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降圧剤の時間薬理学

1997年7月1日号 225

 通常、血圧は夜間に下降し、早朝覚醒とともに上昇するという日内変動パターンを示します。多くの高血圧患者でも同様の日内変動が認められます。血圧上昇の主要なきっかけは、睡眠−覚醒リズムに基づく「目覚め」です。

 一般にβ遮断剤、ACE阻害剤、カルシウム拮抗剤は血圧の日内変動に大きな影響を与えず全体の血圧レベルを下げるとされています。一方、α1遮断薬は夜間血圧に比べて昼間の血圧をより低下させます。しかし実際は、どのような血圧の日内変動が高血圧患者の予後を改善するかはまだ確立されていません。
下の方に追加記事あり
 

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 1日1回服用型の降圧薬は、通常、朝食後服用ですが最近、降圧薬の効果や副作用の発現が服用時刻によって異なることが分かってきました。

 ACE阻害剤を朝1回と夜1回とで比較すると、夜の方が24時間後も降圧効果が十分持続することが認められました。朝服用では昼間の血圧はよく下げますが、24時間後の降圧は不十分な為、早朝の過度の血圧上昇を抑えきれない可能性があります。一方、夜服用では夜間血圧だけでなく、翌日の昼間の血圧も十分低下させています。しかも夜間の過度の降圧は認められませんでした。

 また、空咳の原因となるブラジキニンの血中濃度をみると、朝服用では上昇した例がありましたが、夜服用に変えるとほとんど変化はありませんでした。したがって、ACE阻害剤を夜1回、就寝前にすれば24時間血圧をコントロールすることができ、しかも空咳を抑える可能性があります

 その他、脂溶性の降圧薬(バイミカード、インデラルなど)は朝の方が夜より血中濃度が高く、降圧効果も大きいことが認められています。水溶性の薬物(テノーミンなど)の血中濃度は、服用時刻の影響を受けません。

{参考文献}日経メディカル1997.2 万有資料

 

〜〜〜〜〜〜メモ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  T/P比

 1日1回服用の持続性Ca拮抗剤やACE阻害剤で最近よく見られる。トラフ/ピーク比のこと。
1988年にFDA(米国食品医薬品局)の降圧薬評価ガイドラインの中で提唱された降圧剤の持続性を評価する指標。

 血圧日内変動の中で、最小降圧効果(トラフ:谷)は、最大降圧効果(ピーク:峰)の50%以上を維持することが望ましいとされています。急激な血圧変動の繰り返しは、臓器障害や脳・心血管疾患の危険因子になることが明らかになっており、臓器保護の面から降圧剤の効果持続というこの新しい評価基準は注目されますが、プラセボ効果のとらえ方、算出方法の多様性などの問題点もありわが国では検討の余地があるとも言われています。

 高血圧による臓器障害を予防あるいは抑制するには、1.過度の血圧低下を起こさない、2.次の服薬時まで十分な降圧効果が持続する。3.血圧の変動性が少ないという3つの条件を満たす降圧剤が望まれます。

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M/E比

M/E比=早朝起床時降圧度(m△BP)/就寝前降圧度(e△BP)

降圧度〜観察期と治療期の家庭血圧の差(△BP=観察期家庭血圧値−治療期家庭血圧値)

家庭血圧値〜観察期終了直前5日間あるいは治療期終了直前5日間の平均

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ジッパー型高血圧

ジッパー:dipper〜夜間の降圧が認められる。
ノンジッパー:夜間の血圧下降が少ない。

inverted-dipper(逆ジッパー):昼間の血圧よりも、夜間の血圧が高い。

 ただしジッパー、ノンジッパーの定義はまだ定まっていません。現状では便宜的に、夜間の収縮期血圧が昼間に比べて10%以上下がればジッパー、10%未満の場合をノンジッパーとしています。

 ノンジッパー型高血圧患者では心肥大や腎障害といった臓器障害が進んでいることが多い。また、心血管系の合併症の出現頻度が高いという疫学調査から、ノンジッパーの夜間血圧をどの程度下げるかが議論の的となっています。しかし夜間降圧の消失が臓器障害の原因か、あるいは結果なのかはまだ不明です。

 ノンジッパーはジッパーに比し臓器障害、特に小梗塞病変が有意に多いとされています。また、夜間睡眠時に過度に血圧が低下するextreme-dipperはノンジッパーに比し臓器障害が進んでいることが明らかになっています。

