「義経千本桜」

    目 次

1. はじめに
2. 演目と配役
3. 解説と見どころ
4. 新聞記事
5. 感 想

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1. はじめに
 先月(2007年3月)は、1月に引き続き、歌舞伎座へ通し狂言「義経千本桜」夜の部を見に行きました。通し狂言ですから、昼夜通しで行った方が良いのですが、日程が合わなくて、夜の部だけに行きました。
 出し物は四幕目 木の実・小金吾討死、五幕目 すし屋、大詰 川連法眼舘・奥庭で、仁左衛門、左團次、菊五郎、幸四郎などが出演しました。

2. 演目と配役

1. 四幕目 木の実 小金吾討死
 傾城千歳太夫 雀右衛門
 番新梅里    魁  春
 新造松ヶ枝   孝太郎
 新造春菊    芝  雀
 太鼓持藤中  富十郎
2. 五幕目 す し 屋
 松永大膳    幸四郎
 雪  姫     玉三郎
 十河軍平
  実は佐藤正清 左團次
 狩野之介直信 梅 玉
 此下東吉    吉右衛門
3. 大詰 川連法眼舘・奥庭
 佐藤四郎兵衛忠信 菊五郎
 佐藤四郎兵衛忠信
  実は源九郎狐    菊五郎
 源九郎判官義経   梅 玉
 静御前         福 助
 川連法眼       彦三郎
 妻 飛鳥        田之助
 横川禅司覚範
  実は能登守教経  幸四郎

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3. 解説と見どころ
木の実・小金吾討死
 これまでの時代の世界から一転して、四幕目から世話の世界へと変わります。「木の実」は、親切そうに振舞っていたいがみの権太が、騙りへと変貌していく件りが、最初の見どころとなっています。今回の権太は、上方の演出に拠っての上演で、その特色は原作に即して、権太をあくまでも下市あたりのごろつきとして演じる点にあります。この他にも、上方の演出は総体的に原作に近い演出が採られており、言葉も上方言葉を主にして演じていきます。
 一方、権太に金を騙り取られる小金吾が、血気盛んな若武者ぶりを見せる箇所は、小金吾の見せ場の一つとなつています。また権太の女房の小せんには、もとは御所の遊女という色気が必要です。
 そして二十両の金を上手く騙りとった権太が、我が子の善太にせがまれて、我が家へと帰っていく、親子の情愛溢れる場面は、五幕目の「すし屋」へと繋がる重要な場面となつています。
 「小金吾討死」は、小金吾と捕手たちとの立廻りが、眼目となつています。この場面で小金吾を追ってやって来る猪熊大之進は、頼朝と義経を争わせ、源氏を滅ぼそうと画策している左大臣・藤原朝方(ともかた)の家臣です。朝方が若葉の内侍に横恋慕しているために、家来の大之進に若葉の内侍の行方を執拗に訊ねさせているのです。
 眼目の小金吾の立廻りの中でも、縄を使っての大掛かりな立廻りは、歌舞伎の立廻りの様々な形を用いた特色あるものになつています。

すし屋
 「すし屋」の最初の見どころは、娘のお里がまめまめしく弥助の世話をする場面で、女夫事の稽古などは可笑し味ある場面になっています。ここへ権太が登場しますが、上方の演出の特色として、権太の着物が小せんの着物である点があげられます。
また、お里に悪態をついていた権太が、母親が現れるなり、子供のように甘え、ばらんの水を使って涙に見せ、戸棚の鍵を巧みに壊す場面は笑いを誘います。
 弥左衛門が帰宅して、弥助が三位中将維盛へ立ち戻る場面は、弥助の見せ場で、世話の扮装で平家の公達の品位を見せる箇所は、技巧が求められます。
 続いてお里が夜具を持って現れ、「お月さまもねねしてじゃえ」と大胆に弥助をかき口説いてきます。弥助が維盛と知り、自らの恋を諦めるお里のクドキは、お里の見せ場で、「すし屋」前半の眼目です。
 そして弁慶格子の着物を着た権太が、鮓桶を抱えて訴人に駆け出していく場面は、「すし屋」の見どころの一つとなっています。
 後半の見せ場としては、梶原景時が維盛の首実検を行う件(くだり)が、まず最初にあげられます。この件で、権太が松明の煙を除けて、妻子との別れの涙を隠すのは、上方の演出独自のものです。やがて怒る弥左衛門に刺され、手負いとなつた権太が、虫の息となりながら、ことの真相を明かし、妻子を身替りに差し出す折の苦しさを述懐する件は、見どころでもあり、権太の台詞の聴きどころでもあります。
 そして結末に到って、梶原が贋首と承知で首を受け取っていったことが判り、権太の死が無駄死に終ってしまいます。このように、物語が二転三転して真相が判明する趣向は、いかにも義太夫狂言らしい趣向となつています。

