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高齢者での睡眠薬適正使用

1999年11月15日号 280

 高齢者での睡眠薬(特にベンゾジアゼピン系薬剤)の副作用に関する薬剤疫学によれば、減量後も中枢神経系関連の副作用(覚醒レベルの下降に伴う注意力・集中力の低下、食欲低下、意識障害・幻覚・妄想の発現)は、20歳台の約7倍に達するとされています。

 睡眠薬として繁用されるベンゾジアゼピン系薬剤の副作用の関連症状を的確に把握しておくことは重要です。

{参考文献}JJSHP 1999.10


<ベンゾジアゼピン系薬剤の副作用の関連症状>

1:持ち越し効果(昼間の眠気)〜高齢者では代謝・排泄機能が低下しているため、半減期の短い薬剤を少量から。車の運転を含む交通機関従事者へは禁忌

2:筋肉の軽い緊張低下・ふらつき〜筋弛緩のため、体重を支えきれず転倒し、骨折に至り、長期入院から寝たきりへとリンクし、QOLの著しい低下を招く。

3:記憶障害‐ぼけ(老人性痴呆症)とは無関係。 最近、睡眠薬のぼけに関する問い合わせが多くその結果ぼけを恐れて家族が服薬中止を勧める症例もあります。睡眠薬の誤用(大量服用)による記憶障害は、薬の排泄後には記憶は正常に戻ります睡眠薬服用後、直ちに就寝すること。睡眠薬とアルコールの同時使用は記憶障害を増悪するため睡眠薬服用中の飲酒は禁忌。

4:奇異反応の誘発‐脳に障害のある高齢者や小児では、睡眠薬で不眠・興奮がみられ、高齢者では、しばしば夜になると奇妙な行動を示します。(夜間せん妄)。軽度の夜間せん妄を不眠と取り違え、睡眠薬処方により症状が悪化する症例がある(奇異反応)。服薬中止により症状は消失します。夜間せん妄は睡眠障害のみならず痴呆とも間違われることがあるので要注意。

5:睡眠薬とアルコール依存症の併存‐睡眠薬依存症と飲酒習慣によるアルコール依存症が併存している高齢の患者では、精神的・身体的依存性の質的変化(症状の発現パターンの変化)や記憶障害が強く発現することがあります。依存性の有無の確認は重要です。

6:病態と睡眠薬との相互作用‐風邪をひくと熱が出る上に眠くなりますが、これはインフルエンザウイルスがサイトカインの生成を促し、それらが脳に作用して発熱と関連するノンレム睡眠を惹起したものと考えられています。この状態で睡眠薬を服用すると、深い・持続する眠りを誘発します。加えて、風邪薬(抗ヒスタミン薬など)を併用すれば、眠りは一段と強化され、そのため、目覚めの悪さや身体のだるさが発現し、過量の睡眠薬による持ち越し効果や風邪の悪化と取り違えられることもあります。風邪患者のの睡眠状態を予め把握することは重要です。

<睡眠薬のエンドポイント>

 睡眠薬の副作用を最小限に抑え、催眠効果が得られたならば、次はエンドポイントの設定です。服用をいつ、どのように止めるか?これらを睡眠薬の常用や習慣性・依存性を防止する上で予め考慮しておくことは重要です。

