Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第201夜

domestic polyglot



 人は一体、どれくらいの方言を操れるものなのだろうか。
 マルチリンガルな人はたくさんいる。使える言語が二桁にのる人もどうやら少なくはない様である。
 多分、日本語と英語とフランス語、というあたりなら勉強すればなんとかなるだろう、と思う。
 しかし、スペイン語とポルトガル語などと言ったらどうだろう。あるいは、北京語と広東語とか。近すぎて互いに干渉を起こしてしまうのではないか、という気がするのだが。
 あ、学生の頃にドイツ語とフランス語で混乱したのを思い出した。
 ドイツ語では、“ue”というつづりでは“v”の音が入る。フランス語の講義中に“que (「ケセラセラ」の「ケ」)”を「クヴェ」と読んで先生に匙を投げられたことがあった。

 最初にも書いたが、俺は秋田出身ながら、青森県 (弘前市と青森市)、東京都 (世田谷区、豊島区、杉並区)、埼玉県 (朝霞市) で暮らした経験がある。
 だから、津軽弁はかなりわかる。恐らく、日常生活には困らないと思う。
 秋田弁は言うまでもない。
 東京もよかろう。朝霞市でも問題ない。

 しゃべる方はというと、秋田弁の待遇表現が心もとないことはか書いた。ただ、これは適宜「」をはさめばさして問題は生じない。
 津軽弁はしばらくかかると思われる。隣だし、秋田弁で通すというのも手だ。
 東京なら、全国共通語を話せば全く問題ない。アクセントが変、とか言われることはあるだろうが、こっちが気にしないのでこれまた問題なし。
 「ため (同い年)」「〜ようだ (〜ことになりそうだ)」「似たか寄ったか (似たり寄ったり)」あたりは、ちょっと使う気になれない。別に使う必要もないのだが。

 これ以外はどうか。
 大阪弁は、前にやってみたことがあるが、かなり怪しい感じの奴ならなんとかなるのではないか、と思っている。ただし、イントネーションには自信が無い。大阪の人は「気色悪いからやめや」と言うかもしれないが、ここは付き合っていただきたい。
 名古屋弁は、これまでの蓄積が乏しいから無理だろう。聞く分には何とかなるだろうが、話せるとは思えない。山形、宮城、南部も同様。京都弁もか。

 土佐弁と宮崎弁はなんとかなりそうな気がしないではない。どちらも、「スケバン刑事」で 1 年にわたって聞いた。少なくとも他の方言よりは耳が慣れている。しゃべるのは無理だろうが、時間をかけて書くというのであれば、そこそこいけるのではないかと思う。
 尤も、ドラマで使用される方言が原形をとどめているとは言いがたいことは知っているし、浅香唯は宮崎出身だからまだしも、南野陽子は土佐ネイティブではない。ただ、NHK の『一弦の琴』で聞かれた土佐弁に比べて劣るとは思わない。
 問題になるとすれば、どれも女性だ、ということか。

 他の言語と接触したときに真っ先に問題となるのは語彙だ。逆に、一定量の語彙があれば、他の要素に問題があっても、なんとかかんとかコミュニケーションを取ることができる。
 音はどうだろうか。
 日本語の方言で一型アクセントや無アクセントの地域があることでわかる通り、アクセントは意味の弁別、つまり意思伝達の上で必ずしも決定的な要素ではない。
 イントネーションも同様。例えば、文末を上げることは疑問であることのサインだ、というルールはあるが、疑問文なら常に文末が上がるか、というとそうではない。近年流行のいわゆる「半疑問」をもちだすまでもない。「こそあど」の「ど」系の疑問文では上げる必要がないし、教科書の設問「この天秤は右に下がるでしょうか」なんてのは上がらない。
 なのに、アクセントやイントネーションを間違った発話を耳にすると非常に気持ち悪い。
 寧ろ、「なのに」ではなく「だから」なのかもしれない。意思伝達における重要性が低い、ということは、感覚・感性の領域に属する事柄だ、ということなのだろうか。
 別解釈として、方言は音の世界のものだから、というのも考えられないではない。どういうイントネーションなのか、というのは方言の本質であって、ここをゆるがせにすると問題が生じる、ということなのか。

 となると、習熟までには結構な時間が掛かることになる。
 別に音韻に限った話ではないが、この辺のルールには例外が多い。覚えようったって覚えられるものではない。最終的には、単語ごと、あるいは文ごとに覚えなくてはならない。
 やはり、数年はその地域に暮らす必要があるのだろうな。

 俺が青森市から秋田市に引っ越してきたのは 10 歳になる年だが、その頃は見事な津軽弁であったらしい、という話はした。これがいつ秋田弁に変わったのか、全く記憶に無い。上京時、標準語へのスイッチは意図的にやったのだが。
 この辺、言語形成期とのかかわりで考えてみるのも面白いのかもしれない。




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