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川連法眼館・奥庭
 「川連法眼館」は、再び時代物となりますが、知盛の件(くだり)や権太の件と異なり、源九郎狐が主人公ということもあり、幻想的な展開をみせていきます。今回の上演では、五世尾上菊五郎が完成させた音羽屋型の演出での上演で、ケレン的要素を抑え、親子の情愛を描くことに主眼を置いているのが大きな特色となつています。
 前半の見どころとしては、本物の佐藤忠信が、謀叛の疑いをかけられて困惑するところへ、もうひとりの忠信が入来した旨が告げられる箇所があげられます。
 この場面で、刀の下げ緒を取って縄の代りにし、揚幕を見込んで、贋者の忠信を捕えようと意気込む際の忠信の動きは、緊迫感溢れる場面ですが、形容の美しさを見せます。また忠信が袖を広げて、静御前にその姿形を見せる件も、忠信の重要なしどころとなつています。
 後半の見どころは、初音の鼓の音に呼び寄せられた狐忠信が、その正体を明かして、これまでの経緯を語っていく件です。見るものを驚かせる狐忠信の出に始まり、"狐コトバ"という独特の台詞術、その本性を明かす際の早替りなど、数多くの見どころが続いていきます。
 また狐忠信が、親狐に孝行することが出来なかったために、野狐と罵られてきた悲しみを、静御前に語りかける場面は、狐忠信の最大の見せ場となっています。
 そしてその孝心を義経に愛でられた狐忠信が、初音の鼓を賜わって喜びを表現する件は、何とも微笑ましい場面です。
 「奥庭」は、勇壮な大薩摩の演奏のあと、幕を振り落とすと、狐を踏まえた、横川覚範がセリ上がって登場します。横川覚範は現在では上演されることの少ない、四段目中の蔵王堂で、義経の詮議を巡って川連法眼に詰め寄る人物です。
 そして覚範を能登守教経と、義経主従が見顕すという時代物の結末らしい展開をみせ、一同が戦場での再会を約して、大団円を迎えます。
(出典 歌舞伎座発行のプログラム[平成19年3月])