奨められる設定

1睡眠薬の服用を漸減し、中止する。

2睡眠薬を服用しない日を漸増し、中止する。

3 両者を組み合わせる。

奨められない設定

1睡眠薬の服用を即座に中止する。

2投薬と休薬を繰り返す。

3作用の弱い薬剤へ切替える。

 睡眠薬の効果は患者心理や生活に多大な影響を及ぼすため、睡眠薬適正使用の確保は患者QOLの維持の点からも重要です。

 <高齢者での副作用発現機序>

 加齢に伴う一般的な生理機能の低下に加えて、次の2つの機序が指摘されています。

1.加齢に伴い薬剤に対する中枢神経系の耐容能が低下もしくは亢進している。

2.加齢に伴い肝あるいは腎での薬剤の代謝能・排泄能が低下し、体内蓄積が顕著となる。

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<高齢者の不眠の特徴>

 ヒトの1日の睡眠時間は新生児で最も長く、その後は老年期に向かって一貫して短くなります。
睡眠が短くなっていく速度は、幼児期、ついで60歳以降で速くなります。高齢者の夜間睡眠時間は短くなりますが、昼間の居眠り(昼寝)が増えるため、1日の総睡眠時間は幼児とほぼ同程度です。すなわち、昼寝や居眠りなどによる睡眠の1日24時間内での再配分により、夜間の睡眠不足を補っていることから、睡眠障害の予備状態の高齢者は多数存在すると考えられます。

 不眠症は、年齢が高くなる程増加し、どの年齢層でも女性の方が男性より多くなっています。

<高齢者に、不眠の多い原因>

 体温の生理的変動の観点から見ると、高齢者の最高体温(昼間は目覚めを維持する脳の働きのため体温上昇)は若いヒトに比べて低く、夜間の最低体温(眠りを誘導する脳の働きのため体温下降)は高くなります。眠りの重要な役割は脳の加熱を防ぐことにあるため、昼間の最高体温が低下している高齢者では、眠りに対するニーズが若いヒトに比べて少なくなっている可能性も考えられます。

 故に、高齢者は短い周期の夜勤や交替勤務には不適もしくは適応に時間がかかると考えられ、社会や家庭の事情により不規則勤務を余儀なくされた事例では、高齢者のみならず成人でも不眠症は増加傾向にあります。


<高齢者不眠の原因>

1.夜間睡眠時間の短縮、深い眠り(徐波睡眠、脳の休息時間)の減少、中途覚醒時間の増加が認められます。
2.夜間睡眠潜伏時間(入眠までに要する時間)は、不眠を訴える高齢者では長くなる傾向を示します。なお、長くならないという報告もあります。健康に過敏で神経質な性格の人が高齢になると、寝付きの遅れにより不眠を自覚することがあります。
3.睡眠障害の原因となる身体疾患の急増による臓器、筋肉や骨などの痛み、夜間の排尿回数の増加が原因となります。
4.高齢者の早朝覚醒は、睡眠の欲求度の変化によるものではなく、深部体温の位相早朝側へ移行した結果です。

 加えて睡眠‐覚醒サイクルの時間的シフト(時差ボケ)に対する耐容性が弱いことから、海外旅行や再就職による夜勤や交替勤務を契機に生じることがあります。

<不眠の薬物療法>

(1)高齢者に使いやすい睡眠薬

 高齢者への睡眠薬の投与量は一般的に成人量の約1/2とされています。また、成人量の1/3に留めることが重要との意見もあります。さらに肝代謝経路の中で酸化的代謝とは異なり、抱合による代謝は加齢の影響をほとんど受けないことから、ベンゾジアゼピン系薬剤の中でグルクロン酸抱合などで代謝される薬剤は成人と同様に使用される傾向にあります。但し、75歳以上の超高齢者ではやはりグルクロン酸抱合による代謝能も減弱することから、成人よりも有意な薬物血中濃度の上昇を認めた症例もあり、超高齢者では他剤と同様に厳密な用量の調節が必要とされています。

 以上のことから、高齢者に適用しやすい睡眠薬の条件の1つは、薬物血中濃度の半減期が短い、すなわち排泄が早く、翌日の持ち越し効果が少ないこと。もう1つは、活性代謝物を生じない、すなわち活性代謝物による持続的効果が認められないことです。

