Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜



第972夜

おてんばラブ (後)



 6 月放送の「妄想ニホン料理」から 佐賀は唐津からのお題は「だぶ」。ヒントは以下の通り。
1. 「だぶだぶ」だから「だぶ
2. うれしい時は四角に、悲しいときは三角にする
3. 「わらすぼ」をよく使う
 1. から辛うじて、汁ものだろう、という見当はつくが、そこまで。先週の「てんばおくもじ」と違って、材料に全く触れられていない。「わらすぼ」は材料だろうが、方言なので、よそ者にとってはヒントにならない。

 これを回答者 (妄想者?) の料理人が:
   「わらすぼ」を良く使うって、ヒントじゃなく無いですかね
 と言っていた。「ん?」とひっかかる。
 意味は分かる。俺と同じで、「わらすぼ」がヒントになってない、と言っているのである。が、どうしてもひっかかる。
 ひっかかるのは後ろだ。「ヒントじゃなく無いですかね」のところ。
 分解してみる。「ヒントじゃなく無い」と「ですかね」。
 前半はこれだけで成立する。まぁ、最近 (という言い方はあれだが、30 年遡るかどうかってところだと思う*1) 使われる、砕けた言い方である。テレビに出る、という文体の高いシチュエーションなのでこれに「ですかね」をくっつけたのであろう。
 まず、表記がおかしい。
 別の語に置き換えてみる。「これ、高くない?」とか。この「ない」を「無い」とはしないはずである。「高く無い?」という表記はおかしい。つまり「ヒントじゃない」にも「ヒントじゃなくない?」にも「無い」の入る余地はない。
 あとは、「ヒントじゃなくない」と「ですかね」の接合。
「これ、高くないですかね」はおかしくない。
 正直言うと、かすかに違和感はある。原因は最後の「ね」だ。「これ、高くないですか」だと自然で、テレビでの発言としてもおかしくない。
 それと同じで、「ヒントじゃなくないですか」だと「ヒントじゃなくないですかね」よりも違和感は弱まる。それでも、「高くない〜」に比べると「ヒントじゃなくない〜」の方はどうにも落ち着かない。
 上に書いた通り、「ヒントじゃなくない」が新しい表現、しかも、砕けた表現であることが原因なのではないか。「ヒントじゃなくない」と言ってしまった後で「です」をくっつけたところで、もう遅い、というか、丁寧さの度合いが違って、不自然なのだと思われる。

 長くなった。料理に戻る。
わらすぼ」は蕨、これを酢に漬ける、ということで駄洒落的な解決。
 で、うれしいとき用には鯛、悲しいときに用は野菜だけの精進料理、という解釈。すって蒸して作った餡を湯葉で包む。四角く作ったものを対角線で切れば三角になる。
 金沢らしく、前者には金箔、後者には銀箔。銀って食っていいもんなんだ。知らなかったよ。

 もう一組は、白山の旅館。
 大将がマタギなんでそうで、石川にもいるの? って調べて見たら、Wikipedia では新潟まで載せていた。
 こちらは、「わらすぼ」をイノシシで解決。イノシシの子供は「ウリ坊」と呼ばれるが、子供なので「わらべ坊」から、というこちらも駄洒落解決。
 ふきのとうを味噌にして、四角または三角の揚げにご飯を詰めて焼く。旨そう。
「春の香りの」とか言ってるが、もう 6 月よ。

 正解は、こんにゃくを使った煮物である。凍らせて乾燥した凍みこんにゃくと生こんにゃくが入る。四角三角はその切り方。
 三角は不祝儀用で、なくなった人の額につけるあれから来てるんだそうな。
わらすぼ」はかまぼこのこと。「藁苞」でくるんであるので、それが変形したものだそうな。

 で、この「わらすぼ」を Google に突っ込んでみた。ヒットしたのは、有明海で取れる魚である。
 ハゼの仲間なのだが、体型はウナギに似て細長い、そのため「藁苞」と呼ばれたのであろう、と Wikipedia に書いてある。でも「藁素坊」という書き方もある由。*2

 今回は、これで終わらない。福岡県古賀市に飛ぶ。
 唐津で「だぶ」と呼ばれるこの料理、福岡まで海に沿って食べられており、古賀では「らぶ」と呼ばれるのだとか。これは面白い。
 ご当地では、ダ行音がラ行音になるのだそうで、「そうれすな (そうですな)」「かろ (角)」などの例も紹介された。
 で、「らぶ」に入れる「らぶ麩」「らぶ碗」という専用の食材・食器があるのだとか。でも、こっちはググってもほとんど見つからない。ほとんど、この番組に関する記事なのだが、一つだけあった。ただし、写真がなくなってしまっている。
 ひょっとして、と思って「だぶ椀」「だぶ麩」で調べて見たらいくらか出てきた。ただし、佐賀。いや、という特徴を自覚してるんだとすると、「だぶ」が標準形と認識されているのでは、と思ったのだが。

 この手の番組では市が登場することが多くなった。市町村合併の結果である。「○○市□□地区」と紹介されたら、元「□□町」「□□村」のことが多い。今回の唐津市七山も白山市鳥越もそうだった。
 俺自身は、そうした方が業務の効率化が図れる、というのもわかるので、市町村合併には賛成でも反対でもない。ただ、こうした番組で寒村や鬱蒼とした森が映されるたびに「市?」と思ってしまうのは、なんだか切ない。



*1
 更に、「エイリアンのような魚」と言われることがある、とも。
 
に「ろくべえ」という料理を紹介したが、その出しは、昔はこのワラスボで取ったらしい。 ()

*2
 スチャダラパー feat.小沢健二で「今夜はブギー・バック」という曲がある。これに「よくなくなくなくなくなくない?」という歌詞がある。
 1994 年の曲で、「〜じゃなくない?」「〜じゃなくね?」という形が一般に使われるようになったのは、その数年前、というところだと思うけど自信ない。
 シンプルな「ヒントじゃないよね」の代わりに「ヒントじゃなくない?」というややこしい言い方が作られたのは、やはり断言を避けるためだと思われる。(
)



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