「暫」ほか

    目 次

1. はじめに
2. 演目と配役
3. 解説と見どころ
4. 新聞評
5. 感 想

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1. はじめに
 先月(2010年7月)は、新橋演舞場に歌舞伎夜の部を見に行きました。演目は「暫(しばらく)」、「傾城反魂香(けいせいはんこんこう)」、「馬盗人(うまぬすびと)」の3本で、役者としては団十郎、吉右衛門、芝雀、三津五郎などです。暫は今年の3月に見た「女暫」との比較になりました。傾城反魂香は初見ですが、内容が絵の話で、とても名作だと思いました。馬盗人も初見ですが、こんな面白い外題(げだい)が歌舞伎にあったのかと思わせる内容でした。

2. 演目と配役
1. 暫(しばらく)     一幕
  歌舞伎十八番の内  大薩摩連中
 鎌倉権五郎    団十郎
 清原武衝     段四郎
 鹿島入道震斎  三津五郎
 加茂次郎義綱  友右衛門
2. 傾城反魂香(けいせいはんごんこう) 一幕
  近松門左衛門 作  土佐将監閑居の場
 浮世又平後に土佐又平光起
            吉右衛門
 又平女房 おとく 芝雀
 土佐将監光信   歌六
3. 馬盗人(うまぬすびと)
  巖谷小波作
  巖谷槙一 脚色
  坂東三津五郎 振付   林悌三 美術
 ならず者悪太   三津五郎
 同 すね三     巳之助
 百姓 六兵衛   松  緑

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3. 解説と見どころ

 この作品は、元禄10(1697)年、江戸中村座にて初世市川團十郎が演じた『参会名護屋(さんかいなごや)』の中で、「暫く」と言って登場したのが始まりとされています。これを基にした『暫』は、主人公が揚幕の中で「暫く」と声をかけて現れ、悪人を追い払うという筋で、江戸時代、11月の顔見世興行の中の1幕に不可欠な場面となりました。その都度、外題は変わりましたが、これを7世團十郎が歌舞伎十八番の中のひとつに選定、外題も『暫』に定着しました。現行の型は、九世團十郎が明治28(1895)年に演じたものを踏襲しています。
 幕が開くと、舞台には藍隈をとった「ウケ」と呼ばれる敵役の清原武衡を中心に、「腹出し」と称する赤っ面の家来たち、鯰坊主の鹿島震斎、女鯰の照葉らが勢揃いしています。一方、段の下には、武衡に従わぬ善良な男女として、「太刀下(たちした)」と呼ばれる人々が控えています。
 そこへ「暫く」と声をかけて花道から登場するのは、主人公の鎌倉権五郎景政。景政の衣裳は、白木棉に鶴菱模様の上着、その上に柿色の素袖と長袴という、威風堂々とした出で立ちです。これに6尺8寸の大太刀を差し、顔は紅隈、前髪に五本車鬢(ごほんくるまびん)、そこに魔除けの呪力を持つという白の力紙(ちからがみ)をつけています。
 このような典型的な荒若衆の出で立ちの景政は、花道七三で「ツラネ」と呼ばれる長台詞を雄弁に語ります。中国の故事に由来するこのツラネは、最初の見どころで、言葉の意味は勿論のこと、荒事特有の粋な台詞回しが特徴となっています。その後、本舞台に来てからは、元禄見得をはじめ、数々の荒事芸を見せていくのも見どころです。最後は、大太刀で仕丁たちの首を刎(は)ね、大太刀を担ぎ、威勢の良いかけ声と共に、六方を踏んで花道を引っ込みます。
 歌舞伎特有の色彩美と様式美に溢れた勧善懲悪の祝祭劇。江戸時代より喝采され続けて来た、歌舞伎の醍醐味が満載の一幕をお楽しみ下さい。

傾城反魂香(ども又)
 近松門左衛門作の『傾城反魂香』は、宝永5(1708)年、大坂竹本座で初演されたと推定されています。全3段の時代物浄瑠璃で、「土佐将監閑居の場」は上の巻の切にあたります。
 この場面は、絵師の土佐将監の弟子の又平とその妻おとくを中心にした奇跡の物語です。吃音(きつおん)のため、上手く話せない又平に対して、妻のおとくは夫の代わりに代弁し、甲斐甲斐しく世話を焼く明るい女房として描かれています。
 この夫婦が、土佐の名字を許されたい一心で、将監の家を訪れます。しかし認められず、絶望の中で共に死を決します。そして、又平が手水鉢ちょうずばちに一心不乱に描いた自画像が奇跡を起こし、念願が叶うと共に、深い夫婦愛を描出する心温まる作品です。
 従来は、吃音の又平の滑稽さに重きを置いていましたが、9世市川團十郎、また、その薫陶を受けた6世尾上菊五郎によって、又平の実直さや哀しみの側面が深められ、現在のような支え合う夫婦像を描き出す演出になりました。また、おとくは「三女房」と言われる役のひとつで、通常の女方が演じる女房の役柄とは異なる難役となっているのも特徴です。
 最大の見どころは、土佐の名字を許されず、絶望した又平夫婦が死を決する場面で、おとくが「手も二本、指も十本ありながら」と又平の不憫さを嘆き悲しむ場面は、その無念さが心を打ちます。続いて、又平が手水鉢を石塔に見立てて、渾身の力を振り絞って自画像を描く場面は、舞台に緊張感が漲り、最大の眼目となります。その後、絵が石を抜けるという奇跡をおとくが発見した後は、テンポのよい展開となり、夫婦の息の合ったやりとりが見ものです。最後は、念願叶った又平が大頭(だいがしら)の舞を舞い、喜びを表現します。ここでは、これまでの苦悩を吹き飛ばす明るさが求められます。
 近松門左衛門の名作をお楽しみ下さい。

