Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第399夜

ヨリカ



 前から気になっている表現がある。
「それよりか」である。
 俺はなんとなく東京方言っぽい印象を持っているのだが、これが東京方言だという証拠は挙がっていない。
 ただ、秋田にいて耳にする表現ではない。これまた、広く人々の会話を調べて統計を取っているわけではないのだが、これはかなりの確実さで言える。

 そもそも、この「か」って何だ、大辞林
(4)反駁(はんばく)する気持ちを表す。
「本当にそうでしょう―」
 なるほど。
「それよりか」は人の意見や提案に対する反論を提示するときに使われる言葉だから、確かにそれは当てはまりそうだ。
 もう一つ、
(5)相手をなじる気持ちを表す。
「そんなことをする人があります―」「人のいうことがわからないの―」
 というのもあるが、これはとりあえず別だろうな。
 つまり、意味を伝えるだけなら、「それより」でいいわけである。対案 (「案」と言うと指す内容が固定されてしまうので困るが、こういうときには“alternative”などという英単語を使いたくなる) がある、ということは「より」が示しているから、それで十分だ。だが、「いや、ちょっと待て」という気持ちをどうしても乗せたい、ということがあるために「か」をくっつけたのだろう。
 で、こういう強調表現はすぐにデフレを起こす。やがて、「それより」の変種、という程度の位置付けに引っ込んでしまった、というところだろうか。

 ちょっと中断。
 というのは、大辞林に「よりか」そのものがあったから。
 なぜか二つ。
〔格助詞「より」に副助詞「か」の付いたもの〕
(1)比較の規準を表す。「か」は語調をととのえるために軽く添えられたもの。
「去年―泳ぎがずっとじょうずになった」
(2)選択の規準を表す。…ではなくて。
「それ―、こちらのほうをもらおう」
(連語)
〔格助詞「より」に名詞「ほか」の付いた「よりほか」の転。話し言葉でのくだけた言い方などに用いられる〕下に打ち消しの語を伴って、それと限る意を表す。
「残念だけど、あきらめる―仕方がなかった」「これ―することがないんだ」
 ほう。
 さらに
よりかも
(連語)
〔格助詞「より」に副助詞「か」、係助詞「も」の付いたもの〕「よりか」(連語)のやや強意的用法。比較の基準を表す。
「パパ―ママの方が好きよ」
 なんてのもある。俺、こんなの聞いたことがない。いや、全くない、とは言わないが、どちらかといえば、言い間違いという風に思っていた。
 が、探すとそれなりにある。ググってみたら 800 弱あって、その中には「〜寄りかも」が平仮名表記になっているものもかなりあるのだが、数百程度はある。

 小説や、あるいはちょっと固めの文章でも「それより」は表れる。だが、「それよりか」はどうだろう。少なくとも地の文には現れないと思う。出て来ようものなら、かなり砕けた文面になってしまう。
 それが、「それよか」ならどうだ。もはや完全に口語、俗語であろう。
 となると、口語表現の宝庫であるウェブで「よりかも」が数百、というのは少なくないか。
「よりか」に更に「は」がついた「よりかは」なんて 45,000 を越えるのだよ。

「よりか」と「よりかは」が混在しているページは 1 万件ほどある。
 無自覚なのか、使い分けてるのか。「よりかは」の方が強く感じられるような気がしないこともないが…。

 あるいは、廃れつつある表現だとか。ことに「よりかも」なんて、実に古臭いという印象を俺は持っている。

 だからって地域方言だなんて断言するつもりはないんだが、そうなんじゃないの? という気持ちはぬぐいきれない。
 なぜか。
 音声の「訛り」がない俗語は東京方言に感じられるのではないのだろうか。
 たびたび、漢字で書ける俚言なんてのを取り上げてきたが、やはり方言には音の違いが重要なファクターで、音が明らかに違うのに漢字で書けてしまう、という点が面白いのである。同じように、音に訛りが感じられず、自分の周囲では耳にしない、標準語でもない、という表現があると、さては東京方言か、となるのではないか。

 ブログはどういうものかあっという間に普及したが、あれって、細切れの記事がたくさんあって、意外にわずらわしかったりする。
 ある表現を見つけたとき、この人どこの人? と思っても容易には見つからないからだ。自分のプロフィールを別のページに紹介している人ならいいが、ブログって手軽さが受けて普及したものなので、そんな親切なことしてない人もかなり多い。
 というわけで、「それよりか」の使用例を見つけても、地域的な傾向がどうなのか見当をつけるのは割と面倒くさいのだった。これからそうなるのかもね。




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