アモバンは、筋弛緩作用がなく、半減期も短いことから、高齢者に適していると思われます。

 しかし薬剤で不眠が治るという訳ではなく、病態・合併症・家庭環境や介護状況の好転をもたらし、生活の質を確保できる可能性を示唆するものです。しかしながら、症例の状態によっては、服薬の回避や他剤への変更もやむを得ないこともあります。興味深いことに、半減期の長い睡眠薬を服用している患者では、薬剤を服用しなかった夜も眠れることがあるため、長時間作用型睡眠薬の利点は精神的依存から比較的うまく抜け出しやすいという考えもあります。しかし、不眠症への適用によるQOLの低下を考えると必ずしも利点とは言えません。

 なお、精神安定薬・抗不安薬の睡眠効果は、催眠鎮静薬に比べて弱いことから、高齢者へ適用しやすい薬剤と考えられます。

(2)日米の比較

 米国では不眠症に対して種々の薬剤を比較的安易に服用する傾向にありますが、日本では多くの薬剤の中で、特に不眠薬に対する患者や一般市民の不安・不信が根強く残っています。日本では不眠を訴える患者に神経質性不眠症の占める割合の高いことが示されています。

 日本人の健康に対する考え方、特に健康に関して神経質・細心な傾向が「不眠症」という病型に現れていると考えられています。このような背景から、患者心理として睡眠薬を服用せずに眠りたいという願望が一般的に強いために、病院で処方されていた睡眠薬を服用中止(ノンコンプライアンスとしての自覚が乏しい)し、自らの眠りの状態を確かめることがあります。(高齢者よりも若い人に多く見られます。)


<<副作用としての薬剤性不眠の誘発>>

不眠などの睡眠障害を誘発する可能性のある代表的薬剤

1鎮静剤:使用中止でしばしば反跳性不眠を来すことがあります。この状態は一過性であるが、鎮静薬の再使用や習慣の原因となることもあります。
2抗精神病薬:行動障害や覚醒を来すことがあるが、服薬中止で症状は改善されます。
3気管支拡張薬:エフェドリン製剤、β作用薬、テオフィリン製剤、就寝直前の服用により入眠に至るまでの時間を延長する可能性が高い、カフェインも同様の機序で睡眠を妨げます。
4 H2遮断薬:高齢の消化性潰瘍患者で、夜間せん妄が発現しやすい。

 これらの薬剤が必ず不眠症を誘発するというものではなく、むしろ既往症としての不眠を増悪、軽度の入眠の遅れなどを示唆しています。これらを把握するためにも、薬剤師の処方監査時の対応は重要です。

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2001年追記

睡眠障害 薬剤による

出典医薬ジャーナル 2001.8

 薬剤による睡眠障害には、薬の服用により生じる不眠、眠気や傾眠、過眠、悪夢、睡眠覚醒リズムの異常などや、服薬の急な中断により、離脱症状の1つとして生じる不眠、せん妄、悪夢などが知られています。

* 服薬中に不眠となることのある薬物

 MAO阻害薬、中枢神経刺激薬(メタンフェタミン、コカイン、メチルフェニデート、ピブラドール、カフェイン)、喘息治療薬(エフェドリン等)、血圧降下薬(レセルピン、メチルドパ、β遮断薬)、副腎皮質ホルモン薬、経口避妊薬、抗結核薬(サイクロセリン、イソニアジド等)、抗酒薬、甲状腺薬、やせ薬、抗悪性腫瘍薬等

* 服薬中に傾眠・過眠となることのある薬物

 抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、抗てんかん薬、抗ヒスタミン薬、アルコール等
(中枢神経刺激薬の耐性や離脱時にもみられる)

* 連用後、離脱時に不眠・せん妄等を来すことのある薬物

 抗不安薬、睡眠薬、アルコール、三環系抗うつ剤、MAO阻害薬、抗精神病薬、抗ヒスタミン薬、ペンタジン、マリファナ、モルヒネなど

悪夢を来す薬物

・ 服用により悪夢を来すもの:抗パーキンソン剤(L−dopa、抗コリン剤など)、血圧降下剤(レセルピン、β遮断剤)、抗コリン作用の強い抗精神病薬(メレリルなど)、三環系抗うつ剤、アルコールなど
 
