Yahoo! に“
Charger”という Web マガジンが掲載されている。
今まで読んだことはないのだが、こないだ「【調査】業界別覆面座談会 第46回
関西弁サラリーマンの雄叫び in TOKYO」という覆面座談会の記事が載っていたので、初めて読んでみた。
趣旨は、東京在住の関西出身サラリーマンによる「関西弁や方言についての言いたい放題」だそうである。
まずモテ話。「水着でヨガ」とかいう記事のある男性週刊誌らしい導入部。
「
初対面でも、向こうが勝手に『面白い人』って思てくれるし」という率直な意見。
大阪弁は「
心の壁も乗り越えやすい言葉やねん」と言っているが、それは言葉そのものの問題ではなく、大阪弁を使っている人たちに対して周囲が抱いているイメージの産物である。「勝手に」話しやすい人だと思われているだけである。
その裏返しが、「
関西弁っていうだけで『おもろい人』って思いこまれるのは、逆にプレッシャーでもあんで」という発言。というか、言葉だけでモテたいんだったら、それには応えなきゃだめなんじゃないのか。
「
標準語かてもともとは東京弁やろ」
残念ながら、「標準語」には関西弁の要素が多量に入っている。
この発言をした人が、何を指して「標準語」と言っているかは不明。おそらく、「現在の東京で、色々な地域から来た人たちがお互いの意思疎通のために使っている言葉」という意味だろうと思われる。
「
いろんなことで『地方の時代』とか言われてるしなあ」って、「地方の時代」って表現がよく使われたのは十年単位で昔のことだと思う。例えば、「U ターン」就職のバリエーションとして、「I ターン」「J ターン」とかが生まれたのは 20 年くらい前の話。ちょっとビジネスマンの発言としては問題あり。
この直後が凄い。
でもなあ、名古屋弁で「みゃあみゃあ」言われるのはちょっと鬱陶しないか。
ただ、方言いうても、北陸とか北日本方面の方言の女のコが合コンでおったらちょっと引くかもな。
「地方の時代」と持ち上げた後の発言としては強烈である。
が、名古屋や北陸がどうというわけではなく、これがおそらく平均的な感じ方だと思われる。自分のところは無条件によい言葉で、とくにどうというイメージを構築できない方言があり、なんらかの理由でよいイメージの方言があり、マイナスイメージを持ってしまう方言もある。
ここでも、なんで「
みゃあみゃあ」が鬱陶しいのか、なんで北日本の女の子が合コンにいると引いてしまうのか説明がないが、おそらく彼ら自身も説明できない。
今年は龍馬ブームやし、土佐弁とかかっこええよな
という発言もあるのだが、そういうレベルで左右されるものである。
司会の「関西弁を直そうとは思わない?」という問いかけに対しては、「
え? なんで直さなあかんの?」と即答。
他の方言を「
鬱陶しい」「
ちょっと引く」と言った後にこれが言えるというのもすごい。
自分の言葉が通じなくて困る、という経験をせずに済むことの幸運に気づいて欲しいと思うが、中の一人は、取引先に「関西弁は嫌いだ」と言われてヘコんだことがあるらしい。仕事の相手にそういうことを言うのもどうかと思うが。
で、さらに「逆に、最近は関西人以外も関西弁をしゃべったりしますよね」に対する「
関西出身とちゃうヤツが関西弁をしゃべろうとするエセ関西弁。あれはいっちゃん腹立つな」。
大阪方言話者は、非ネイティブが方言を使うことに対して不寛容な傾向がある。都会にはさまざまな地域から人が集まってくるはずで、そういう姿勢では成り立たないと思うのだがどうか。
「
方言は人間性でもあるからね。中途半端に真似してもあかんねや」と言う人がいる。この人は、やたら小難しいことを言うのだが、正確に言えば、「方言が人間性」なのではなく、「方言を使うかどうか」というところに個々人の選択がある。
こないだの「ニホン GO!」で言っていた、個人のスタンスの表明、というわけだ。
記事の趣旨が「言いたい放題」ではあるのだが、吉祥寺はオシャレな街だが、そこに住むと、車が多摩ナンバーになってしまう、と本当に言いたい放題である。習志野ナンバーもダメらしい。おそらく関東ラブな人なら、嫌なら関西に帰れ、と怒鳴るところだろうが、実は彼ら、東京に対してオシャレな都会としての憧れを持っているのだ、ということがここでわかる。
この人たちは、最初に述べたとおり、東京在住である。で、三人のうち二人は、関西に帰るつもりがない。あるいは、強烈な関西弁信奉を表明するのはその裏返しなのかもしれない。
最後の発言が「
自分らしいに地のまま生きるのが大事いうこっちゃ」。
まさにそれを実践している。
東京というのはそういう人が暮らす街である。