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馬盗人
 この作品は、昭和31(1956)年大阪歌舞伎座で、8世坂東三津五郎(当時は6世蓑助)、13世片岡仁左衛門、2世実川延二郎(後の三世延若)によって初演された新作舞踊です。
 原作者は、お伽噺(とぎばなし)の創始者で俳人でもある巌谷小波(いわやさざなみ)で、明治30年頃に「お伽狂言」と称して作られ、自らも演じていたと言われています。その後、小波の長男の巌谷槇一が、歌舞伎的に脚色して舞踊会で発表をしましたが、後に8世三津五郎の要望で、馬を活躍させる楽しい民話舞踊として新しく振付をし直して上演しました。
 祖父の創り上げたこの舞踊を、当代三津五郎が新たに振付し、平成8(1996)年大阪中座において、33年振りの復活上演を果たして以来、度々、上演されています。
 物語は、百姓六兵衛の馬を盗もうとして、小悪党の悪太が馬の代わりに自分が木に繋がれます。そして、放蕩の罰で馬にされたが、元は人間だったと言って、六兵衛を騙して、馬を手に入れます。その後、六兵衛が馬を見つけ、これを連れて帰ろうとすると、「馬盗人」と怒鳴られます。そこで初めて騙されたと気づいた六兵衛が、悪太と馬を引っ張り合う内、馬が逃げて行くという物語です。
 全体的にお伽噺らしく、ほのぼのとした物語で、朴納な六兵衛ととぼける悪太とのやりとりは、理屈抜きに楽しめます。
「大黒様はよいお人」から始まる場面は、悪太の話を信じた六兵衛が、悪太が人間に戻れたことを祝して舞う場面で、六兵衛の見せ場となります。
「佐々木梶原宇治川の」からは、悪太と仲間のすね三とが、馬を巡って取っ組み合いの喧嘩になりますが、そこに馬が割って入るのが面白い趣向です。この作品の特色は、何と言っても馬が擬人化されている点で、馬が曲に合わせて踊ったり、最後は飛六方を踏んで花道を駆けて行くのも眼目となります。
 子供から大人まで、誰もが楽しめる賑やかな舞踊をご覧下さい。
(出典 新橋演舞場発行のプログラム[平成22年7月])

4. 新聞評
おおらかな団十郎の「暫」 歌舞伎 新橋演舞場「7月大歌舞伎」
 夜。団十郎の「暫(しばらく)」が、悪をくじき善を助けて、一陽来復を告げている。元は冬の極まる江戸時代11月の顔見世狂言なので、季節がずれるが、今月はよく似合う。新橋演舞場が歌舞伎興行の本拠地となって、初の「大歌舞伎」だからである。団十郎は祝祭劇の第一人者である。おおらかな芸風に温かく包まれる思いがする。ウケは段四郎。
 「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)」で、吉右衛門の絵師又平が、芝雀の女房おとくと共に花道を登場すると、彼の心の内が痛いほど分かる。師土佐将監の印可が弟(おとうと)弟子に先に与えられたのをいま耳にしたばかりだ。
 師の前に出て、おとくが示す異様な高揚。又平が命懸けで描く自画像の起こす奇跡。ついに印可を得る喜び。すべては初め又平の心の内で形をなさずせめぎ合っていた思いが、現実化していく過程である。演技の構成の確かさ。
 民話舞踊「馬盗人」では三津五郎のならず者悪太のマイム的踊りが魅力的である。
  (天野道映・評論家)
 26日まで。
(出典 朝日新聞 2010.7.7 夕刊)

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団十郎・吉右衛門の対照 妙味 歌舞伎 新橋演舞場7月公演
 歌舞伎のホームグラウンドが新橋演舞場に移ってはや3月目。座組も演目も、器の容量に伴って心なしかややスリムになった感じだ。
 団十郎の出し物は「暫(しばらく)」。大膳以上に荒事の稚気とスケールこそが団十郎の真骨頂だ。しかし、この手の豪華な芝居だと、歌舞伎座のあの大舞台が恋しくもなる。段四郎の公家悪が古典美ある逸品。
 吉右衛門は「吃又(どもまた)」。吉右衛門としてはやや小ぶりな演目だが、丁寧に勤めて充実感は今月随一。女房おとくを、今月これ一役の芝雀が、この女房あってのこの夫婦と思わせる好演。歌六が土佐将監で立派に吉右衛門の師匠になっている。吉之丞の北の方、歌昇の雅楽之助、大努力の種太郎の修理之助と配役のバランスのよさも好成績の一因。
 「馬盗人」は祖父・八代目が作った巌谷小波原作の民話調の舞踊劇を三津五郎がよみがえらせた佳品。
26日まで。
(演劇評論家 上村以和於)
(出典 日本経済新聞 2010.7.8 夕刊)

5. 感 想
 歌舞伎座改築中は、歌舞伎とは暫くお別れかと思っていたのですが、たまたま切符を入手して見に行くことになりました。演目はそれぞれ面白く、役者も適役だったせいか、とても面白く見ました。ども又は始めてで、しかも私の趣味の絵の話だったので、感銘深く観ました。馬盗人はあの童話作家、巖谷小波の原作とのことで、単純化された舞台装置とも合って楽しい作品だと思いました。

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[Last Updated 8/31/2010]