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モーニングサージ

 一般に、血圧は昼間活動しているときは高く、夜間の睡眠中は低下します。(血圧の日内変動)
特に起床直後は血圧が急上昇し、これをモーニングサージといいます。

 モーニングサージは脳卒中、心筋梗塞などの発症に深く関係していて、降圧治療ではモーニングサージを正常な範囲にとどめることが重要です。


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降圧剤の時間薬理学(2)

2001年2月1日号 No.307

降圧剤の時間薬理学(1)は1997年7月1日号に掲載(このページの上をご覧下さい。)

 夜間の不十分な降圧が高血圧性臓器障害の進展に関与することや、早朝の急激な血圧上昇が心筋梗塞や脳梗塞の発症原因の1つであることが明らかになっています。このような血圧日内変動の特徴を認める患者には、治療効果を向上させるために時間治療が試みられています。さらに、服用時間を変えることで降圧薬に伴う副作用の出現頻度が減少し、患者のQOL(生活の質)が改善することが報告されています。


 昼間の血圧よりも夜間血圧の方が心血管疾患発症と関連していることが明らかになっています。従って、夜間血圧も十分にコントロールする必要があります。

一方、夜間血圧を下げすぎると心血管疾患の発症頻度が増加することがあります。
non-dipper型で夜間の心筋虚血発作が最も多く見られ、降圧剤によってその頻度は減少します。

しかしextreme-dipper型では降圧剤によって発作頻度は増加することが明らかになっています。

* ACE阻害剤

 ブラジキニンはACE阻害剤に伴う乾咳の原因物質の一つとされていますが、ACE阻害剤を夜に服用した時には、血中ブラジキニン濃度の上昇が小さいために、乾咳の出現頻度も減るものと思われます。

* Ca拮抗剤

 一部のCa拮抗剤によって
inverted-dipper(逆ジッパー)、ノンジッパー(non-dipper)型で夜間血圧は十分に低下しますが、extreme-dipper型ではほとんど低下しないことが報告されています。

 長時間作用型Ca拮抗剤は24時間を通じて高い血圧を低下させますが、夜間血圧は過度に低下させず、心筋虚血や脳虚血を来す危険性は少ないものと考えられます。しかし、降圧効果が血圧日内変動パターン(ジッパー、ノンジッパー、インバースジッパー)によって異なる機序は明らかでなく、今後の検討が必要です。

* α遮断薬

 夜間降圧が十分でないノンジッパー型高血圧や早朝の心筋梗塞や脳梗塞の発症原因となる急激な血圧上昇(morning rise)にはα1受容体を介する交感神経活性亢進が関与しています。従って、ノンジッパー型やmorning riseを認める高血圧患者の治療には有効と考えられます。

 ABPM(24時間自由行動下血圧測定)を用いて評価した結果、夜間血圧はinverted-dipper型やnon-dipper型では十分低下しますが、dipper型やextreme-dipper型ではほとんど低下しないことが明らかになっています。また、心電図上R−R間隔変動を解析することによって、一部のα遮断剤は早朝の交感神経活性亢進および血圧のmorning riseを抑制することが報告されています。

* 利尿剤

 高血圧の非薬物治療法として食塩制限を行うことがあります。しかし、減塩による降圧効果には個人差があり、高食塩食下(1日12〜15g)から低食塩食下(1日1〜3g)に変更すると血圧が10%以上低下する(SS:salt-sensitive)群と10%未満しか低下しない(NSS:non salt-sensitive)群とに分けることができます。

 最近これら2群間に血圧日内変動パターンに差のあること、すなわちSS群は高食塩食下ではnon-dipper型が多く、減塩によってdipper型に移行します。一方、NSS群は高食塩食下でも低食塩食下でもdipper型が多いことが明らかにされています。

 また、高食塩下での夜間尿中Na排泄はSS群の方がNSS群よりも亢進しています。このようなことから、SS群では腎Na排泄能が潜在的に低下しており、その結果、高食塩食下では昼間だけでなく夜間でも高い血圧を維持して腎Na排泄能の低下を補っている可能性があります、

