Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第230夜

こみっと



 去年の暮れから忙しい。あんまり休みが取れない。
 休めないだけならまだしも、残業時間を申請したら、昼前に出社して深夜残業になったのを「そんなのは認められない」などと叱責されて逆上しそうになる有り様である。出社が遅いのは客の都合であって、俺のせいではない。
 月間の標準的な労働時間、つまり 8 時間×勤務日数だからおおよそ 180 時間程度なのだが、それを下旬に差しかかる辺り、うっかりすると前半だけでクリアしてしまう、という状態なので、相当、疲れているものと見えて、酒が飲めなくなった。缶ビール 2 本で宿酔、なんてのは可愛い方で、1 本飲みきれなかったりすることすらある。飲むなって。

 去年の春から他社にレンタルされている身で、所属する会社からは切り離されているし、レンタル先で無礼講ということもないので、大きな飲み会からは遠ざかっている。「こみっと」したのが多い。
 冷静に振り返ってみると、この「こみっと」の意味範囲を正確につかみかねている。これを今回は追求してみようと思う。

 まずは、Internet である。
 とは言ったものの、用例がほとんどない。Google でも goo でも 10 件程度。
 その中でも、用語辞典みたいなサイトが引っかかっていて、実は「コミット」のことだったりするので、「こみっと」の例というのは 5 つもなかった。
 大方は「こぢんまり」という説明をしている。まぁ、その通りである。
 にも書いたが、本当は大規模にもできる、という含みがあるように思う。だから宴会を引き合いに出すわけである。人さえ集めれば 10 人にも 100 人にもなりうるが、今回は数人である、という感じ。
「こっそり」というニュアンスもあるような気がする。隠れちゃいないが、わざわざ大規模にはしない、ということのように思う。

秋田の言葉』にあたってみる。
 これが驚きである。
「しみじみと。しんみりと」
 断言しよう。少なくとも、秋田市周辺の 30 代以下はそういう使い方はしていない。「こみっと」に情的な意味は持たせていないのだ。その辺が脱落しているのだと思われる。
 勿論、少人数で宴会をやれば (宴会の話ばっかりだが) 「しみじみと」することはあるだろう。それは結果である。むしろ、結果と原因が逆転した、という言い方もできるだろう。
 例えば、ある組織の運営について、会員全部が集まると話がまとまらないから、執行部だけが集まって概略を決めちゃおうよ、というとき、我々は「こみっと」を使える。
 だが、「しんみりと」という語義に忠実になれば、このケースでは「こみっと」は使えないわけだ。

 この本では「こんみりと」という訳語が当てられている。
 初めて聞く言葉なので、早速、大辞林で引いてみる。
(副) 味わいが深いさま。濃厚なさま。
 こうなると、我々の「こみっと」からは遠く離れる。
『角川新版古語辞典(1989、角川書店』にいたっては「凝り固まったさま。どろりと固まったさま。こってり」で、完全に別物。

 もう一度、Internet に戻って、今度は「こんみりと」を検索してみる。goo では一つもヒットしなかったが、Google では 2 つ。どちらも、荘内弁のサイトであった。
 が、意味が全く違う。料理の味が濃い、しみている、という意味なのである。
 おそらく、大元は同じなのであろうが、荘内地方においては味覚に限定され、秋田においては規模に限定されつつある、ということなのだろう。
 人間関係に適用されることもあるようだが、その場合は「じっくりと話をしましょう」というようなことになるらしい。
 隣同士で、「しょし」に匹敵する意味の乖離。

『角川新版古語辞典』で「こってり」が出てきた。これはどうか。
「こってり」は味が濃厚だ、ということであろう。それと「固まったさま」とは違うような気がする。
 思うに、ここにも意味の分化があるのではないか。見た目と味の濃淡、もとは一つの単語であったものが別れていった、ということなのではないだろうか。

 個人的には、アメリカのビールは薄くて苦手だ。エビスみたいな、こんみりしたのがよい。




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