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4. 新聞記事
 4.1 独自の解釈に個性光る仁左衛門流「権太」
 東京・歌舞伎座の「義経千本桜」(26日まで)で、片岡仁左衛門が「いがみの権太」を関西型をベースに独自の解釈で演じ舞台を引き締めている。仁左衛門の権太は粋な東京型とは違い、大和のならず者。家族への愛を前面に押し出し、歌舞伎は役者の個性次第であることを改めて印象づける。
 権太はすし屋・弥左衛門の息子。弥左衛門が使用人・弥助としてかくまっている平維盛の首(実は偽首)とその妻子を源氏方に差し出し、怒った父に刺される。だが実際には父への孝行を貫くため、自らの女房と息子を身代わりにして維盛をかばっていた。
 仁左衛門の権太で特に目を引くのが、弥助を維盛と気付く瞬間の演出だ。仁左衛門はすし屋の奥で、父と弥助の話を立ち聞きしているうちに正体を知ると解釈する。従来は前の場の「木の実」で、維盛の妻子からかたり取った荷物の中に維盛の絵姿を見て悟るのが一般的。だが、その場面は荷物を取って退場し再び登場するまでの舞台の裏での"出来事"なのだ。
 観客が弥助を維盛と知る場面で権太も気付くとした方が、観客は物語の筋と権太の愛情を理解しやすい。歌舞伎を崩してはいけないが、芝居がより深く面白くなるのなら改めるにしくはない。仁左衛門の見識に拍手を送りたい。
(出典 日本経済新聞 07.3.22 文化往来)
 4.2 「親子の情愛しっかりと」 菊五郎 義経千本桜で源九郎狐 3月大歌舞伎
 3月2日から始まる東京・東銀座の歌舞伎座「3月大歌舞伎」で「義経千本桜」が昼夜通しで上演され、尾上菊五郎が義経の腹心佐藤忠信に化けた源九郎狐(きつね)を演じる。菊五郎は、この演目の魅力を「男女・親子・主君への恩など、さまざまな愛をテーマに織りなす壮大な源平絵巻です」と語る。
 忠信役は、五代目菊五郎が型を作り、六代目が洗練させた。当代の七代目菊五郎は、二代目尾上松緑から教わったという。2月の「仮名手本忠臣蔵」での早野勘平役に続いて、音羽屋の家の芸を披露することになり、「歌舞伎座で、ふた月続けて父や先輩に教わった役をできるのは幸せです」と話す。
 義経の愛妾(あいしょう)静御前と、朝廷から賜った初音の鼓の守護を命じられた忠信が、実は鼓に皮を張られた夫婦狐の子の化身という設定。昼の部の「鳥居前」では襲われた静御前を救う場で大立ち回りを演じ、「道行(みちゆき)初音旅」では清元節による舞踊を見せる。
 主君の愛妾との道行きだが、「音羽屋型は清元が入るのでやわらかくなる。男女の道行きみたいな、ちょっと色っぼい雰囲気があっていい。芝居の構成上、なまめかしいところが必要なんです」。
 夜の部の「川連法眼館(かわつらほうげんやかた)」では、本物の忠信との二役を演じ分ける。子狐の心情を吐露し、骨肉の争いに陥った義経の共感を呼び込む。
 「前半の人間忠信を気を抜かずにやらないと狐が立たない、と松緑おじさんに教わった。自分の偽物がいると知って緊張感を募らせることで、後半の狐との対比を出せる。狐が本性を現すところは発散できる場。親子の情愛をしっかり表現したい」
 26日まで。出演は他に、幸四郎、仁左衛門、藤十郎、梅玉、福助、左団次、芝翫ら。1万7千〜2500円。電話03-5565-6000(チケットホン松竹)。

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 4.3 夢幻の世界誘う菊五郎 歌舞伎 歌舞伎座「義経千本桜」
 先月の「仮名手本忠臣蔵」に続く名作の通し上演。企画に勢いがある。源平合戦後、漂泊する義経と平家の3人の残党を巡り、源平両家ゆかりの人々が不思議な二面性を生きる。人間の表と裏。これが作品の構造である。
 二面性の特異な例は、菊五郎の二役、人間の忠信と人間に化けた狐(きつね)忠信である。まず狐忠信が昼の序幕鳥居前で福助の静御前を救う。菊五郎は苦みばしった二枚目の顔の下に、春風のような微笑を含んで、観客を夢幻の世界へ誘う。
 二幕目渡海屋・大物浦では、死んだはずの平知盛が廻船問屋(かいせんどんや)に身をやつしながら、武将のハラが一貫している。装束を町人から武人に改めると、外見と内面が一致して、見るからに凛々(りり)しい姿になる。全体の運びもテンポがよい。藤十郎の典侍(すけ)の局は、見事に息が詰んでいる。
 三幕目の道行(みちゆき)で、狐忠信と静御前が吉野の義経の元へ急ぐ。ここの静は芝翫。楷書(かいしょ)の踊りである。
 夜。四幕目木の実・小金吾討死(うちじに)、五幕目すし屋は、仁左衛門が上方風の権太を演じる。権太はならず者だが、家族への愛が深い。その機微が江戸風よりひとはけ濃く、親孝行のつもりで逆に命を失う姿が一層哀れを誘う。我当の梶原の風格、秀太郎の権太女房小せんの色気が得策い。
 ここでは時蔵の平維盛がすし屋の下男に身をやつしつつ、やはり貴人の面影を失わない。孝太郎のお里が鄙(ひな)の娘の弾むばかりの恋心を描いている。訳もなく首ったけで、相手の素性を知ってしゅんとなる。その落差が大きくいじらしい。左団次の鮓(すし)屋弥左衛門、竹三郎の女房お米、扇雀の小金吾も見ごたえがある。
 大詰(おづめ)川連法眼館・奧庭で、人間の忠信が初めて少し顔を見せ、すぐに狐忠信が超人的な働きをする。ここの菊五郎はキツネの動きの切れが悪い。品のよさが身上。3人目の平家、幸四郎2役の教経が出て、華麗な夢幻劇の幕を下ろす。
 義経はタイトルロールだが、全編を縦糸として縫うだけで、各挿話の主役ではない。だがこの悲運の英雄の光と影こそが作品の構造を支えている。梅玉はさわやかで愁いが利き、よくその重責を担っている。  (天野道映・評論家) 26日まで。
(出典 朝日新聞 2007.3.13 夕刊)

