大田区の散歩道8
六郷用水2
南北引分から春日橋まで
  目 次

1. 概要
2. 道路標識

小泉次太夫物語「糀谷の領主」から
「妙遠寺の逆修塔」に向かう緑道の入り口

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1. 概 要
 このコースは南堀と分かれた北堀で、南北引分から春日橋近くの新井宿児童公園までです。春日橋は、環七が東海道線をまたぐ跨線橋です。北堀といっても、ほぼ東に延びており、後半は池上通りと並行しています。南北引分から新井宿児童公園までの地図を示します。地図はマウスによって拡大できます。

コース概要図

2. 道路標識
  六郷用水を下流に向かって歩いてみました。全体では、かなり距離があるので途中で中断し、別の日にそこから続行することを考えて、近くに私鉄の駅や、バスの停留所がある場合は付け加えました。
 No.  標識の写真  名 称  説明と写真
 1 
南北引分
 [この項目は「六郷用水1」の10項と重複します]
 タイルの文字は読みにくいと思いますが、下が「女塚のみち」上が「南堀のみち」左が「北堀のみち」です。
千鳥町3-3
 この標識はタイルで、歩道に埋められています。写真の下が上流の女堀、左が北堀、右が南堀で、ここから北堀と南堀に分かれます。
 東急多摩川線下丸子駅と池上線千鳥町駅のほぼ真ん中にあり、それぞれ約2百50米です。
 下丸子駅からは、大田区民プラザの前を通り、下丸子駅前の信号を越え、少し先区民プラザ入り口の信号で環八通りに出ます。横断歩道を渡って狭い道を直進すると突き当たりが南北引分です。
 ここから東向きに歩いて行くと、千鳥町駅の久が原よりの踏切を渡ります。さらに歩き続けると次項の案内板があります。距離は約3百50米で4〜5分です。このように千鳥町駅からでも南北引分に出られます。
 2 小泉次太夫物語「次太夫の生家」 大田区久が原6-24-23
[アクセス] 東急池上線千鳥町駅の久が原寄りの踏切を渡ります。後は前項の通りです。
 案内板の内容は次の通りです。
 「小泉次大夫の生家といわれる植松家は、富士山の中腹に近い駿河国(するがのくに)富士郡小泉郷(富士宮市)で、代々樋代官(といだいかん)をつとめてきた治水土木専門の家柄です。当然、次大夫もその知識や技術を身に付けていたと思われ、徳川家康にとり立てられた理由もここにあると推定されます。」
 そのまま来た道を歩き続けると、左側に千鳥いこい公園が現われ、その手前に碑があります。2百米足らずで2〜3分です。
 3 六郷用水碑(黒/白石) 大田区久が原6-26-8 千鳥いこい公園西端
[アクセス] 東急池上線千鳥町駅または五反田駅4番乗り場から、東急バス「反1」川崎駅行き「池上警察」で下車し、国道を渡って約4百米西に入ります。すなわち5項の水路標識ポールのある道を西進します。
 この碑は正面が黒い石で「六郷用水跡」と書いてあり、向かって左側には白い石に六郷用水の由来が書いてあります。
 そのまま来た道を歩き続けると、左側に千鳥いこい公園が現われ、その手前に碑があります。2百米足らずで2〜3分です。
 4   小泉次太夫物語 「砂子(いさご)の里」 大田区久が原5-33-22
 小泉次太夫が川崎の砂子の里に約7年住んでいたことが書かれています。
 そのまま来た道を歩き続けると、国道1号が現れます。2百米足らずで2〜3分です。
 5 水路案内ポール
池上警察署と国道を挟んで西側
大田区久が原5-33-10
 国道1号の西側(多摩川に向かって右側)に、このポールが立っています。国道を渡ると池上警察署があります。
 次の標識までは、国道を渡るだけですが、横断歩道に廻らなければならないので、2〜3分です。
6 六郷用水物語(案内板) 大田区池上3-21-17 Jomo GS(ガソリン・スタンド)の前
 五反田駅4番乗り場から、東急バス「反1」川崎駅行き「池上警察」下車、進行方向に約50米歩いた所が池上警察署です。
 前項のポールからは、国道を渡って池上警察とガソリン・スタンドの間の道に入ります。最初の標識がこの案内板です。バックのコンクリート壁はガソリン・スタンドです。このように国道を越えると、それまで道の左にあった標識は右側に変わります。
 約130米歩くと次の標識になり、1分もかかりません。
 7   小泉次太夫物語 「用水工事」 大田区池上3-21-2
 所在地は前と同じく21番地です。
 標識は次のように工事の大きさを記しています。
「用水工事 慶長2年(1597)の測量に始まる六郷用水の工事は、慶長14年に主要水路が完成、小堀と呼ばれる各村への分水路工事も含めると14年という長い年月を費やした大工事でした。工事完成の時、次太夫は74歳の高齢に達していました。また、工事の途中、慶長6年には武蔵国稲毛(むさしのくにいなげ)・川崎の代官職を拝命しています。」
 約120米歩くと、2分で次の標識になります。
8 小泉次太夫物語「糀谷の領主」 大田区池上3-25-4
 ここまでは、道路の端の歩道を歩くような普通の道ですが、ここから暫くは緑道が続きます。その入り口はちょっとわかりにくいですが、この頁の冒頭の写真のように四つ辻の一つの角にあります。
 約3百米、4分位で、次の碑が現れます。
 
