Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第157夜

松本清張作品に見る方言




 やっと『砂の器』を読んだ。
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 読むのに苦労した訳ではなくて、単に機会がなかっただけである。
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 別に読書の秋で刺激されたわけではなく、根岸の往来堂書店という本屋の店長さんを招
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いた勉強会に参加する機会があり、それで例の BookOff に関心を持つようになって、売
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ったり買ったりで通った際に手に入れたのである。
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 とは言いつつ、同時期にオンライン書店で本を注文したのを合わせると万は下るまいと
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思われる。
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 往来堂書店は、人のインスピレーションや知的好奇心を刺激する独特な配架で、気がつ
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くと多量の本をレジに運んでいるという例が相次ぎ、一部で「地雷原」というあだ名がついて
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いるのだが、その勉強会以来、本屋や古本屋を別の視点からも見るようになった。こうい
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う形の地雷もあるのだな。


 話を『砂の器』に戻す。
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 前にも書いたが、この作品は、東北方言と山陰方言の音韻が似ていることがトリックに
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なっている。秋田の岩城町 (いわきまち) まで出てくるので、秋田に住む者、そして方言
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に興味を持つものなら必読の書であろう。自分が読んだものだから偉そうなことを言う。
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 あんまり詳しくは書けないが、中に、国立国語研究所だの東條操だのという名前が出て
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きて、その著作まで引用されており、かなり力が入っているのがわかる。
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 その『日本方言地図』に、いわゆるズーズー弁が東北から北関東にかけて使われている
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ほか、出雲地方でも使われている、ということが書かれているのである。


 是非、現地で聞いてみたいものだと思うのだが、山陰はお世辞にも近くない。
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 出雲といったら、大阪まで飛行機で行き、新幹線で岡山、それから山を越える、という
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ことになるのか。遠い。大阪空港着が 14:00 前だから、晩飯には間に合いそうにない。


 この作品で気になるのは、「東北以外で東北弁が話されているところはあるのでしょう
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」といった表現である。言いたいことはわかるし、しゃべっているのが刑事だから門外
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漢だ (そういう描き方をされている) ということもわかるのだが、非常に据わりが悪い。
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 東北で使われるから「東北弁」なのであって、それが東北以外で使われるというのは妙
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な話である。東北弁が「瀬戸物」くらいのブランドになっているのならともかく。


 その後書きに、『風の視線』には十三湖が登場し津軽弁が効果的に使われているとあっ
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たので、探して読んでみたが、最初の方にちょっと登場するだけで期待外れであった。
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 大体、これは『砂の器』みたいに殺人事件が起こるわけではない。松本清張をよく知ら
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ないということがここでばれてしまうわけだが、『風の視線』は4組の不倫カップルが登場
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する人間模様、っていう話なんである。読んでてゲッソリする。
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 『落差』は文庫の紹介文をチラっと読んだが、もっとすごいようだ。やっぱり、伝説が絡
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んでくるとかいう『D の複合』の方が性に合っているのかもしれない。
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 ちょっとだけ登場する津軽弁がかなり正確に写し取られていることは記しておく。


 『砂の器』は、正直言って尻すぼみの印象があるのだが、確かに切ない小説である。秋
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田関係者のみならず、一読をお勧めする。


 最初に書いた勉強会を仕立てた編集者から「北の者なら」ということで推薦を受けたの
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が西村寿行の『蒼氓の大地、滅ぶ』である。
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 これは、東北地方に大きさが数十 km に及ぶイナゴの大群が押し寄せて緑を食い荒ら
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し、しかも政府に非情なあしらいを受けて、さぁどうする、という話。
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 これでもか、という位に東北が痛めつけられて読んでて胸が痛いのだが、ときおり登場
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するバイオレンスとセックスとで「あぁこれは作り話なんだ」と冷静になることができる、と
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いう不思議な作品。なんせ、冒頭で東北全滅の可能性を指摘した直後にいきなりラブシ
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ーンである。これはこれで性に合わん。
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 映画にしたらどうだ、という気はするが。



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第158夜「なーんとあの客だばわがままでや」

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