Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第756夜

しなきゃない



 NHK の朝のニュースを見ていたら、不思議な現象に出くわした。
 またこれも地震の話で、看護士だかボランティア関係だか忘れたが、支援する側の人が
しなきゃない
 と言い、それに対する字幕も同じく
しなきゃない
 だったのである。

 秋田を含む東北では良く耳にする言葉だが、そうではない地域の人のために説明すると、これは「しなければならない」という意味である。
 これは、砕けた場面では使われない。くだけた表現はどうなるかというと、秋田では
さねね
 である。に『はじめての秋田弁』を紹介したとき、クイズになるような高度な秋田弁として「ねねね (寝なければならない)」について触れたが、それと同じ形である。
 つまり、インタビューされた人は、仲間内では「さねね」と言うような内容を、改まった場面向けに翻訳すると「しなきゃない」になる、と判断したわけである。こういう秋田弁は、「一ヶ月」を「いっかつき」、相手の話をひとまずは了解した、というときに言う「まず、わかりました」などいくつかある。*1
 インタビューされた人は一般の人だし、緊張もしていたかもしれないから、翻訳した結果も方言だった、というのはある話だろうと思うが、NHK のスタッフが字幕をつける作業で、「しなきゃない」は標準語形である、と判断したのだとすれば、それはちょっと問題であろう。

 明らかに俚諺形であるほうの「さねね」はかなり特異である。
「しない」が「さね」になるのはまぁいいとして、「しなければならない」に比べるとあまりにも省略されすぎている。
 と思ったのだが、よくよく考えて、比較するべきは「〜なければ」ではなく「〜ねば」ではないかと思い至った。「しねば」だと誤解されそうなので、今後は「やる」で考える。「誰かがこれをやらねばならぬ」の「やらねば」ならわかりやすかろう。秋田弁だと「やらねね」となる。
「ば」が抜けてるのはすごいと思う。何せ、「やらねばならぬ」は、「やらないと話が成立しない。つまり、やる必要がある」ということで、「ば」は仮定の肝である。この「ば」があるから仮定の文になる。それが欠落しているのだからすごい。
 だが、これもよーく考えてみると、例えば大阪弁の「やらなあかん」などもなかなか削ってある。想像するに、こっちの場合は「ば」ではなく「やらないと」系ではないかと思うのだが、仮定の意味を担っている「と」がない。「やらんならん」という形もあるな。
やらにゃならん」も同様。「なければ」が「にゃ」というのも凄い話だが。
 標準語形の「やらなければならない」も「やらなきゃ」と変形されると、辛うじてカ行の音は残っているが、やはり「ば」が落ちている。
 仮定の形って、はっきり示さなくても大丈夫なものなのかしらん。
 まぁ「やらな」も「やらにゃ」も、これだけで仮定だってことはなんとくわかるものの、秋田弁の「やらね」は「やらない」の「やらね」と同じ形なので、大阪弁みたいに「早よやらなあかん」を「早よやらな」とするような省略はできない。この場合は、「やらねば」というように「ば」が復活してくる。

「やらねば」の「ね」は助動詞だが、原形 (終止形) は「ず」である。「ず」という否定の意味を持った助動詞があるのは理解できるが、これが「ね」になる、というのは納得いかない、と中学生の頃から思っている。

 ニュースで最近、気になっているのが、名前は出さないが、やたらと単語の後ろが高くなるアクセントで話すアナウンサー。こないだも、「青く」を
おく
 と言っていた。以前、「篤姫」で宮崎あおいが「前に」を
えに
 と言ってて、妙に近頃な感じで気になった、ということを書いたが、それと同じ。
 俺は「正しい日本語」という考えは嫌いだが、「ふさわしい表現」というのはある、と思っている。時代劇なら時代劇風の発音、全国・全世代に向けたニュースならそれなりの表現が必要である。
 この後ろが高いアクセントは「専門化アクセント」とも呼ばれる。例えば楽器のギターだと、音楽に興味がない人は
ター
 と、実際に演奏をしたり好きだったりする人は
ター
 と言うことから来ているのだが、そういう発音をニュースでされると、中立性に疑問を感じてしまう。
「青く」と同じ日だが、「古地図」という語を、レポートしている記者もアナウンサーもずっと
ちず
 と言っていて癇に障った。登場する専門家がそう言っていたから、耳にしたまま使ったのだろうが、それは報道内容を咀嚼してないってことなんじゃないの?




*1
 俺の感覚で言うと、「しなきゃない」は多少、改まった場面で使われる表現である。今回の場合、テレビでのインタビューだが、身内の会議の場とか、先輩や直属の上司に報告するとか、くだけてはいないが、まったくくだけてないわけでもない、という場面で使われることが多い。 (
)





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