Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜
第156夜
ENDANGERED LANGUAGE
大修館書店の『言語』誌に「危機に瀕した言語を救え!」という連載がある。
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これは、その名前から想像がつくように、少数民族の言語などを扱ってきた。ところが
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10 月号で突然、日本語の方言を取り上げたのである。
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今回はその話。
この「方言千夜一夜」ではこれまで、「方言は衰退していない」という立場で話を進め
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てきた。
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根拠は二つある。
まず、俺は今でも秋田弁を耳にするわけである。若い人も使っている。特に、3 年も前
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の話になるが、半年ほど羽後牛島から土崎まで列車通勤したときの経験が生々しい。み
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なきったねぇ秋田弁使ってらねが、と思ったものである。
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この点については、筆者の小林隆氏が、方言調査をしても俚諺形が得られないことが
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多い、という問題を上げている。これは俺の考えた例だが、田舎の古老に「寂しいと思っ
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た経験」の話を聞いても「とじぇね」という表現が出てこないわけである。しょうがないの
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で、調査する側で「そういう時に『とじぇね』と言ったりしないか」と聞いてやらなければなら
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ない。これは一つの調査手法として確立しているのだそうだが、正確さという点で今ひとつ
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劣るのは確かだ。
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これは単に、俺が今までしてきたような「方言も形を変えているのだ。昔と同じ形である
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とは限らない」という反論で片づけられる問題ではない。
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なぜかと言うと、変わっていくのはやむをえないとしても、小林氏が指摘するように、既
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に消えてしまって記録に残しておくことすらできない方言が数多くある、ということを示す
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からである。
もう一つは、新方言・ネオ方言といった現象がある。共通語化でない変化が現実に存在
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する。変化は生きていることの証である。だから、方言は衰退していない、と言えるわけで
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ある。
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小林氏はこれに対して、「それは研究者の注目点に左右された面が大き」い、と指摘す
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る (*1)。
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これには虚を衝かれた思いであった。まさにその通りである。
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現象は現象としてあるのだが、一方で共通語化の大きな波というのも現実なのであり、
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双方を比較してみると、相対的には共通語化の方が強力なのではないか。専門家が述
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べる「方言は衰退していない」という研究結果は真実であるにしても、一般の人が「方言
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は衰退している」と感じている、この現実もまた見落としてはならないのであろう。
何よりもこの「方言千夜一夜」の無責任なところは、俺自身が秋田弁をほとんど使って
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いない、という点である。
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一人暮らしだから自室で話をすることはない。秋田弁を使うのは昔の仲間と呑んでいる
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ときか、実家に帰ったときくらいである。仕事場で使いにくいのは、オフィシャルで実務の
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場であることと、必ずしも腹を割って話せない同僚がいるからである。
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これについて、小林氏の興味深い意見がある。いわく「(方言の使用が) 話し相手との仲
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間意識の確認や、くつろいだ会話を嗜好する発話態度の表明といったメタ言語的なメッセ
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ージの伝達に変わりつつある」。
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まさに俺自身の言語生活である。量的に考えれば、俺が秋田弁を使うのは特殊なケース
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であって、そこにはなんらかの意味がある。
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こんな奴が「方言は衰退していない」と言っても胡散臭いばかりである。
俺は「方言を守ろう」なんて思ってないのである。方言話者が自発的に方言を捨ててし
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まうのならしょうがない、と思う。
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が、多様性が失われることには寒けを覚える。それが、外部の人間によるものであれ
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ば怒りを覚える。「方言なんかなくなっちゃえばいいのに」という非方言話者 (*2) がいると
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暗澹とした気分になる。
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「危機に瀕した言語を救え!」のシリーズでは、ある言葉を使っている人 (民族) その
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ものがなくなるケースのほかに、人は残っているが母語を使いつづけることがデメリット
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になるために捨てられてしまう、というケースもかなり紹介されている。
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方言の共通語化は後者である。問題はこっちであろう。残念ながら、個々人に「方言を
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捨てるな。何があっても方言を使え」とは言えない。それはそれで強制になりかねない。
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方言を捨てる必要がないようにするのが正しいのだと思う。
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「人と違う」ことが欠点になってしまう社会はやはり恐い。
*1:これに先立って、「気づかれない方言も、いったん方言だと気づかれたが最後、とた
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んに使われなくなる可能性をはらんでいる」と述べている。全くその通りである。俺は
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ここでよくそういう表現を取り上げているが、ひょっとしたら、秋田弁衰退に手を貸し
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ていることになるのかもしれない。
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*2:いわゆる「東京者」。念のために言っておくが、「いわゆる」なのであって、東京出身
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者のすべてを指すのではない。
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shuno@sam.hi-ho.ne.jp