 これらのことから、
non-dipper型高血圧患者に利尿薬を用いると、dipper型に移行する可能性があります。

{参考文献}日本病院薬剤師会雑誌 2001.1


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服用時間による時間治療

〜〜循環器機能の日内リズム〜〜

2012年4月1日号 No.564

 近年、循環器疾患で生体の日内リズムを考慮した時間治療が行われています。

 高血圧治療では、早朝の心血管イベントの発症抑制および臓器保護効果を期待して降圧薬の就寝前の服用が考慮されるようになってきています。

 早朝には、交感神経は活性化されるため、早朝での最大効果を期待した交感神経抑制薬の夜間就寝前の服用により、血圧モーニングサージ(注1)が抑制されます。

 早朝高血圧患者がα遮断剤を就寝前に服用することにより、早朝血圧が抑制され、微量アルブミン尿排泄量が抑制されることが分かってきました。さらにこのモーニングサージと早朝RA(レニン-アンジオテンシン)系抑制の相乗的臓器保護作用を期待して、就寝前RA系抑制薬が考慮されています。

 早朝には体循環系RA系と心血管系局所のRA系の活性化が更新します。RA系抑制薬は血小板リモデリンングの改善効果があることが知られていることから、長期的には早朝血圧の安定化が期待されます。

 食塩感受性高血圧患者では体液貯留傾向となりnon-dipper/riser(注2)や夜間高血圧が導かれるため、利尿薬の併用が検討されます。

 降圧剤の服用時間によってその効果が異なることについては、様々な実験と臨床レベルでの報告があります。

(注1:血圧モーニングサージ)
 一般に、血圧は昼間活動しているときは高く、夜間の睡眠中は低下します。(血圧の日内変動)特に起床直後は血圧が急上昇し、これをモーニングサージといいます。
 モーニングサージは脳卒中、心筋梗塞などの発症に深く関係していて、降圧治療ではモーニングサージを正常な範囲にとどめることが重要です。
(注2:non-dipper/riser)
 non-dipippe〜夜間の血圧下降が10%未満(一般に夜間血圧は昼間に比べて10〜20%低下します。)この中で夜間血圧が昼間血圧を上回るものはriserと呼ばれる。 


* 内因性リズムの同調による時間治療

 シフトワーカー(夜間勤務者等)で心血管疾患のリスクが高くなることは、依然から知られていました。これまでの報告から、内因性のリズム障害そのものというよりは、内因性リズム(時計遺伝子により規定され、体内時計により形成される)と外部環境が同調しないことが問題で、疾患の発症や増悪に関与していると考えられます。

 これらのことから、内因性リズムと外部環境の同調を促す時間治療が試みられています。内因性リズムを形成する体内時計の中枢は視床下部視交叉上核(SCN)に存在し、睡眠誘導ホルモンであるメラトニンはSCNの影響を受け、松果体より分泌されます。

 視床下部にはメラトニン1型(MT1)、メラトニン2型(MT2)受容体が存在します。メラトニンやそのアゴニストであるロゼレム錠はMT1受容体を介してSCNの神経活動を急速に抑制し、睡眠を導入し、MT2受容体を介して日内リズムの位相を変位させ日内リズムを修飾させます。

 近年、メラトニンの就寝前服用により、高血圧患者に降圧がもたらされれることが報告されています。特にnon-dipper/riser型の夜間血圧が低下し、正常のdipper型となり24時間血圧が有意に低下することが報告されています。

 他に、体内時計に作用し日内リズムの位相を変位させる薬剤としてPPARαの作働物質であるベザフィブラートやPPARγ作動物質であるチアゾリジン系薬剤などが報告されています。これらの薬剤が内因性リズムを同調させるために有効である可能性があります。

*血圧モーニングサージ

 通常、血圧は起床前後で最大となります。適度のモーニングサージは生理的現象ですが、著しいモーニングサージは心血管リスクになると考えられます。

 血圧モーニングサージを伴う高血圧患者では頸動脈内膜中膜肥厚が大きく、血中インターロイキン6やC反応性蛋白などの炎症マーカーが高値を示すことが報告されています。

 さらに頸動脈狭窄を合併した高血圧患者で、血圧モーニングサージの増大が頸動脈プラークの局所炎症反応の亢進と不安定化も直接関与していることを示しています。 血圧モーニングサージの増大は、加齢、高血圧 血糖異常、飲酒や早朝の喫煙、精神的・身体的ストレスの増加でもたらせます。

 血圧モーニングサージには週変動がみられ、月曜日に増大します。また冬季にも増強しますが、特に高齢者より多くなっています。この増強が、心血管イベントの増加に関与している可能性があります。