・ 離脱時に悪夢を来すもの:ベンゾジアゼピン系薬、三環系抗うつ剤、アルコール、バルビタール系の睡眠薬など

* 睡眠覚醒レベルに影響を与える薬物

 抗うつ剤の一部など


*その他

・ インターフェロン:開始時から出現するものと、数日から数週間して発現する亜急性のものがあります。亜急性の中枢神経系の副作用として抑うつ、興奮、不眠、焦燥、せん妄、幻覚など多彩な精神症状が発現します。これらは可逆性のことが多く、インターフェロンの中止で消失しますが、まれに非可逆的であったとの報告もあります。

 インターフェロンの神経系に対する作用としては、オピオイド様の生物活性、プロスタグランジン産生、活性化酵素産生、発熱作用、ACTH様作用などや、インターロイキンやtumor necrosis factorなどのサイトカイン産生を引き起こし、精神神経系副作用との関連が示唆されています。

・ Ca拮抗剤、ACE阻害剤、アンジオテンシンII受容体拮抗薬、狭心症治療薬、抗不整脈薬、昇圧薬でも頻度は低いものの不眠が出現することがあります。

<まとめ>

 精神神経系の副作用が軽度の場合には見過ごされることが多く、長期服用や、用量の増加で悪化する子が考えられますので、薬剤の使用時にはより注意深い患者の観察や患者や患者家族からの問診が必要とされます。

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ハルシオン

JJSHP 1999.11 p105

 継続処方期間が長くなると常用量依存への移行の頻度が高くなり、なるべく早期に処方計測を中止しなければ常用量依存を形成しやすくなると思われます。

 患者の「不眠」に対する訴えに対し、眠れない時だけ服用するように頓用(例えば2週間で5回分)処方する場合と1日1回(2週間で14回分)処方する場合を比べてみますと、「眠れないときに服用する」頓用で常用量依存に陥った症例は、19%に留まったものの、継続的に1日1回の常用処方された症例では39%で常用依存に陥っており、頓用の方が常用量依存に陥りにくくする可能性が示唆されました。


不眠症


不眠の分類

一過性不眠:交代勤務や時差による数日の不眠
短期不眠:ストレスや悩み、心配事による1〜3週間の不眠
長期(持続性)不眠:種々の原因による3週間以上の不眠。ICSDでは精神生理性不眠や睡眠状態誤認にほぼ相当。

         ICSD:睡眠障害国際分類

不眠の型による分類

入院障害:眠ろうと意識した時から寝付くまでの時間延長
中途覚醒:睡眠の維持の障害。1晩に2回以上目が覚めるもの指しますが、夜間の中途覚醒後の再入眠困難も含まれます。
早朝覚醒:自分が望む時刻より朝早く目が覚めてしまうもの。
熟眠感欠如:熟眠の欠如と浅い眠り。

<不眠の原因>  5つのP

1.Physical 身体疾患:疾病自体やそれによる苦痛など。
2.Physiologic 生理的要因:時差、夜勤や不規則勤務、入院などによる環境変化。
3.Pharmacologic 薬物的要因:中枢興奮作用を示す薬物やアルコール・カフェインなどの嗜好品による過興奮(上記参照)
4.Phychatric 精神疾患:ノイローゼ、うつ病、アルコール依存症など。
5.Psychologic 心理的要因:精神的ストレス、ショック、生活環境の変化など。

<薬物療法>

・超短時間型〜ハルシオン錠、アモバン錠
・短時間型〜リスミー錠、レンドルミン錠
(長所) 一過性不眠や入眠障害に効果を持ち、翌朝の目覚めも良いのが特徴。
 持ち越し効果の発生頻度が少ない。
(短所)早朝不眠や連用後の急激な中止による反跳性不眠、日中不安を生じやすい。
 慢性の不眠で連用が必要なときには、その後、薬からの離脱が難しくなるため、短時間型はあまり適さない。

