Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第401夜

転倒三昧



 また転んだ。
 田沢湖で行われた MTB の大会では、ドロドロになった路面に前輪を取られて放り出され、藪に顔から突っ込んだ。右頬に斜め一直線の傷ができて、文字通り、スジの人になってしまった。
 この傷は 3 日で消えたので、それを使って小遣いが稼げる、ということもなかった。顔の中心部の傷の割に、気づいたのはたった一人である。

 その十日後。
 今度は通勤途上、歩道の段差を越そうとしてタイヤを持ってかれた。高さ 3cm 位という微妙な高さで、これを斜めに登ろうとして失敗した。前から、危ねぇなぁ、とは思ってたんだが、ちょっとスピードが速すぎたようである。
 左肩からいって顔面。眼鏡の弦が 45 度曲がった。ズボンの膝も派手に破れた。慌てて家に戻って消毒、着替えて出勤し直し。田舎でよかった。いや、都会で電車通勤だったら、そもそもこういう事故は起きないが。
 痛みの割に顔に傷がねぇな、と思っていたのだが、よく見たら眉毛に隠れていた。

 こういうときにできる青あざを各地でなんと言うか、というのはよく話題になる。

 さて、こういうときに恐いのは、脳出血である。いや、冗談だが。そこまで心配性ではない。
 まずは言葉を整理しておこう。
「脳溢血」という言葉があるが、今は「脳出血」と言う。あちこち見てみると、「脳出血 (脳溢血)」と、前者が括弧にくくられていることが多い。
 これに対して、血管が詰まるのが、「脳梗塞」である。これは更に、原因が脳内の血管にある「脳血栓」と、他の場所でできた血栓が原因となる「脳塞栓」とに分かれる。この辺からは専門的になるので省く。
 で、こいつらを含むジェネリックな言葉が「脳卒中」。
 この「卒」は、時代劇で言う「卒爾 (そつじ) ながら」の「卒」で、「突然」という意味。急に倒れることを、「卒倒」と言う。
 最近は、「ブレイン アタック」という言葉が使われ始めている。大鉄人 17 が敵のコンピュータのブレインに攻撃を仕掛けているのではない。

「卒中」の「中」は、「あたる」と読む。諸星 中 (もろぼし あたる) という名前もある。
 これから来ているのだが、秋田では、脳卒中になることを「あだる」と言う。
○○さん、まめでらべが (○○さん、元気かなぁ)。
あだったど (脳卒中を起こしたらしいよ)
 という具合で、目的語なしで「あだる」と言えば、それはダイレクトに脳卒中を指す。

 北東北全域で「あだる」と言うようだが、南部 (東北の南部ではなく、青森の東側から岩手北部、秋田東北部の、もと南部藩の領域) では「ちゅぎ」とも言う。これは「中気」であろう。
 全国的には、「ちゅぶ」「ちゅうぶ」など、「中風」の変形が多いようだ。秋田でも、「中風」そのもののことは「ちゅぶ」と言う。
 鹿児島や宮崎など、九州南部 (これは、南半分) では、「なえる」というらしい。

「さし縄」という狂言に「手中風」という表現が出てくる、らしい。
 急に手が動かなくなったことを指すようだが、これと、聖書に出てくる「手なえ」などと考え合わせて見たりする。偶然かなぁ。「手萎え」って書いてるところもあるし。

 単に「手なえ」で検索すると、稲庭うどん屋が山ほどヒットしてしまうので注意。
「手打ちうどん」とか言うが、稲庭うどんの場合は「綯う」のである。縄をなうのと一緒。
 そういえば、「手打ちカツ」というのが話題になったことがある。あれは一体、何なのだろうか。確かにカツやステーキは作る前に肉を叩くが、あれを機械でやっているのではありません、ということを言いたいわけでもあるまい。
 妹が、「おてうちラーメン」という看板を見つけたらしい。店主は「お手討ち」という単語を知らないのかもしれない。

 これもびっくりしたのだが、「冬至にカボチャを食う」と、どうなるか。
 俺は、風邪を引かない、だと思っていたのだが、中風にかからない、という言い伝えもあるらしい。
 非常に大雑把な印象では、関東以西が中風のような気がする。いや、関東や北日本でもないことはないようなんだが。

 秋田市に県立脳血管研究センターというのがある。
 名前の通り、脳とそこの血管の病気について研究、治療する組織である。
 脳卒中といえば、高血圧と酒。
 秋田にできるのも当然である。
 国際的にも一目置かれているとかで、成果は成果なんだが、実はあんまり自慢できることでもないんじゃないかなぁ。




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