Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第179夜

超いずい




 NHK が鳴り物入りで進めてきた方言番組がはじまった。「ふるさと日本のことば」という
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タイトルがいかにも NHK だ。
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 一発目が宮城県。ガングロの化け物が「いずい」を使ってみせるなど、見せ物的要素も
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押さえてある。
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 なお、この番組に登場した宮城放送局のアナウンサー、山田貴幸氏の初任地は秋田で
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ある。


 見た人もいると思うが、一番の俚言は「お静かに」であろう。
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 これは「やかましい」という意味ではない。「お明日 (みょうにち)」に続けて用いる。
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「明日も何ごともなく無事でありますように」という意味の、別れの言葉である。
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 別れの言葉には、「ではそういうことで」という意味の「さようなら」の系列と、「お元
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気で」など相手のことを思いやる系列とがあるが、「お静かに」は後者に含まれる。
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 ここで 2 つの系列を挙げたが、これは単なる思いつきで、他にもあるかもしれない。
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この 2 つだけだなどと言う気はない。


 冒頭の「いずい」は、服のサイズが合わないとか、歯にものが挟まっているとか、深
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爪したとか、身に付けているものがフィットしていなくて落ち着かない状態を指す。


うざにはぐ」ってのも面白かった。
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うざに」というのは田下駄の一種である。とは言っても「田下駄」がわからない人がい
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るか。
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「田下駄」というのは、田んぼで履く「かんじき」である。と言うと「かんじき」がわからない
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人がいるか。
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「かんじき」は「木累」という字を書く (一字である)。「かじき」というのが正しいらしい。積
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もった雪に足を入れるとずぶずぶと沈んでいくが、板の上に乗ると沈まない。これを利
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用して、足の裏にくっつける道具を言う。
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 で、この番組を見て初めて知ったのだが、宮城県が米の名産地となったのは最近のこ
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とらしい。米作向きの土壌でなく、昭和の前半くらいまでは泥状の田んぼで非常に苦労
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していたそうだ。
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 ここから転じて、「うざに履ぐ」というのが、大変な苦労をする、という意味になったら
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しい。
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 「うざに」そのものはとっくに廃れているわけだが、その言葉だけが残っている。


 杜けあきがゲストだったが、この人の発言が、この番組のポジションをはっきりと映し
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出していて興味深い。
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 例えば、在仙当時から、普段の話し言葉と、例えば教科書を読むときの発音はきちん
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と使い分けていて、宝塚に行ったときも、東京の人ですか?と言われたというエピソード
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を紹介し、ここでちょっと気取ってみせる (ふざけて、である)。
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 あるいは、「ざに履ぐ」をアナウンサーが「うざにはく」と言ったのを聞いて、キレイ
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発音すると雰囲気が出ない、と言ってみたりする。
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 つまり、東京弁−標準語−キレイ−いいもの…というステロタイプが存在する。方言は
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衰退している、標準語=東京弁に押されている、無くなってしまいそうだ、守らなければ…
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これがそもそも、この番組が企画された理由なのだと考えられる。
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 最後に、東北大の小林隆氏が「意外に方言も元気ですね」と発言し、この仮説を裏づけ
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る形となる。


 今まで、方言に対するノスタルジーや方言ナショナリズムに対する嫌悪感を表明してき
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た。この番組もその延長線上にあると考えているが、その突破口も番組内で杜けあきが
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口にしている。
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 自分たちの言葉である、ということだ。
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 単なるバリエーションだと思うから、方言なんかなくなっちゃえばいい、ってな輩が後を
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絶たないわけだが、別の言葉であるというスタンスに立ち、「自分の言葉」を失いたくない
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という気持ちに思いを致すことによって、過去を振り返るだけの方言番組から脱却でき
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るのではないか。
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 既に、方言が“ENDANGERED LANGUAGE”であるという見方もでているわけだし、一歩
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進めて、強い調子で方言を語ってみてはどうだろう。
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 ガングロが「超いずい」と言っていたのに杜けあきが驚いていたが、言語の持つパワー
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が現代語たる「超」と伝統的方言語彙である「いずい」の組み合わせに端的に現れている。
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これは胸を張って、大きな声でたからかに、誇りにしていいものだ。
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 永六輔の話で聞いたのだが、かつて尺貫法が廃止されたとき、ある大工が「俺の目には
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一目見ただけで何尺何寸とわかる物差しが入ってる。使っちゃいけねぇというのなら、俺の
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目を持ってけ
」と啖呵を切ったという。
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 自分の方言を否定されたら、「のど笛かっきって持ってけ」というくらいの勢いで怒るべき
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なのかもしれない。



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第180夜「ふるさと日本のことば (2) −福岡、大阪、広島−」

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