Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第400夜

まるっと☆パラダイス



 今更、って気がしないこともないが、「まるっと」について。

 最初に耳にしたのは山形である。これについては「こまくさ」で触れたが、もう 6 年になるのか。年食ったなぁ。
 意味についてはもはや解説の必要もあるまい。仲間 由紀恵が死ぬほど言ってくれたし。
 去年の紅白でも言っていたが、あれは寒かった。別に彼女がどうのというのではなくて、あの老若男女が入り乱れて (観客席のことだ) 騒然とした雰囲気では、正面ステージで行われるものを別にすれば、何をどう言ってもすべるだろう、という気がする。紅白は毎年見てるが、あれだけは見てるこっちが辛い。

 なんで急に「まるっと」を持ち出したのかというと、水星 茗という人の「アメン・ラーの指環」という漫画を読み返していて、これが使われていることに気づいたからである。買ってから十数年経っているのに。
 漫画の筋と「まるっと」とは全く関係ないので必要ないのだが、それを承知で解説すると、魔界のプリンス・エチエンヌを主人公とするコメディ風味のファンタジーである。エチはレヴィ・デ・ゼッサントという新進気鋭の音楽家が (音楽も本人も) 好きになってしまい、というのが導入部。
 天真爛漫なレヴィの妻・ミア、エチの紫の瞳にとらわれてしまうヴィクトール・フランソワ・ド・ジェルメーヌという貴族が登場してほんわかした四角関係を構築、レヴィとヴィックとエチの三角関係が繰り広げる陰険な漫才をスパイスに、話はいつのまにか地球を舞台とする天使と悪魔の対立、同時にどちらからも可愛がられているエチエンヌの存在位置に軸足を移し、レヴィが実は前世においてエチエンヌと何がしかの関係があったのではないか、と匂わせ、おそらくはシリーズを通しての適役となるらしい人物 (悪魔だが) が何度か登場したところで連載が中断したままである。
 前半は絵柄が固く、後半になると柔らかすぎてレヴィもヴィックも女の子みたいな顔になってくるので、入門者には真中付近の「不思議の星の MAGIC」「星の ANGEL☆RING」あたりをお勧めしておく。連載が止まっているおかげで謎はほとんど解かれていないので、途中からでもさほど問題にはならない。
 天真爛漫というのはエチにも言えることで、読み込むと、オーケストラの音楽監督であるレヴィも、裏も表も知り尽くしている貴族のヴィックにもその傾向はあって、かなり「ハート・ウォーミング」なストーリーである。少女漫画が不得意でない人は、心がささくれ立ったときに読んでみるとよい。ぶーけコミックスおよびマーガレットぶーけコミックスで 16 巻まで出ている。

 ブックオフの棚を見ていて思うのだが、本当に、買っては売り買っては売りの形態なんだなぁ、と思う。数年というスパンのものしかないんだから。
 というわけで、第 1 巻の発売が 1982 年というエチエンヌ シリーズをいわゆる「新古書店」で見つけるのは難しいと思われる。あるところにはあるんだろうが。

まるっと」に戻る。
 聞くところによると、“TRICK”の監督が愛知出身で、「まるっと」というのはそこの言葉である、と言う。
 え、と思いつつ、水星 茗のプロフィールを当たって見ると、やはり愛知であった。
 しかしながら、「まるっと」を何の条件もつけずにググってみると、瀬戸市ないし香川のページが多数見つかる。これは、イベント名に「まるっと」を使っているからで、必ずしも「まるっと」が優勢なことを示しているとはいえないのだが、それでも、そこで使われている、ということは事実である。
 岐阜もある。
 宮城もある。
 なんだか妙な分布の言葉だな、しかし。

 それにしても流行語ってのは、と検索しながら思う。
 そもそもウェブの検索エンジンだけで方言を語ろう、ってのが間違いで、それは重々承知の上なのだが、こういう風になってしまうと、俚言としての「まるっと」を抽出するのは大変な作業になってしまう。
 たとえば、こういう分布をしているケースで静岡の人が使っているのを見つけたとする。うちの方言で「まるっと」と言います、というサイトが他にあればいいが (まぁ、それを信用するとして)、そこに何の注釈もない場合、静岡でも使われるものなのか、それとも仲間 由紀恵の影響によるものなのかを判定するのはとてつもなく難しい。
 このあたり、先週書いた、ブログの問題とも絡む。

 意外に思ったのは、「まるっと」をググったら 9,000 件なかった、ということである。
“TRICK”は映画版まで作られた人気番組で、この「まるっとお見通しだ」も、それこそ紅白で言わせられるほどのフレーズなわけだからもっとあるかと思ったんだが。
 尤も、何件なら納得するのか、と言われると困る。
 しかし、その文章を見ていると、すっかり普通の表現として定着しているな、という感じは受ける。
 音に「訛り」がないから抵抗感がない、「丸っきり」という似たような単語もあり、知らない人でも意味を理解するのが容易、あるいはそのためによその地域の方言だとは気づかない、どことなくユーモラスな響きがある、などが理由だと思われる。
 同じ理由で、「気づかない方言」である可能性も否定できない。コメディではあってもドタバタではないエチエンヌ シリーズにポッと出てきたあたりもそれをうかがわせる。

 エチエンヌ シリーズの 16 巻「恋するプリマヴェーラ」が出て 7 年。
 完結することはないのかなぁ…と読み返すたびに思う。




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