 9 小泉次太夫物語 「妙遠寺の逆修塔」 池上3-27-6 池上図書館の前
 JR大森駅西口3番乗り場から出ている東急バス上池循環(外回り)に乗り、東急池上線池上駅経由で次の文化センター前で降ります。少し池上駅の方に戻り、最初の信号を渡った右角が図書館です。入り口(東側)の前に、この説明板があります。
 そのまま来た道を歩き続けると約90米で右上の水路標識(というより池上と本門寺への案内板)があり、約4百米、5分歩くと次の碑になります。
 10 堤方の八寸碑(3方向に分かれる)
 下の地図は碑の地図を拡大したものです。
池上4-8-1
 下記の「堤方の八寸碑」の由来を記した説明板です。
「歴史物語 堤方の八寸 六郷用水北堀は、ここで直進して大森・蒲田方面への流れと、北に上って呑川をわたり新井宿方面へ向かう流れ、南へ下って女塚方面へ向かう流れとの三つに分かれていました。
 ここに設けられた堰(せき)はふつうの堰板ではなく、水流方向に直角に八寸角の角材がいこまれた「八寸(はっすん)の水はかり」と呼ばれた独特のもので、この場所の名の由来ともなっています。」
 なお、右上の写真は、池上4-13-8にある六郷用水跡の碑で、八寸碑から見えます。
 そのまま、歩き続ければ約2百米、3分で次の中土手へ、北に進めば約50米で、「12 水路標識」に達します。南へ下って女塚方面へ向かう流れは標識が無いので道は途切れます。
 11   中土手 池上4-1-10
 東急バスがJR大森駅と東急池上線池上駅の間を走っており(系統は沢山あります)、「堤方橋(池上駅の二つ大森寄り)停留所から約百米です。
 道としては、この標識の先で呑川に流入するのでここで消滅し、次項の標識から新井宿方面に向かうルートをたどります。
12 水路標識 池上4-8-3
 アクセスは前項の「八寸」と同じ「堤方橋」で、「八寸」から約50米北進し、突き当たりの右角にあります。ここからは標識のように右に曲がって東進し、約3百米4分程度で「六郷用水物語と六郷用水説明板」に達します。
13

六郷用水物語と
六郷用水説明板
大田区池上1-30-9
 アクセスは前々項の「八寸」と同じ「堤方橋」で、北に向かって約百米歩き、突き当たりを右折して呑川を渡った先にあります。
 緑道が東に向かって延びています。最初の標識1までは約180米、2分位です。ここからは緑道ではなく、普通の道になります。

歴史物語「六郷用水と呑川」 大田区池上1-30-14
 この標識は西に約50米歩いた呑川のほとりにあり、その内容は次の通りです。
「六郷用水北堀は、南北引き分けから東進してくると呑川に突き当たります。そこで呑川を横断させ、新井宿(現在の中央一帯)方面へ流すため、「八寸(はっすん)」と呼ばれる堰(せき)が設けられました。この堰で分流された流れは、北上して旧池上道の山下橋(現存しない)をくぐり、養源寺橋の上流で呑川と一旦合流しました。ここは、少し下流に設けられた堰によって、呑川からの水量を確保し分流された分水路の跡です。」
 下の写真は標識の下の地図を拡大したものです。
14 水路標識1〜4  四つの水路標識(タイル)が続きます。これらは池上通りとほぼ並行して大森方面に進み、一本北寄りで、最後は大森日赤病院(新築)の前を通ります。水路標識1は東急バス、JR大森駅と東急池上線池上駅間の税務署前の近くです。各標識の間は2百米位で、約3分です。
水路標識1 大田区中央6-22-11
水路標識2 大田区中央6-25-21
水路標識3 大田区中央4-27-7
水路標識4 大田区中央4-29-20
 そのまま進むと約250米、4分位で最後の案内板になります。
 15 六郷用水案内板 大田区中央4-31-10 新井宿児童公園
 新井宿特別出張所の隣です。公園の中にあります。バスの停留所、「文化の森」の近くです(バスの系統は「11 中土手」の説明と同様です)。春日橋へも歩いて5分かかりません。
 水路はここから大森の方に向かっていたようですが、標識はありません。
 環七を越えて池尻川も流れていたようです。
修正の記録
 2011年3月31日にNo.12を追加すると共に、No.10、No.11とNo.13の一部を修正しました。最初に作成したとき(2010.5.31)は、No.12の水路標識に気が付かなかったのですが、No.10の「堤方の八寸」の地図と説明を読み直したところ、北に向かって少し歩いたところに、この水路標識を見つけ、ルートとしては水路ではなく、歩く道と考えて次のように変更しました。
1) 「直進して大森・蒲田方面への流れ」は、No.11の「中土手」で、この流れは呑川に合流するため、道としては中土手で途切れます。
2) 「北に上って呑川をわたり新井宿方面へ向かう流れ」が、No.12の水路標識を右折し、No.13の「六郷用水物語」に向かう道です。歴史物語「六郷用水と呑川」は、説明板から戻るようになります。
3) 「南へ下って女塚方面へ向かう流れ」は標識も無いので、道も途切れます。

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[Last Updated 3/31/2011]