Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第184夜

どっこい生きてる手帳の中



 モノの名称の変化には 4 つのパターンがある。
 モノの新旧と単語の新旧の組み合わせである。

 まずは、新物新語。
 新しいモノが出現し、それの名称として新しい単語が登場するパターンである。まぁ、ごく普通の現象である。新しい流行り物などを考えればよい。「厚底靴」「ガングロ」などがある。
 その正反対に、あるモノが廃れていき、一緒に名称も廃れる、というものがある。これは、「旧語」という言葉は使わず、「旧物廃語」または「廃物廃語」と言う。歴史的な風俗、風物を思い浮かべていただければ大概は当たる。
 に取り上げた、宮城における田下駄の名称「うざに」など、方言で名詞にあたっていくと、これの羅列、死屍累々ってことが非常に多い。
 まだ廃れてないどころか、最近は復権の兆しがあるが、「レコード」なんてのもこれだと言ってよかろう。

 そのどっちでもない 2 つには、ちょっと説明が必要かもしれない。
 まず、旧物新語。
 モノ自体は以前からあるが、名前が変わった、というもの。
 最近では、「キックボード」がある。これは商品名だと思うが、昔は「ローラースルーゴーゴー」で通っていた。通っていた、というほど売れたかどうかは知らない。俺は子供だったし、買ってもらえなかった。苦しそうなので欲しいとも思わなかったが、あれ、楽なのか?
 夕方ないし夜間に行われるスポーツの試合が「ナイター」から「ナイトゲーム」に変わった、というのも当てはまるだろう。
 最後が、新物旧語。
 モノ自体は新しいのだが、それを表現するのに既存の名称を持ってきて利用した、というケース。これに先立って、その名詞が一旦、廃語になっている、というのが前提。これまた、流行ものに多いんじゃあるまいか。
 モノではないし、名称を借りたわけではないのだが、俺の世代で“TM”と言ったら“TM-Network”だが、今の連中は“TM-R”を考えるだろう。名前が長くなってからは覚える気も起きないのだが。

 「付け木」という単語がある。辞書や百科事典にも載っている、立派な標準語だが、にも取り上げた「アメリカツケギ (マッチ)」の方は立派な俚言であろう。
 檜や杉の 15×2cm の薄い板に燐を塗ったもの、というからかなり大きいが、これ、マッチではなく、火を他の場所に移動するためのものらしい。火打石や縄で火をおこして、まず穂口 (燃えやすいものの粉) を燃やし、それを付け木に、更に薪に移す、とやるのだそうだ。
 火を清浄なものとする考えは洋の東西を問わずあるので、そういう意味も含め、おすそ分けのお返しに付け木を器に入れて返す、という習慣が全国的にあったそうだ。
 やがて、苦労して火をおこさなくても擦るだけで燃えるモノが登場し、これが秋田で「アメリカツケギ」と呼ばれるようになる。まぁ、新物新語と言ってよかろう。
 その陰で、お返しにするという風習ごと、付け木というモノも、その名称も人々の生活から消え、いまや、「アメリカツケギ」は勿論、マッチすら消え去ろうとしている。

 「肥後守」「ナルビー」なんてのはどうだろう。どちらも折りたたみの文房具の小刀だが、「肥後守」の方は研ぐことができる。ナルビーの方は、薄い刃を覆う形のカバーがついた、大量生産の工業製品。どちらも歴とした商品名。
 これが、小刀の一般名称として通用していた。ここでは詳しく述べないが、方言調査について書かれている本を何冊か当たれば、引用されていることが多い。
 今は、ほとんどが、パッキンと折っていくことのできるものに淘汰されてしまったようだが、「肥後守」も「ナルビー」も立派に現役で、大きな文房具屋で探せば買える。「ナルビー」は俺のシステム手帳にも装備されている。パッキンのカッターは長くて厚みがあるので、持ち歩きには向かないのだ。
 どちらも「旧物旧語」ではあるが「廃物廃語」ではない。*1

 最近は、なんでも新しきゃいいってもんじゃねぇよな、という考え方が浸透してきて、こういうものが廃れにくくなってきているのでうれしい。
 ただ、数年前というスパンのものは、簡単に消えてなくなり、復権を図ろうとする人も少ないようである。
 俺の ポケット コンピュータ*2、なんとかならんかなぁ。




 肥後守については、肥後守博物館が詳しい。
 このホームページの作者の方から指摘をいただいたのだが、「ボンナイフ」というのもあった。

 で、更に別の方から指摘があったのだが、「ナルビー」というのはメーカー名らしい。一般名称としては「ボンナイフ」という話だったが、これはどうやら、持ち手に“BON”って書いてあるのが起源らしい。
 肥後守は現役らしいが、「ボンナイフ」の方はもう絶滅寸前らしいので (ネットオークションに出ることもあるとか)、名称についてこれ以上の進展は難しいのではあるまいか。(010826)




*1:
 秋田には小刀を意味する「まぎり」という語があるらしいが、未確認である。(
)

*2:
 大き目の電卓くらいで、一応、プログラム言語も搭載されている。(
)




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