Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第402夜

チャペの正体



 暑い。さすがに今年の夏はキツい。
 近所を歩いていると、その辺の家では玄関を開けっ放しにしているところが多い。気持ちはわかるが、俺はやらない。やっぱり嫌じゃん、なんとなく。それをしているのは一軒家だけだ、というのもなかなか興味深い。
 玄関に猫が寝ていることがある。風が通るのであろう。猫は、もっとも快適な場所を知っている、という。午後のクソ暑いとき、ベラーっと寝そべっているのを見ると非常にうらやましい。

 さて、秋田では猫のことを「チャペ」と言うのだ、という話はにした。語源はアイヌ語である、とも。
 何の気なしに調べてみてびっくりした。逆だ、と書いてある。
『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』によれば、猫を呼ぶときに鳴らす舌の音に、親愛の意味を添える「こ」をくっつけたもの、という。「チャペ」の項では、「アイヌ語にも同形があるが、日本語からの借用であろう」だそうだ。そりゃまたびっくり、である。
 これまで信じてきた分、にわかに「そうですか」とも思えないので、『語源探求 秋田方言辞典 (中山健、秋田協同書籍)』にあたってみる。
 アイヌ語に関する言及はないが、同じ説明。犬のことを「カァカァカァ」と呼んだ、という文献もあるそうで、こっちはなんとなく聞いた記憶がある。やっぱりそうなのか。

「ペ」は親しみをこめるときに使う接辞だそうだ。
「カトちゃん、ペ」って、これかい?

 もう一冊、『本荘・由利のことばっこ (本荘市教育委員会、秋田文化出版)』というのがこの春に出ている。地域は限定されているが、これにもあたってみた。
 全般に語源の説明はあっさりしているのだが、アイヌ語に関する言及なし。幼児語、としてあるのは、ほかの二冊と同じ。

ベゴ」もアイヌ語起源とされていることが多いが、こっちも、鳴き声から、と説明している。
『語源探求 秋田方言辞典』では、金田一京助氏の説明として、アイヌ世界に牛馬が入ったのは、和人と接触した後だ、という根拠を挙げている。んー、確かにそうなのかもしれない。
「ベ」ではじまり、牛をさす俚言は全国にあるそうで、西日本が起源ではないか、としている。

 ついでだが、同じ本で、カタツムリを「ベゴガイ」として紹介している。
 不思議はあるまい。カタツムリは「蝸牛」と書くのだ。

 ウマは「ダダ」だそうだ。ウマを止めるときに使う「どうどう」から。ただし、俺は聞いたことがない。
「駒」ということばがあるが、これは、もともと「子馬」であったものが、ウマ全体を指すようになったことからきたらしい。

 動物名称を調べていると、忌み言葉にぶつかる。直接、口にすると、その災いを逆に呼び寄せてしまうことから、遠まわしに言うために使う言葉である。
 オオカミは「お犬」からきた「おえの」、サルは「山の兄」、ネズミは「あねさま」「じょっこ」。なんで、女性を引き合いに出したんだ? 声が高いからか?
 女性はほかにもあって、カメムシが「アネコムシ」。これは、カメムシの匂いを、女性の化粧にたとえたもの。女性が化粧をするのは (少なくとも昔は) 男性の気を引くためだったはずだが、それをつかまえてカメムシたぁあんまりじゃないか。*1

 動物の分類は意外に細かかったり、大雑把だったりと色々だ。人生と一緒でな。
ムササビ」でリスを指すのは、木の上でゴソゴソやってる分には大差ないからであろう。
 今はもう、ウミネコという名前はしっかり定着しているが、カモメもそんな風に呼ばれていたらしい。「ウミネゴ」というのもあれば、「カダネゴ」というのもある。後者は「潟」。ほかの地域では、「浜ネコ」「ねこどり」「ねこさぎ」というのもある由。

 方言から離れるが、ネコはやたら寝るから「寝子」という説を信じていたが、ネズミをとるから、鳴き声から、とか色々とあるそうな。

 離れついで。
「ねこまんま」って単語はよく知られていると思うが、皆さんにとっては何をさしますか。
 味噌汁をかけた飯と、鰹節に醤油をかけた飯、というのとの二種類があるようですが。

「イヌ」ではじまる名前の植物は結構ある。
 が、たとえば「イヌワラビ」は蕨に似ているが食えない、イヌガラシも同様で、イヌなんとかという植物は、使えないもの、まがいもの、というものが多いのである。
 日本人の愛犬精神もちと疑わしいよな。




*1
 フランスで香水が発達したのは、風呂に入る習慣がなく、宮廷の姫様方が体臭を隠すためだった、という話もある。(
)





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