1997年6月15日号 224
意思決定分析とは
QOLを考慮した臨床応用
意思決定は人間の知的活動の重要な部分を占めています。医学においても検査手順や治療法の選択などさまざまな局面で意思決定が必要になります。 従来の臨床医学では、このような意思決定の問題を医療関係者の主観的、経験的判断にまかせるのが通例でした。 近年、欧米ではEBM;evidence-based medicineと呼ばれる新しい医学の科学的体系が行われつつあります。 人の意思決定においては、いくつかの選択肢があって一つだけ選ばねばならない場合、それぞれにおいて期待される利得を比較考慮し、その期待利得が最大となる選択肢を選ぶことが好まれますこれは期待値最大化基準によるといわれます。 {参考文献}臨床と薬物治療 1997.6 |
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選択可能な方策のそれぞれにおいて期待される利得を確率論を用いて算出し、得られた期待利得を期待値最大化基準に照らし合わせて比較考慮する分析法を意思決定分析といいます。
医師側からみた平均余命10年と、患者側からみたそれとでは、同じ10年といっても必ずしも同じ意義を持つとは限りません。
健康の状態を0から1までの間の数値で表現できるとすれば、生存年数をその数値で重みづけすることにより、患者個人の健康状態に対する価値観をある程度反映することが可能となります。
例えば、死を0、完全な健康を1とした場合、ある患者が心臓のペースメーカーを装着した状態を0.8と考えるとして、その患者にとっての平均余命10年は10年×0.8年=8年の意義をもつことになると考えられます。
これは、患者のQOL(クオリティーオブライフ;生活の質)を考慮するアプローチといえます。このような考え方に基づいて定義されたのが質を考慮した生存年数(quality
adjusted life years;QALY)です。すなわちQALYは生存年数に健康状態を0から1までの間で表現した数値を掛けたものです。
意思決定分析では、この健康状態を0から1までの間で表現した数値のことを患者の効用値と呼びます。ですから、QALYを用いて行われる意思決定分析は、患者のQOLを反映する側面をもった効用分析としての意義をもっています。
上記の図1では、誰もがA法を選ぶ筈ですが、ここにA法の効用値が0.5(手術してから健康状態が0.5)、B法の効用値が0.8であるとすれば、QALYはA法が8.0、B法が9.6となって治療法Bを選ぶほうがQALYは大きくなり、単に平均余命を用いた決定分析とは逆の結論となります。
これらの概念や方法論を広く医学としてとらえるカテゴリーとしての証拠に基づく医学をEBMと呼びます。
図1
治療法A〜成功率80% 成功すると平均余命20年 期待される平均余命 20×0.8=16年
治療法B〜成功率40% 成功すると平均余命30年 期待される平均余命 30×0.4=12年
副作用はどこまで説明されるべきか
(「添付文書甘く見るな」解説編2)
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拒食症とlow T3症候群
近年、若年女性を中心に見られる拒食症では無月経をはじめとする内分泌異常に加えて、便秘や腹部膨満感などの消化器症状がしばしば見られます。
拒食症の患者では低栄養による新陳代謝の低下があり、下肢の冷感などの臨床症状に加えて、低蛋白血症、貧血がみられます。また拒食症ではほぼ全例に新陳代謝の指標として注目されているlow
T3症候群が見られています。
新陳代謝に最も影響を与えるホルモンの1種である甲状腺ホルモンのうち、活性型甲状腺ホルモンのトリヨードサイロニン(T3)はその一部が甲状腺から分泌されますが、大部分は肝臓、腎臓などの末梢臓器で甲状腺ホルモン変換酵素によりサイロキシン(T4)からヨードが1つはずれて産生されます。
このT4からT3への変換反応は種々の病態によって影響を受けることが知られていて、絶食、外科手術後や悪性腫瘍での末期では、血中T4が正常であるにもかかわらず、血中T3だけが低下しています。
近年この病態は、low T3症候群(低T3症候群;Sick
Euthyroid Syndorome)として広く知られ、新陳代謝の低下に伴い活性型甲状腺ホルモンの産生を低下させ順応していると考えられています。
その分子機構として、IL6などのサイトカインが末梢臓器、特に肝臓でT4からT3への変換反応を司どる酵素を抑制するためであることが明らかにされています。
<治療>
拒食症の治療法としては、従来よりカウンセリングに加えて向精神薬、中心静脈栄養が用いられていますが、必ずしも有効と言えないのが現状です。
消化管の運動改善と全身状態(新陳代謝)の改善を目的に大建中湯を処方したところ、腹部症状などの自覚症状の改善とともにlow
T3症候群の改善(血中T3レベルの正常化)がみられました。一部の患者では生理の出現も見られました。
大建中湯の成分の山椒、生姜による腸管の運動改善の結果、腹部膨満や便秘などの腹部症状の改善が得られた結果、全身症状の改善が得られたものと考えられます。
出典:JAMA日本語版付録 2001,2 毎日新聞社
ANCA
anti-neutrophil cytoplasmic antibody
抗好中球細胞質抗体
出典:治療 2002.6
ANCAは、免疫複合体の沈着を見ない壊死性糸球体腎炎と最小血管炎を有する症例に見出された自己抗体です。
ANCAは種々の感染症や薬剤で産生されることが報告されており、血管炎の誘因との関係が注目されています。
ANCAは小血管が傷害される血管炎のいくつかに特徴的な自己抗体で、疾患標識抗体として臨床上重要なだけでなく、病態との関係でも注目されています。
病態との関係では、たとえば種々の要因で炎症性サイトカインが産生され血管内皮細胞、好中球に働くと接着分子の発現を誘導するとともに、好中球の細胞質内のANCAの対応抗原PR3が細胞表面に移動します。次にANCA(C-ANCA)が好中球上のPR3に反応し、ANCAのFc部分と好中球上のFcレセプターとの反応でシグナルが入りスーパーオキサイドやプロテアーゼが産生され炎症が惹起されるという仮説が提唱されています。
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春季カタル
春季カタルとは、結膜に生じるアレルギー性結膜炎の内で結膜に増殖病変を認めるもので、瞼結膜に乳頭、または肥厚があるもの、或いは輪部結膜の増殖肥厚があるもののいずれかに該当するものをいいます。
その発症にはT型アレルギー反応に加え、W型アレルギー反応(遅延型反応)も関与していると考えられ難治性のアレルギー性結膜疾患で、特徴的所見である結膜の増殖性変化(巨大乳頭)の形成にはT細胞由来のサイトカインが大きく影響していると考えられています。
男性に多い(3〜4:1)疾患で、年齢は7歳前後が多く、10歳前後がピークとなっており、
成人例はあまりありません。
治療薬としては、抗アレルギー点眼剤が使用されますが、効果不十分な場合が多く、ステロイド点眼剤が併用されます。
1998年にシクロスポリン(パピロックミニ)がオーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)の指定をうけ、2005年に発売されています。
その後、T細胞活性を抑制してサイトカイン産生抑制作用を示すタクロリムス水和物(タリムス点眼)が2008年に承認されました。
出典:日薬医薬品情報 Vol.12 No,3 2009.3