・中間型〜ベンザリン錠、ユーロジン、サイレース錠、ロヒプノール
 入眠障害にも効果を認めますが、むしろ中途覚醒や早朝覚醒に適します。服用量によって一過性の不眠にも慢性の不眠にも使用できます。
 持ち越し効果や場合によっては蓄積効果を生じることがあります。

・中〜長時間型〜ドラール(クアゼパム)
 中途覚醒や早朝覚醒に加えて日中不安の改善にも効果があり、中止後も退薬症候(りだつ症状)や反跳性不眠を生ずることは少ない。
 血中濃度が高値になり易いため、持ち越し効果や日中の精神運動機能に及ぼす影響を考慮し、基本的には高齢者や身体的に問題のある患者には使用しない方が良いと思われます。

持ち越し効果〜翌日まで眠気、ふらつき、めまい、頭痛、頭重、倦怠感、脱力感、構音障害などが残ること。

日中不安〜日中に作用が減弱し、反跳性に不安が増加すること。

<薬物以外の療法>

・睡眠の恒常性を保つ。
 毎日の睡眠時間を一定に保ち、休日も寝ずぎない、昼寝はしない(日中の15分程度の過眠は良い)。
サーカディアンリズムを保ちます。
 休日を含め、毎朝決まった時刻に起きる。日中の明るさと夜の暗闇は、体内の睡眠/覚醒や他の生理的なリズムを維持します。
・寝室の環境を整える。
 温度や湿度を快適に保つ。部屋は暗く、静かで、換気を良くする。あまり真っ暗や全く物音がしないのも良くありません。(感覚遮断状態になり、かえって覚醒レベルが上昇します)。寝具にも気を配ります。
・薬物や嗜好品に注意する。
 コーヒーやお茶などのカフェインを含む飲み物は出来るだけ控え、夕食後は飲まない。
 タバコは控え、夜中に目が覚めたときもタバコは吸わない。
 適度の晩酌はリラックスするのに役立つが、寝酒はしない。
・生活習慣を見直す。
 就寝前の食事に気を配る。空腹でも、満腹でも入眠は障害されます。
 寝室を他の目的(食事、家族の団らん、テレビ鑑賞など)で使用しない。
 就寝前に入浴したり、温かい飲み物(ホットミルクや鎮静効果のあるハーブティー)を飲み、身体を温める。
 定期的な運動は睡眠を促し、ストレスを軽減する。ただし、就床前は入眠を妨げる恐れがあります。
・眠る努力からの解放
 眠るための努力をしないことが基本です。就床後あるいは中途覚醒後なかなか眠れないときは、一度寝床から離れます。
 入眠前に読書や音楽なども良い。

     出典:株式会社ケーエスケー資料


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睡眠相後退症候群

2009年10月15日号 No.508

 睡眠相後退症候群とは、いったん夜型の生活をすると通常の時刻に眠りにつくことができず、望まれる時刻に起床することが困難になる病気です。体内時計のリズムの乱れで起こる睡眠障害の中で最も頻度の高いものです。

 明け方にならないと眠られず、朝は目覚まし時計をセットしても起きられず、布団を出るのはいつも昼過ぎといった状態です。

     {参考文献}日本病院薬剤師会雑誌 2009.8

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 睡眠相後退症候群は、「睡眠の時間帯が、好ましい時刻よりも遅い時間帯に持続して固定されている状態」ですから、この病気の人は寝付くのは遅い時間ですが毎日ほぼ一定で、いったん寝付くとぐっすり眠ることができます。睡眠時間は長めのことが多いようです。

 この状態が数ヶ月〜数年も続くので普通の社会生活を送るには不都合が生じてしまいます。患者さんのせいた尾時計の状態を調べると、体温リズムやホルモンリズムが3〜4時間遅れています。これが原因で睡眠時間帯が遅れてしまうようです。

