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1996年12月1日  212

インフルエンザウイルスと細菌

プロテアーゼ阻害剤とは?(プロテアーゼはペプチド結合を加水分解する酵素の総称です。)

   インフルエンザ菌は長い間インフルエンザの原因菌と考えられていました。一方ブタインフルエンザの発症にはウイルスと細菌との相互作用の必要性が示唆されていました。
 現在、インフルエンザは高齢者、慢性呼吸器・循環器疾患や糖尿病などの基礎疾患を持つハイリスク群にとっては、致死的肺炎を誘発する重要な疾患と認識されており、インフルエンザ肺炎の発症病理機構に関して、あらためてウイルスと細菌との相互作用が注目されています。

{参考文献}化学療法の領域 10月号 1996
 インフルエンザウイルス
 HA糖蛋白の解裂活性化 と病原性発現

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 ハイリスク群の患者では、細菌性の気管支炎や肺炎を繁雑に繰り返しているために気道の纎毛運動や粘液の分泌が低下しています。ここにインフルエンザウイルスの感染が重なると、感染防御機構が破綻して2次性の細菌感染が起こるという続発性肺炎の機序が従来より考えられています。

 これら起因菌としては黄色ブドウ球菌、インフルエンザ菌、肺炎球菌、クレブシェラ、緑膿菌などの頻度が高いのですが、セラチアやエロコッカスなどのいわゆる非病原菌に至るまで、多様な細菌が関与しています。これらの細菌は様々なプロテアーゼや生理活性物質を産生していることが知られています。

 インフルエンザウイルスの表面にある赤血球凝集素(HA)は、細胞への侵入過程で重要な役割を担っています。・下部注参照
 HAは膜融合活性を持たない前駆体として合成されますが、宿主のプロテアーゼによって解裂を受けると膜融合活性が発現します。

 従って、HAを解裂活性化できる適当なプロテアーゼが存在する組織でのみ感染性ウイルスが産生され、ウイルスの多段増殖が進行して病原性が発現することになります。


 従来から考えられているインフルエンザ肺炎の発症機序とは逆に、プロテアーゼを産生する細菌が、肺の中で直接的、間接的にウイルスのHAを解裂活性化し、ウイルス増殖を促進して病原性を発現させるとの仮説が提唱されています。それによりプロテアーゼ阻害剤を応用したインフルエンザ治療が検討されています。

 ブドウ球菌とインフルエンザウイルスの混合感染マウスにプロテアーゼ阻害剤を経鼻的に使用すると、ウイルスの活性化と増殖、及び病原性の発現を抑制したとの報告があります。従って、細菌性プロテアーゼに対する特異的阻害剤もインフルエンザ肺炎の治療に応用する可能性が示唆されています。

 一方、抗生物質はウイルスの増殖を抑制できないので、インフルエンザに対する抗生物質の使用は、続発する細菌混合感染に対する予防という消極的意義しか持たないと考えられています。しかし細菌によるウイルス感染の促進機序を考慮すると適切な抗生物質の投与はウイルス感染に対しても抑制効果を示す可能性があり、再検討が必要です。
  
 

 ウイルスはHAを介して細胞膜のレセプターに吸着し、エンドサイトーシスで細胞内へ取り込まれます。ここでHAはウイルス膜とエンドゾーム膜との膜融合(エンベロープ融合)を起こさせてウイルス遺伝子を細胞質内に放出させ、感染を開始させます

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好中球エラスターゼ


 生体が備えている防御機構のうち、侵襲のごく早期に働くのが好中球です。
好中球のもつ生体防御因子の内、異物、細菌の破壊や殺菌に直接働いているのは中性プロテアーゼと活性酸素です。

 中性プロテアーゼのうち、特にエラスターゼは好中球から放出された際に活性型であり、しかも基質特異性が低く、エラスチンを始めとして生体の重要な蛋白のほとんど全てを分解し得る強力なプロテアーゼです。

 したがって炎症の局所で作用しているときには生体防御にとって極めて有意義です。

 近年、SIRSに伴う急性肺障害の病態には好中球エラスターゼの関与が強く示唆されており、好中球エラスターゼの阻害薬の開発が行われています。

  出典:日本病院薬剤師会雑誌 2003.1

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トリプターゼクララ

 インフルエンザウイルスやセンダイウイルスを活性化する特定のトリプシン型酵素で気道粘膜上皮分泌細胞(クララ細胞)の分泌顆粒に極在するプロテアーゼ(上記参照)。

 トリプターゼクララはウイルスの感染が刺激となって気道の分泌細胞から大量に分泌され、ウイルスの増殖に適した条件が作られます。更に感染が進むとトリプターゼクララは気道粘膜表面から気道腔内に移行します。

 インフルエンザウイルスやセンダイウイルスは気道の粘膜上皮または気道腔内でトリプターゼクララにより1ヶ所で限定分解を受け、膜融合能と感染性を獲得します。

 トリプターゼクララの分泌が亢進することによりウイルス感染は加速されます。一方、このトリプターゼクララによる限定分解をクララ細胞と肺胞と肺胞上皮細胞の分泌する肺サーファクタントと粘液プロテアーゼインヒビターは抑制しウイルス感染が阻止します。感染を左右する両者の量的バランスがウイルスの感染性を決定していると考えられています。

   出典:日本病院薬剤師会雑誌 2000.5

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ムコソルバンの抗インフルエンザ効果

Nikkei Medical 2001.11 帝人資料

 ヒトの気道表面は粘液で覆われていて、特に肺や終末細気管支周辺の粘液中には肺サーファクタントが多量に含まれており、トリプターゼクララを吸着して不活性化を引き起こし、抗インフルエンザ作用を現わすことが分かりました。

 インフルエンザウイルスの感染を促進するトリプターゼクララ、ミニプラスミン、トリプシンなどの危険因子と、肺サーファクタント、MPI(mucous protease inhibitor)などの感染抑制生体防御因子のバランスによって各個人のウイルス感受性の差が出ると思われています。

 インフルエンザウイルスに対するリスク因子と抑制因子のバランスみると、ヒトの体内では、通用リスク因子の方が優位になっていて、そのためウイルスは気道に感染します。

 ムコソルバンは(塩酸アンブロキソール)は、このバランスを抑制因子優位の方向に変えることによって、抗インフルエンザ作用を現すことが分かってきました。つまり、生体防御物質の分泌量を増加させることによって、相対的に個体にウイルス感染感受性を低下させています。

 さらにムコソルバンは、粘膜免疫を担っているIgAの分泌を促進することも分かりました。


杯細胞
さかづきさいぼう

 気道上皮に存在する粘液分泌細胞
 気道疾患に罹患すると、中枢気道では杯細胞の過形成が、末梢気道では杯細胞の過形成及びクララ細胞から杯細胞への異形成が生じ、粘液(痰)の過分泌が生じると言われています。
 
出典:エスエス製薬 資料(スペリア錠)

* 肺胞上皮と気道上皮は気道末端のクララ細胞Clara cellを介して互いに連なっています。

 

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