Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第165夜

方言コンプレックスの生成 (1)




 話は急に十数年前に戻る。
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 一月も終盤。卒論提出のシーズンである。


 恥ずかしながら、卒論のテーマは「方言コンプレックスに関する一考察」というもので
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あった。
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 確か、年末年始の帰省シーズンには、一式を宅配便で実家に送りつけ、論文に提出
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する図を書いていたような記憶がある。あるいは下書きだったか。
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 はっきり覚えているのは、当時マクドナルドでバイトしていたのだが、深夜掃除の休憩
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時間に清書していたことである。


 これを久しぶりに引っ張り出してみようと思う。「ネタ切れ?」とか根性の曲がったこと
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を言わずに付き合って欲しい。
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 なお、以下の文章は、卒論そのままではない。「解説」のセクションは勿論、本文にも、
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現在の観点から手を加えてある。



第 1 章 はじめに


第 1 節 本論文の目的


 東京で話されている現代の東京弁は、標準語としばしば混同される程、類似点が多いと
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いわれる。実際に、東京の言葉を話すことができれば、ほとんどの場合、全国どこへ行っ
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ても通用する。しかし、東京に居住し、東京弁を使っている人々は均質ではなく、日本国内
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の様々な場所から集まって来た人々である (注 1)
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 つまり、彼等のほとんどは出身地の、東京弁以外の方言を持っている筈である。「お国
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なまり」という言葉があるように、それは個人の生まれ育ちの一つの象徴であって、誇っ
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て当然のものである。ところが、実際には「方言コンプレックス」という言葉があって、一
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頃はこれが原因とされる殺人事件まで発生している (注 2)
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 論者自身、秋田から上京して、現在は標準語を使っているつもりであるが、その反面、
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秋田弁を使うことを恥しいとは思っていない。「方言コンプレックス」という言葉は知っては
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いても自分とは無縁のもので、その形成には興味を持っていた。
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 一般に、方言を他の土地で使うまいとする姿勢を「方言コンプレックス」と言うが、それ
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がどういう過程で形成されるのか、東京と仙台の 2 地点で行ったアンケート調査を元にし
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て考えてみようと思う。


解説:
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 注 1 について。
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 NHK 放送文化研究所が 1996 年に行った「全国県民意識調査」では、東京都の調査対象
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の内、東京都出身者は 57%、生粋の (祖父母の代からその地域に住んでいて、1 年以上ほ
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かの地域で生活したことがない) 都民は 16% であった。
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 生粋県人の多いところは、沖縄が 62.0%、秋田が 61.6%、新潟が 61.4%. 平均が 37.7% で、
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東京は最も少ない。
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 出身者 (本人の出生地のみ) でみると、沖縄が 92.5%、新潟が 92.2%、秋田が 91.5%. 全国
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平均は 72.0% で、東京は少ない方から 5 番目。なお、最も少ないのは神奈川 の 49.7% で、
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埼玉、千葉、奈良と続く。
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 参考までに、東京に転入してきた人の率を見ると、埼玉と福島からが全体の 3.1% で最も
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多く、新潟、千葉、長野、栃木と続く。この 6 県で 16% 弱を占める。
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 ここまで来ると雑学に近くなるが、神奈川の 11.5%、埼玉の14.2%、千葉の 12.9% は、東京
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からの転入者である。


 注 2 について。
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 方言話者が他地域で経験した艱難辛苦については既に取り上げた。


 つまり、方言が恥ずかしいから使わない、というのなら理解できるのだが、別に恥ずか
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しいとも思わないけど自分の方言は使わない、という人が多いようなので、それはどうい
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うことだ? と思ったのがきっかけ。
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 「方言コンプレックス」については、後で定義する。ここではボンヤリとした語感でつかま
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えておいて欲しい。
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 今回の分はあまり内容がないが、量から考えてここで切らざるを得なかった。なお、十
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回を越える見込みである。
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 また、途中でやめるつもりはないが、きちんと毎週続く連載になるという保証もない。



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第166夜「がんこ頑固」

shuno@sam.hi-ho.ne.jp