 10〜20歳代に多く、夏休みなどの長い休暇や受験勉強などによる昼夜逆転の生活が何日かの間、朝から中々目が覚めず辛く感じるようなことがありますが、数日の内には 早く寝付けるようになり、必要とされる時刻には苦痛なく起きられるようになります。
ところが睡眠相後退症候群では、普通の人と違って遅れた生活を元に戻せません。

 治療の基本は生活指導で、睡眠の環境を整えたり、生活習慣を改善したりすることが大切です。軽症の場合には、生活指導だけで睡眠の時間帯が元に戻ることがあります。

 睡眠相後退症候群のそのたの治療法として、高照度光療法が用いられます。朝起きると同時に、一定時間日光や人工的高照度光を浴びることで体内時計のリズムを早め、その日の入眠時間を早くし、睡眠時間帯を徐々に正常化する方法です。

 患者さんの望む時間帯に睡眠相を固定する時間療法という治療法もあります。1日3〜4時間ずつ入眠時間を遅らせることで、約1週間かけて入眠時刻22〜24時の望ましい時間帯に固定します。

 睡眠時間帯を早めることは困難ですが、遅らせることは容易であることから考案されたようです。

 睡眠ホルモンと呼ばれるメラトニン(日本国内では市販されていません)には、体内時計をコントロールする働きがあります。希望する入眠時刻のの1〜2時間前、あるいは前の夜に寝付いた時刻の4〜5時間前に1〜3mgのメラトニンを服用すると効果があるとの報告があります。

 治療がうまくいって睡眠の時間帯が正常になっても、生活習慣が乱れると元に戻ってしまいます。そのため、睡眠相後退症候群の治療には、本人の強い意思と周囲の協力が長期間にわたって必要です。なによりも、生活習慣を規則正しくすることが重要です。

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不眠症には、下記のようなものがあります。

1)入眠障害〜なかなか寝付くことが出来ない。
2)中途覚醒〜夜中に何回も目が覚めてしまう。
3)早朝覚醒〜目が覚めるのが早すぎて、その後寝ようと思っても寝られない。
4)熟眠障害〜ぐっすり眠った気がしない。

 通常、異常の項目に該当するものが週3日以上あり、1ヶ月以上続いている場合に不眠症とされます。

 入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒の比率はほぼ同じであることが分かっています。

 2005年に発表された睡眠障害の国際分類:ICSD-2では、上記のような不眠の症状だけではなく、不眠症状が続くことによって、日中に気分が落ち込んだり、イライラしたりする、注意力・集中力が低下している、日中から夜の睡眠のことばかり気になるなどが加わるのが「不眠症」であると定義されています。

 つまり、夜の睡眠状態が悪いということだけでなく、そのことによって昼間に体調が悪くなっていることが不眠症です。

 症状にあった睡眠薬が適切に服薬されていれば、不眠は解消していきますが、睡眠薬について正しい理解が足りなかったり、周りから睡眠薬についての間違ったうわさなどを聞くことで適切に睡眠薬が服用されなかったりします。

 また、睡眠薬を飲まないと眠れないと思い込んだ結果、逆に睡眠薬を飲まずにそのまま不眠症状が解消されないような状態に陥るとされています。

 不眠症による睡眠不足は、生活の質を低下させるだけでなく、高血圧や糖尿病などの生活習慣病を悪化させる要因としても知られています。

 不眠症の治療では、すぐに睡眠薬に頼るのではなく、まずは生活習慣の改善や睡眠に対する正しい知識を持つことが重要です。

{参考文献}大阪府薬雑誌 2008.10


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睡眠障害と生活習慣病


2011年7月15日号  No.548

 最近、不眠と身体機能障害との関連が重要視されるようになってきています。不眠によって、生活習慣病を構成する疾患である高血圧、耐糖能の低下、肥満、脂質異常症などの発症や増悪、そして逆に血圧上昇、血糖コントロールの不良、肥満などによって不眠が惹起されるという悪循環が形成される双方向の関係が明らかになってきました。

