今年の
竿灯が終了した。
いきなりネガティブな話だが、職場が会場に激近なおかげで、この時期は帰宅に苦労する。
夜の演技自体は 19:00〜21:00 だが、18:00 過ぎから前説が始まるし、終わったからってすぐに人がいなくなるわけではないので、我々としては「18 時前にとっとと帰宅する」か「人が減る 22 時過ぎまで残業する」かの二者択一を迫られる。
最初の頃は「上から竿灯を見る」というレアな体験を楽しんだりしていたが、ここ数年、仕事の状況がシビア――忙しいってだけでなく、勤務中にそういうことをするな、という雰囲気――になって、カーテンの隙間からチラっと見るくらいである。
実は、何枚か写真を撮ったりもしたのだが、地べたで撮るのと違い、上からのアングルではどのビルの何階あたり、ということがわかってしまう。すると、社内で写真撮ったのは誰だ (セキュリティ面から禁止されている) ということになるので、とてもじゃないが公開できない。
さて、今回、紹介するのは日高水穂氏の『
秋田県民は本当に〈ええふりこぎ〉か?』である。
このタイトルのもとになった文章は、秋田魁新報の記事なのだが、それについては
既に紹介している。秋田弁に「
えぇふりこぎ (見栄っ張り)」という単語があるからと言って、秋田県民が「えぇふりこぎ」だということにはならない、という論、平たく言えば県民性の話である。
この本からの孫引きになるが、いわゆる「県民性本」の中には、秋田に美容院が多いのは、女性が見栄っ張りなのではなく、女性が働く場所が乏しいという観点から見るべきだ、ということが書かれているものもあるらしい。勿論、利用されなければ増えはしないのだが、あるから利用する、という側面は確かにあるだろう。
前に、プレジデントの別冊で、秋田県民を「着倒れ」としておきながら、「洋服にお金をかける県」の順位では全国で 35 位という数字を載せている、ということも報告した
*1。だからまぁ、県民性とか言った時点で眉唾なんだよ、と思っておきたい。
氏はむしろ、人のことを「
えぇふりこぎ」と言いたがる県民性、つまり、人の行動を監視して規制しようとする「秋田の精神風土」の表れなのではないか、としている。
また別の文章では、都道府県という区分はごく最近のもので、色々な現象を見ると、都道府県の境を越えて広がっているもの、一つの県の中にバリエーションがあるものとがある。本来、男鹿の習俗である「なまはげ」、県北の料理である「きりたんぽ」、横手の祭りである「かまくら」が秋田を代表しているかのような考え方は危険だ、ともしている。
話が飛んでる、と思った人もあろう。なんで、竿灯から
えぇふりこぎに行くのだ、と。
この本では、竿灯などの祭りについても触れられているのである (「御幣流しに見た『みそぎ』」など)。
竿灯は「ねぶり流し」の行事だし、青森には「ね
ぶた」、弘前に「ね
ぷた」がある。俺も前から、なんで眠気が悪者になっているんだろう、とは思っていた。
日高氏の同僚 (日高氏は
関西大学に行ってしまったので、正確には「同僚だった」) である民俗学の教授に寄れば、この夏祭りは先祖を向かえる前に身を清めるという意味を持っている (だからお盆前にやる) のだそうだが、でもなんで眠気を払う必要があるんだろうねぇ。
で、「流す」方だが、竿灯は祭りが終わると、竿の頂上にくっついている御幣を旭川に流すという段取りがある。なんか朝の七時に関係者だけでやるらしいのだが、青森の祭りにはそういう段取りはなくなっているんだとか。
米子の「
がいな万灯」についても触れられている (「『米子がいな万灯』を訪ねて」)。
外見は竿灯そっくりである。というか、元は竿灯なのである。
なんか色々と揉め事もあったようなので、興味のある人は
Wikipedia あたりを基点に調べてみるとよい。掲示板とか見てると、なんか当事者よりも、周りの人が熱いのが不思議。
当然、これには「御幣」のようなシステムはない。
なお、「
がいな」は「大きい」という意味である。アニメーション製作会社の
ガイナックスの名前もここから来ている。
竿灯を実施する団体は、昔の町の単位で組織される。
通勤経路なので、竿灯が近くなるとあちこちの提灯を見ることができる。「馬口労町」「鍛治町」「肴町」「鉄砲町」あたりは職業によるのだろうと思うし、「四十間堀町」は地形によるものだろうかと想像するのだが、「室町」あたりになるとわからない。「城町」というのもあるのだが、これはむしろ城から遠いところにあって謎である。
後編は、ことばについて。
つか、今回の文章、全然、方言について触れてない。