Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第681夜

言語よさらば



 大修館書店の『言語』が休刊となった。
 初めて見たのは勿論、学生のとき、大学の図書館であろう。
 そのころは筑摩書房の『言語生活』の方がとっつきやすいと思っていた。具体的にどこが、っていうのは覚えていないが、そういう印象だけ記憶している。見坊豪紀という人を知ったのもこの雑誌。ところがこれは俺が大学を出るのと同時に休刊。
 その数年後、山本書房というところからそのものずばり『日本語論』という雑誌が出た。これは確か一年くらいで休刊になったと思う。
『言語』や『日本語学』を意識して読むようになったのはその頃からで、つまり、当時は三冊とも読んでたことになるな。すげぇじゃん。
 地元に帰ってきた 1995 年からは『言語』『日本語学』とも定期購読。これは、熱心になったからではなく、売ってる本屋が一軒しかないから。大量に入荷する種類の雑誌でもないので、買い逃す虞が高い、と思ってそうした。

 毎回の特集は勿論だが、連載もよかった。
“ENDANGERED LANGUAGE”とか、視聴覚障害者の言語に関する連載はここでも紹介した様な気がする。
 広告についての連載は、俺が読んでいた範囲では担当者がコピーライターの赤堀友美氏から広告作家の岩永嘉弘氏に代わっている。これはどちらもなかなか鋭い連載だったが、どっちかといえば赤堀友美氏の方が好きだった。
 いくつか読み返してみたのだが、今となっては影も形もない商品が取り上げられていて、興味深い、というより笑ってしまった。
 毎回二問ずつの課題を出す「チャレンジ・コーナー」は、何度か応募しようと思ったことがないこともないが、大抵は歯が立たなかった。解説とか講評を読む分には、ふんふん、って感じなんだけどな。
 タイトルが変わったりしているが、新語についての連載は読んでいて楽しかった。同時に、人々がいかに多くの語を作り出しているか、自分がいかにその「現在」を知らないかを確認する作業でもあった。
 噂に寄れば「日本語ブーム」はまだ続いているらしいのに休刊とは残念な限りである。尤も、ブームに乗る人たちが買う種類の雑誌ではないが。

 今年の特集については、「変容する日本のことば」と「手話の方言」で取り上げた。
 そこと重複しないところでは、2 月号の「ことばの変化を捉える」が方言に触れている。特集のサブタイトルが「言語研究における通時的視点」なので方言とはちょっとそぐわないのだが、上野善道氏の「通時的にしか説明できない共時アクセント現象」がそうである。

 11 月号の「記憶の科学」も印象に残る。脳科学流行の昨今だが、今年の連載「臨床現場から見えることばの風景」と合わせ、脳と言語のことはわかってないことが多すぎる、と感じた。

 最終号の 12 月号の特集は「言語学的探求の行方」である。真田信治氏の「方言研究の新たなる出発」という文章が方言についてのものだ。
 氏の提唱する「ネオ方言」に始まり、「新方言」「変容方言」「地域共通語」などの用語が紹介された後、「クアージ標準語」という用語が出てくる。これは、方言の影響を受けた標準語で、話している本人は標準語だと思っている、というものだ。標準語と方言を対置すると、その間に「クァージ標準語」と「ネオ方言」が並ぶ、という形になる。
 東北あたりでは、標準語と方言の間には「クァージ標準語」しかないのではないか、という指摘は、なんとなくだが、そうかもしれない、という気がする。
「クァージ」は英語の接頭辞“quasi”だと思うが、ちょっと日本人にはなじみのない語である。*1

 これで、言語学を扱う雑誌は『日本語学』だけになった (多分)。至文堂の『国文学 解釈と鑑賞』がたまにその方面の特集をすることがあるくらい。
『日本語学』は、名前の通りで日本語がメイン。論文の中で言及されることはあっても、日本語以外の言語はまず扱われない。一方、「国語教育」に関する特集が時々あって、申し訳ないが、そういうときはスキップしている。それに、『日本語学』は『言語』にくらべてページ数が 2/3〜3/4 程度と薄い。
 というわけで、言語に興味を持っているものとしては非常に寂しいこととなってしまった。
 ひつじ書房が広告に「復刊をお祈りしております」と書いていたが、まさに同じ気持ち。しばらく休養してから、一新しての復刊を心待ちにしている。




*1
「非常に離れた距離において極めて明るく輝いているために、光学望遠鏡では内部構造が見えず、恒星のような点光源に見える天体 (
Wikipedia)」のことを「クエーサー (quasar)」と呼ぶが、これは“quasi-stellar object (準恒星状天体)”を縮めたものである。 ()





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