 また、臓器障害自体が血圧モーニングサージを増強します。特に大血管障害は、圧受容体反射感受性の低下を生じ、血圧モーニングサージの抑制が十分に働かなくなります。

 圧受容体感受性には日内変動があり、交感神経が亢進する朝には低下します。圧受容体反射感受性は高血圧患者だけでなく、正常血圧患者でも大血管、大血管スティフネス亢進と関連しています。(スティフネス:stiffness→硬さ、硬度〜血管壁が硬くなると血圧や脳卒中、心筋梗塞のリスクが高くなる。)

{参考文献}日本薬剤師会雑誌 2012.3

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2006年12月15日号 No.443

塩分と血圧     2012年追記:この記事は2011年頃から否定される報告が多数提出されています。

〜〜〜減塩は好ましくない!?〜〜〜


 Na摂取は必ずしも血圧を上昇させず、またNa摂取を心血管死と結びつけるエビデンスは不十分で、相反するデータが混在しているのが現状です。

 米国での発表によりますと、人種や個人によってNa摂取制限(=減塩)に対する反応が異なること、Na摂取量と心血管死のリスクはJカーブ型を描くことなどが指摘されており、減塩の効果を検証する必要があるとしています。

 高血圧患者を対象としたメタアナリシスでは、減塩による降圧効果は十分ではなく、「高血圧治療としてのNa摂取制限は必ずしも推奨されない。」と報告されています。

 一方、正常〜高血圧の肥満者を対象とした試験では、減塩によって尿中安排泄量の減少とともに良好な長期的降圧効果が得られています。

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 減塩が推奨される根拠には、1)Na摂取量は血圧に影響を及ぼす。2)血圧は心血管疾患の発症と連続的に相関することがあげられます。

 一方、減塩は血圧に対する効果以外にも種々の作用を示すことが知られていますが、必ずしも生体にとって好ましい効果とは限りません。カルシウムバランスの改善、左室肥大の抑制、胃癌リスクの低下、喘息の抑制は好ましい効果といえますが、RASの活性化、インスリン感受性の低下、交感神経の賦活化などは好ましくありません。また、血漿レニン活性の亢進は心筋梗塞の独立したリスク因子ですが、減塩により血漿レニン活性は亢進する事も示されています。

<Na摂取量と血圧、心血管リスクの関係に仮説>

 Na摂取量が増加するに従って心筋梗塞が減少したとする米国の報告がある一方で、脳卒中による死亡が増加したとする日本の報告もあります。

 最近の米国での栄養調査(NHANESU)の結果では、Na摂取量2.3g/日未満の人は心血管死のハザード比が1.37とNa摂取量と心血管死に負の相関が示されています。

 Na比較的少ない地域(2〜2.6mg/日)を対象とした試験ではNa摂取量の減少によって心血管リスクがむしろ増加するのに対し、摂取量が多い地域(±4.6、±5.4mg/日)での試験ではNa摂取量増加と心血管リスクは正相関することに着目し、Na摂取量と血圧、心血管死に関する仮説が紹介されています。

 すなはち、Na摂取量が中等度(100〜200mmol/日)の場合は血圧はほぼ一定に維持され、心血管死のリスクはNa摂取量が中等度で最も低く、摂取量が多い場合と少ない場合に増加する(J型カーブを描く)可能性があるという仮説です。

 減塩の心血管疾患に対する真のベネフィットを検証するために、高血圧患者を対象とした大規模なランダム化臨床試験の実施が望まれています。

    出典:メディカル・トリビューン  2006.11.23
 

 減塩による降圧効果には個人差があり、SS:salt-sensitive群、NSS:non salt-sensitive群に大別されます。
 2012年追記:この記事は2011年頃から否定される報告が多数提出されています。    こちらの記事もご覧ください。


<医学トピックス> 2006.12.15 No.443

パーキンソン病治療薬とギャンブルの関係はこちらです。


倹約遺伝子

遺伝子と糖尿病(5)はこちらです。


<医学・薬学用語辞典>

レギュラトリーサイエンス

 規制科学、評価科学、調和科学など、いくつかの訳語があります。

 科学技術基本計画(2011.8.19閣議決定)で、「科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿にする調整する科学」と定義されています。

 薬剤師でとして言えば、医薬品の適正使用がレギュラトリーサイエンスの範疇に含まれると考えられます。

  出典:医薬ジャーナル 2012.2 等

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