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*睡眠障害と糖尿病

 糖尿病患者は健常者と比べ、不眠を訴える割合が2倍以上も多く、糖尿病患者の37.3%に不眠症状が認められています。

 不眠と糖尿病には食事習慣や勤務形態といった不規則な生活習慣などが共通すると考えられていることから、相互悪化的な関係と考えられます。

 睡眠時間が極端に短い人と長い人でHbA1c値が高値(6.5%以上)となるオッズ比が高くなることを示した日本人を対象とした研究があります。また、入眠障害が高血糖発症のリスクとなることも示されています。

*睡眠障害と肥満

 睡眠時間が短いと肥満度を示すBMIの値が増加することが知られています。また、睡眠時間と食欲促進物質であるグレリン、食欲抑制物質であるレプチンの血中濃度の相関を検討したところ、睡眠時間が短いとグレリンが増加し、レプチンが減少するという関係が認められています。

 つまり、睡眠時間が短くなると摂食行動が増加するということす。肥満者は非運動性身体活動が健常者よりも少ないことが報告されており、短い睡眠時間は肥満(BMI25以上)のリスク、さらに肥満が睡眠時間減少のリスクになることも示されています。

*睡眠時間とその他の生活習慣病

 短い睡眠時間と生活習慣病の関連を説明する機序として、睡眠を制限することによって交感神経節や副腎髄質から分泌されるカテコラミン、下垂体-副腎皮質系から分泌されるコルチゾールの血中濃度の上昇、さらにインスリン抵抗性などの関与が報告されています。

*不眠の治療の根本的な考え方

 不眠は、30日間以内の急性不眠とそれ以上の期間に亘って起こる慢性不眠の2つの範疇に分かれます。

 慢性不眠患者の15〜20%が原発性で、それ以外では不眠症と関連する疾患が認められます。不眠がメタボリック症候群の諸構成要素を増悪させることが報告されているため、これらの症候を示す患者では、それらの諸問題の改善を目指して、より積極的に薬物も含めた包括的な治療が望まれます。

 慢性不眠症に対する治療の基本は、不眠の原因にかかわらず生活習慣の改善を促し、就眠・起床時間を一定範囲に保つように、無理なく、持続可能なように規則的な生活習慣をつけさせます。

 一般臨床上、特に入眠困難に対して薬物治療が必要となってきます。睡眠薬選択のために不眠のタイプを特定する必要があります。

1)入眠障害〜布団に入ってもなかなか寝付けない。
2)中途覚醒〜途中で何度も目が覚める。
3)早朝覚醒〜予定の起床時間よりも早く目がさめる。
4)熟眠障害〜熟眠した感じが得られない。

              の4つに分けられます。

*非薬物療法

 一般臨床で行いやすい治療として、刺激制御療法があります。入眠のためにすべきこと、すべきでないことを具体的に挙げて守らせる方法です。同時に睡眠日記を書かせ、改善点を見出して助言を与えると効果的です。性格によっては、就寝前に緊張して却って眠りにくくなる人もいるため、指導には加減することも重要です。 

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睡眠薬使用のコツ

 基本的な考え方として、入眠困難に対しては、薬剤の持ち越し効果で日中の眠気、ふらつき、脱力感、倦怠感などの残存がみられにくい超短時間あるいは短時間作用型の睡眠薬を第一選択薬として用います。

 睡眠薬の耐性や依存性の生じにくい非ベンゾジアゼピン系のマイスリー錠やアモバン錠といった超短時間作用型が第一選択薬となります。筋弛緩作用は理論上なく、ふらつき・転倒、夜間の呼吸抑制の危険性の少ない薬剤で、アルコールとの相互作用もありません。

