Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第77夜

こまくさ




 出張で山形に行った。
.
 驚いたことに、秋田市と山形市とを結ぶ列車は、朝7時と夜6時の2往復しかない。秋
.
田−東京の JAL 便じゃねーんだからよぉ、ってなもんである。ビジネスユースのために、
.
辛うじて残してあるという雰囲気。
.
 山形発 6:58 のこまくさ1号の場合、Kiosk は開いてないし車内販売はないし、そりゃな
.
いんじゃないかい。辛うじて弁当屋は開いていたが2種類しか届いてないと言う。
.
 秋田にしろ山形にしろ、駅前にコンビニが出店しているというのは、そういうニーズが
.
あるからなんだろうか、と思ったことであった。
.
 実は山形−横手、というのは3往復ほどある。秋田−大曲を「こまち」が通るから邪魔
.
なのかもしれない(注)


 さて、方言の話。
.
 4泊5日だから、さぞかし多くの山形弁を耳にできるだろう、2〜3 回分のネタが拾え
.
るかも、と思ったのだが、さにあらず。
.
 もちろん、耳にはしているのだが、違和感がないのでひっかからないのである。
.
 意味は全部わかる。「なんだって?」とは一度も思わなかった。
.
 そりゃぁそうである。なんせ隣の県。似ていて当然だ。


 語彙としては、「まるっと」というのに気づいただけ。
.
 「まるごと。全体を一気に」ということらしい。
.
 「まるっとやってしまうと後が大変だから、少しづつ確認しながら進めましょう」てな
.
文脈であったと思う。
.
 しかも、本当に山形独自の方言かどうかについては自信がない。


 特徴的なのは、それよりもアクセントである。
.
 上がったまま、なかなか降りてこない。
.
 たとえば、こんな発話があった。あるテレビ番組が、野球中継が延びたおかげで時間
.
が移動、録画し損なった人がいた。一方で、テレビを見ながらビデオを録ってた人がいて、
.
貸してあげてもいいよ、という会話である。
 「私、見ながらビデオ録ってだっけから
 この文、「見ながら」の「な」で上がったまま、最後の「から」まで降りてこない。太字の
.
部分は上がったままである。
.
 もう一つ、駅前で友達を呼んでいる例。大声で呼ばれるのは、字は知らないが「しゅう
.
こ」という女の子である。これが、「う」で上がってそのままである。
.
 秋田で、このイントネーションで「しゅうこー」と言うと、「秋田高校」の略称となる。


 東北地方の方言を、アクセントに着目して、山形と宮城の中央部あたりを結ぶ線の南
.
北でわけることができる。
.
 南側は、いわゆる「無アクセント」地域である。
.
 「無アクセント」というと、「アクセントがないのか」という誤解を招きやすいのだが、そう
.
ではなく、単語毎、あるいは文のアクセントが決まっていない、という意味である。こうし
.
た地域では、ある単語が、出現場面によって色んなアクセントで発音される。結果的に、
.
アクセントが意味の区別に寄与しえない。つまり、標準語で言うところの「橋」と「箸」の
.
違いがないわけである。
.
 これに対して「一型アクセント」というパターンもある。これは、全ての単語が一定の
.
アクセントで
発音されるというものである。アクセントが単語の弁別機能を持たないの
.
は一緒である。
.
 それじゃ不便でしょう、という声が上がると思うのだが、そんなことはない。「箸」と
.
「橋」を、アクセントだけで判定しなければならない状況、というのはほとんどない。文
.
脈でわかるからだ。


 そう言えば、「私、見ながらビデオ録ってだっけから」という言い方は、秋田ではしな
.
い。「っけ」は伝聞など、他人の行為について使う助詞である。自分の行為について
.
は使えない。
.
 「見ながらビデオ録ってだっけから」を秋田弁のルールで解釈すると、「(誰かが)見
.
ながらビデオ録ってたみたいだから
」となる。


 大体が、「山形弁」っていうのが存在するのか、という問題がある。
.
 山形県は、置賜・庄内・村山・最上という4つの地域に分かれる。これらは、廃藩置県
.
直後の県はもちろん、藩や国の時代にも別々の領地に属していたために、様々な面で
.
はっきりと異なっている。秋田が、2〜3 地域に分けることができるとは言え、明確な線を
.
引きにくいのとは事情が違う。


 おそらく夏頃にまた行くと思われる。その時には、もうちょっと面白い話題を探してみ
.
ることにする。



参考文献:
『日本語百科大辞典(第4版)』(1990) 大修館書店
.
「特集 方言と言語行動」『國文学』1997 年6月号 學燈社
.
「秋田」「山形」『世界大百科事典』(1992) 平凡社

注:後から気付いたのだが。
.
  秋田市・大曲市は、「こまち」が通るから問題なし。
.
  横手市と湯沢市は取り残されてしまうが、山形市までの特急を走らせて、山形で
.
 「つばさ」に乗り換えさせれば問題はあるまい。
.
  そう、東京との行き来だけを考えれば、さほど問題のないダイヤなのである。
.
  JRだけが悪いのではない。あきた北空港からの路線も考えれば、秋田県民の目
.
 が東京にしか向いてないことは明白である。



音声サンプル(.WAV)

見ながらビデオ録ってたっけから(山形市風)(21KB)
見ながらビデオ録ってたっけから(秋田市風)(21KB)
しゅうこー(山形市風)(13KB)
しゅうこー(秋田市風)(13KB)




"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第78夜「名詞の色々」

shuno@sam.hi-ho.ne.jp