Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第158夜

なーんとあの客だばわがままでや




 まもなく、秋田での U ターン生活も 6 年目に突入するのだが、最近、TPO を問わず口
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をついて出そうになる表現がある。
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なーんと」である。
なーんと、あの人だば 自分の娘 めんけくて なんもかもねなだ
 という風に使う。これは「いやいや、あの人は、自分の娘が可愛くてどうしようもないんだ
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よ」という意味である。
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 この「なーんと」は、「そうなんですよ」「いやはや全く」「これがまた」というような意味の
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間投詞である。苦笑まじりであったりすることもある。
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 今年は秋田の外に出る機会が多いのだが、例えばそこで旧友と会って、自分の仕事を
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説明したりする。「その客がまたわがままでねぇ」等というときに「なーんと」と言いそうに
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なるのである。あるいは「今の仕事は楽で楽で」でもいいのだが。
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 残念ながら、これに代わる表現が、俺の東京弁語彙の中にない。「なんと!」は全く意味
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が違うし。


 間投詞については前に何度か取り上げた。
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 後先関係なく出てくる表現だから、元来、その音には必然性がない。
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 例えば、我々は驚いたときに「あ」と言うが、「あ」に驚愕の意味があるわけではない。
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昔、ダウンタウンが「み」の一音だけで喜怒哀楽を表現する人、という漫才をやっていた
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が、ああいうことである。たまたま、現代の日本では「み」が間投詞になっていないから
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ネタになるのである。
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 だから、なぜ秋田では「さい」で「しまった」という意味を表しうるのか説明しろ、と言わ
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れても説明できない。言語の恣意性のお手本みたいな語である。
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 「なーんと」は「なんと」と形が似ていて、意外性から不本意へと使用範囲が変化した、
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と考えればなんとなく納得できるであろう。これなんぞはいい方である。


 話がそれるが、そうは言いながら、「あ」「い」「う」「え」「お」の間投詞にはそれぞれ
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ニュアンスの違いがあり、交換不可能であることが多い。例えば「お」は比較的、深
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刻度が低い。「お」の代わりに「え」を持ってくることはできない。
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 これなど、外国人学習者には難しいポイントではあるまいか。


 これは追加だが、「さい」は自分に原因がなくとも使える。「やられた」「そう来たか」
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という場面でも「さい」と言える。


 「おや」はどうだろう。
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 あまり自信がないので、とりあえず『日本語大辞典 (1980、初版、講談社)』に当たっ
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てみる。
意外なことに出会って軽い疑いや驚きを表す語
 とある。はっきりしない。
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 この単語、不快感やいらだちを表明するときに使えるだろうか。秋田では使えるのだが。
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バスが時刻通りに来ない、あるいは、何度言えばわかるんだこいつは、というような時だ。
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アクセントは「お」にあり、「や」で落ちる。「おんや」「おいや」に近い。
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 この「おや」を言った本人は相当、いらだっていることが多いので要注意である。


 「したらんだってが」という表現がある。
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 これは「したら」と「んだってが」に分割できる。
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 「したら」は「そうしたら」「じゃ」、「んだ」は「そうだ」だから「んだってが」は「そうなのか」。
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だが、「じゃそうなのか」では意味不明である。何を言っているのか分からない。
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 「したらんだってが」は、理不尽な事柄に対する怒りや不快感を表明するための表現で
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ある。これなど、なかなか秋田弁らしくて面白いと思うのだが。


 ま、別に東京で「なーんと」を使ってもいいのだが、正しいニュアンスが伝わることは
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まずないと思われるので、そこが悔しい。



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