Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第16夜

ね?



 
 これ自体は、「ない」の訛りであって、別になんてことはない。
 ところが、これが「〜しない」の意味で使われるとき、ちょっと面白い話題を提供してくれるのである。

 ア段 1 字のものを並べてみると、
かね(食わない)、さね(しない)、たね(足りない)、なね(ならない)、 はね(入らない)、やね(やらない)
 という表現がある。「たね」は人によっては使わないかもしれない。
 以下、
にね(にない)、ふね(ふらない)、けね(あげない、食えない、来られない)、 せね(できない)、へね(いれない)、めね(みえない)、こね(こない)、とね(とらない)
 という表現が得られる。
にね(にない)/こね(こない)/しね(しない)」は、単なる訛り、というより音便だからどうでもいいとして。

 まず、
かね(食わない)、さね(しない)、けね(くえない、こられない、あげない)、 めね(みえない)、せね(できない)、へね(いれない)
 この 6 つは、活用形態が標準語とは異なる
未然 1 連用 1 連用 2 終止 連体 仮定 命令 未然 2
(ね)(〜たい)(〜ます)(未来)
か き く く く け け こ?
さ し す す する/す せ せ そ?
け * ける ける ける けれ * けよう?
せ * * * * * * 
め * める める める めれ * 
へ * へる へる へる へれ へれ へよう?

 上の 2 つが、連用形がイ段とウ段を取る、という変則五段活用である。このパターンは、以前にも取り上げた。
 下の 4 つが、まぁ下一段とでも言おうか。「せね」は「する事が出来ない」に相当する表現で、若干異質である。もともとの「する」が、標準語でも異質なのだから当然の結果か。
 未然 2 には、すべて「?」をつけた。こういう表現をしない事はないと思うが、俺自身はちょっと違和感を覚える。連体形に「べ」をつけた、「くべ」「するべ」の方が自然だと思う。

 次に、
たね(足りない)、なね(ならない)、はね(入らない)、やね(やらない)、 ふね(ふらない)、とね(とらない)
 この 6 つ。
 共通点は、ラ行の音が落ちていること。

 詳しい事は専門の書籍に譲るとしても、前夜もちょっと触れたが、音声学的に言うと(おぉ難しく聞こえるぜ)、ラ行の発音は高コストである。平たく言うと、発音しにくい。
 子どもがしゃべっているのを聞くと、「たりない」が「たでぃない」であったり、「ならない」が「なだだい」であったりする。大人でも、風邪を引いて鼻が詰まったりすると、まずナ・マ・ラ行あたりから発音できなくなる(これは関係ないかもしれない)。
 ということで、ある程度のスピードが要求される会話においては、脱落しやすい音な のである。

 もう気がついた人がいると思うが、東京弁も同様である。
 ここであげた単語は、「たんない/なんない/はいんない/やんない/ふんない/とんない」と、全て「ら」が「ん」に置き換えられる。

「方言」と聞いただけで、何か変な言葉! と思われる人もまだいると思うが、基本になる部分は同じなのである。
 違うのは、ラ行を落とすか、「ん」に置き換えるか、という運用面だけなのだ。

 あれ、と思った人はまだ修行が足りない。
「たりない」を「たんない」と言うことができるのは、東京弁であって標準語ではない。  アナウンサーがニュース番組で「たんない」ということは絶対にない。

 だから、「標準語/共通語」と「方言」を比べるのは、本当は筋違いなのだ。
 更に言えば、東京弁話者が秋田弁話者を笑うのも、秋田弁話者が東京弁話者に「格好つけやがって」と難癖をつけるのも筋違いである。
 東京都職員も秋田県職員も同じ地方公務員であるように、どっちも地域の言葉、「方言」なのだから。



音声サンプル(.WAV)

かね(17KB)
はね(18KB)
けね(あげない)(21KB)
けね(食えない、来られない)(11KB)
へね(22KB)


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