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 4.4 菊五郎の充実示す忠信三様 歌舞伎座「義経千本桜」
 歌舞伎座の大作シリーズ第二弾は「義経千本桜」の通し。現今歌舞伎の高水準を示す充実ぶりだ。
 菊五郎が「鳥居前」の荒事、吉野山の「道行」舞踊、「川連法眼館(かわつらほうげんやかた)」の二人忠信と、三場面三様の忠信を演じ分ける。心技体均衡の取れた充実感が、芸も盛り人も盛りの美しさとして発露している。静は「鳥居前」と「法眼館」が福助で、気が入って丁寧に演じる。「道行」は芝翫で、仁左衛門が逸見藤太で出るごちそうが付くぜいたくさ。
 幸四郎が「渡海屋・大物浦(だいもつのうら)」の知盛。スケールの大きさが生きて適任だが、遊びのない芸風だけに二時間余の長丁場、重量感がズシリとこたえる。坂田藤十郎の典侍(すけ)の局(つぼね)は珍しい配役。義太夫狂言らしいセリフの妙を聞かせるところに特色が出た。「鳥居前」から引き続いて左団次の弁慶が飄々(ひょうひょう)とした味を出す。歌六の相模五郎が魚尽くしのセリフをかみ砕いて言うのが耳に付く。
 仁左衛門が「木の実」「すし屋」の権太を上方の味を生かしながら独自の見識でまとめた演出で面白く見せる。東京のいわゆる音羽屋型とは随所に違うが、珍しさだけに終わらない説得力がある。上方が舞台の芝居という風土色がよく出ている。梶原を我当、小せんを秀太郎、母を竹三郎と脇を上方の役者で固めたのも効果を上げている。孝太郎のお里が力いっぱい、しかしゆとりを持っての好演。時蔵の弥助実は維盛、何より品の良さがその存在を納得させる。左団次の弥左衛門は初役とは思われない。東蔵の内侍(ないし)まで手がそろった一幕だ。
 梅玉がタイトルロールの義経で、今この人をおいてはない揺るぎのなさ。珍しく「奥庭」が出て、幸四郎の覚範が知盛以上の秀逸。26日まで。     (演劇評論家 上村 以和於)
(出典 日本経済新聞 2007.3.8 夕刊)

5. 感 想
 通し狂言は一つの芝居をすべて上演するため、普段の1幕程度の細切れの演目に比べると、筋が解りやすいと思います。昼夜通して見るのが本当でしょうが、夜の部だけでも見応えがありました。新聞の評にもあるように、新しい演出も大切にしたいものです。これからも、通し狂言が上演されるときは、務めて見に行きたいと思います。

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[Last Updated 4/30/2007]