 | 命令 | 未然 2 |
(ね) | (〜たい) | (〜ます) | | | | | (未来) |
か | き | く | く | く | け | け | こ? |
さ | し | す | す | する/す | せ | せ | そ? |
け | * | ける | ける | ける | けれ | * | けよう? |
せ | * | * | * | * | * | * | * |
め | * | める | める | める | めれ | * | * |
へ | * | へる | へる | へる | へれ | へれ | へよう? |
上の 2 つが、連用形がイ段とウ段を取る、という変則五段活用である。このパターンは、
以前にも取り上げた。
下の 4 つが、まぁ下一段とでも言おうか。「
せね」は「する事が出来ない」に相当する表現で、若干異質である。もともとの「する」が、標準語でも異質なのだから当然の結果か。
未然 2 には、すべて「?」をつけた。こういう表現をしない事はないと思うが、俺自身はちょっと違和感を覚える。連体形に「べ」をつけた、「
くべ」「
するべ」の方が自然だと思う。
次に、
たね(足りない)、なね(ならない)、はね(入らない)、やね(やらない)、
ふね(ふらない)、とね(とらない)
この 6 つ。
共通点は、
ラ行の音が落ちていること。
詳しい事は専門の書籍に譲るとしても、
前夜もちょっと触れたが、音声学的に言うと(おぉ難しく聞こえるぜ)、
ラ行の発音は高コストである。平たく言うと、発音しにくい。
子どもがしゃべっているのを聞くと、「たりない」が「たでぃない」であったり、「ならない」が「なだだい」であったりする。大人でも、風邪を引いて鼻が詰まったりすると、まずナ・マ・ラ行あたりから発音できなくなる(これは関係ないかもしれない)。
ということで、ある程度の
スピードが要求される会話においては、脱落しやすい音な
のである。
もう気がついた人がいると思うが、東京弁も同様である。
ここであげた単語は、「
たんない/なんない/はいんない/やんない/ふんない/とんない」と、全て
「ら」が「ん」に置き換えられる。
「方言」と聞いただけで、何か変な言葉! と思われる人もまだいると思うが、
基本になる部分は同じなのである。
違うのは、ラ行を落とすか、「ん」に置き換えるか、という
運用面だけなのだ。
あれ、と思った人はまだ修行が足りない。
「たりない」を「たんない」と言うことができるのは、
東京弁であって標準語ではない。
アナウンサーがニュース番組で「たんない」ということは絶対にない。
だから、「標準語/共通語」と「方言」を比べるのは、本当は筋違いなのだ。
更に言えば、東京弁話者が秋田弁話者を笑うのも、秋田弁話者が東京弁話者に「格好つけやがって」と難癖をつけるのも筋違いである。
東京都職員も秋田県職員も同じ地方公務員であるように、どっちも
地域の言葉、「方言」なのだから。