 マイスリー錠で、non-dipper型(睡眠時に血圧低下が見られない)眠患者が、健常人で見られる睡眠時血圧低下型(dipper型)に転換したとの報告もあります。

 中途覚醒や早朝覚醒の治療には服薬後の一定時間に合わせて、それぞれ中間型、長時間作用型の薬剤を用います。しかし、実際はそれらの中途覚醒や早朝覚醒の改善効果が弱いことから、持ち越し効果の無い超短時間作用型の薬剤の有効性が報告されています。

 ただし、超短時間作用型薬剤を、入眠障害に対して頓服とするのは避けるべきです。この場合、服用時には不眠は改善しますが、非服用時には逆に寝付けなることがあるためです。

 このため、超短時間作用型薬剤を一定期間使用している患者での薬剤離脱を図る場合には、より超時間作用型薬剤に変更した後に睡眠薬を中止するようにすべきです。

 高齢者や肝・腎機能の低下している患者では、薬物代謝の遅延・体重減少などの要因で特に少量からの治療開始が望まれ、その用量では効果が得られないと判断した時点で漸増するほうが安全です。

 高齢者では、さらに転倒・骨折の危険性がありますが、睡眠薬服用で転倒危険率は上昇せず、睡眠障害そのものが不眠による排尿回数の増加などが転倒危険率を上昇させるとの意見もあります。

{参考文献}大阪府薬雑誌 2011.7

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むずむず脚症候群
restless legs syndrome


 睡眠中に下肢の異常運動によって眠られなくなる症候群。
高齢者、透析患者、鉄欠乏性貧血、パーキンソン病で多いと言われている。

 原因として、ドパミン機能の低下、脊髄と末梢神経の異常、遺伝的な素因などが考えられていますが、よく分かっていません。

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薬が効くとはどういうことか。

EBMに向けて(5)

 「薬を服用すると死亡率が半分になる。」というのは比較的分かりやすい表現です。しかし、次の薬剤AとBどちらが効果があるでしょう?どちらも死亡率は半分になっています。

薬剤Aの治療成績  

 内服しないと、生存率は80%、死亡率20%

 内服すると、生存率は90%、死亡率は10%

薬剤Bの治療成績

 内服しないと、生存率は98%、死亡率2%

 内服すると、生存率は99%、死亡率は1%

「薬剤Bの方が効果がある。なぜなら治療した場合の死亡率が薬剤Bの方が少ない。」そうですね薬剤Aの場合、飲んでも死亡率は10%なのに対して、薬剤Bでは、たったの1%なのですから。

しかし、「薬の効果は、内服した場合と、しない場合とで確率を比較する必要がある。」というのが原則になっているのをご存じですか。

 EBMを理解しようとすれば、右のような言葉(RR、ARR等)を理解していただかなければなりません。これらは確率を比べる指標となります。

ARR:absolute risk reduction〜実危険減少

RR:risk ratio or relative risk〜相対危険度(リスク比)

RRR:relative risk reductio〜相対危険減少

 ARRは、同じ人数治療した場合、どのくらい死亡者数を減らすことができるかということを示す指標。(ここでは、取りあえず治療効果を表すのに死亡者数の減少という言葉を使っています。)

 このARRの逆数を取ると死亡を避ける患者を一人得るためには何人治療しなければならないかという数値が得られます。これがNNTです。

 NNT:number need treat〜治療必要人数、治療必要数。実際の臨床行為がどれほどの意味を持つか示す指標。(NNTについてはこちらにも記事があります)

 確率を比べるのに、その比をとって検討することはしばしば行われます。死亡率が半分になるよりも、4分の1になる治療の方が有効に思えます。これがRRなどを用いた結果の比較です。しかし、どういう値を基準にするのかに注意する必要があります。元々非常に死亡率の低い疾患と、非常に高い疾患とでは、実際の意味は異なるはずです。

{参考文献} 薬事 1999.4

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