本の紹介 インテリジェンス 武器なき戦争

  目 次

1. 本との出会い
2. 概 要
3. まえがき
4. 本の目次
5. あとがき
6. 著者紹介
7. 読後感


手嶋龍一・
佐藤優共著


幻冬舎新書
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1. 本との出会い
 私の所属しているV Age Clubの「新書を読む会」で、2007年1月にこの本が採り上げられました。この本は、インテリジェンス(昔で言うスパイ)とはどのようなものか、をこの道に詳しい手嶋龍一氏と佐藤優氏のお二人が対談し、その内容を纏めたものです。最近読んだ本の中でも、面白いと思ったので採り上げました。

2. 概 要
 スパイ(=インテリジェンス・オフィサー)は、小説や映画の中だけに存在するものではない。現に東京には世界中のスパイが集結し、日夜情報収集に励んでいる。精査・分析しぬいた一級の″情報(インテリジェンス)″こそが、戦争を引き起こしも回避させもするのだ。昨今、日本の弱腰外交は明らかに情報の欠如を露呈し、国家存亡の危機にある。はたして北朝鮮の核はどうなるのか? アメリカの次なる戦争の標的は? 「大国・日本」復活のための、前代未聞のインテリジェンス入門書。

3. まえがき
 最近、私の周辺が騒々しくなっている。去る(2006年)10月9日の北朝鮮による核実験のせいだ。実験から一週間を経た頃から、各国のインテリジェンス専門家たちが続々と東京にやってくるようになった。彼/彼女らの動静はマスコミでは報じられない。しかし、蛇の道は蛇で、この世界の人々のネットワークは普段は眠っていても、こういうときに甦(よみがえ)る。本文でも強調したが、私は蛇すなわちインテリジェンス専門家ではない。私はインテリジェンスの内在的論理を少しだけ理解することができる外交官だった。しかも現役を離れてから5年近くになり、その内、約1年半(2002年5月14日から2003年10月8日までの512日間)は、小菅の東京拘置所独房に閉じこめられるという得難い経験をし、犯罪者という烙印(らくいん)を押されている。一般論としてインテリジェンス専門家は慎重だ。特にカウンターパートである組織(日本の場合、外務省もその一つ)と敵対関係にある人物とは接触しない。私と接触したことが外務省にバレた場合、当該情報機関と外務省国際情報統括官組織の協力関係、業界用語でいうところの「コリント(協力諜報)」に支障が生じる。私にアプローチしてくる外国人インテリジェンス専門家たちは「それでもいい」と腹を括っているのだ。
 秘密情報の98%は公開情報を再整理することによって得られるという。北朝鮮に関して、控えめに見積もって東京で熱心に情報収集活動をすれば、インテリジェンス専門家が必要とする情報の80%を入手することができる。ただし、それを行うためには事情に通じた案内人が必要だ。かつて付き合っていた外国人たちが案内人役を私に求めてきたが、「全体の案内人は現役の外務省員がやるべきだ」といって、ていねいに断った。ただし、昔から御縁のある人たちなので、あまり失敬な態度をとることもできない。そこで相手が公開情報にないナマの情報を提供する割合に応じて、公開情報に対する私の分析を率直に語るという取り引きをした。その結果、いくつかのポイントが見えてきた。

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1 「核クラブ」(米英仏露中の核保有国)は北朝鮮をクラブメンバーにしないという腹を固めている。
2 インテリジェンス・コミュニティにおいて、北朝鮮が核兵器、弾道ミサイルを手放す可能性はないというのが共通見解になっている。
3 「核クラブ」とイスラエルは、北朝鮮の核・ミサイル技術の第三国への移転阻止を絶対防衛線にしている。その絶対防衛線を維持するために、「核クラブ」は北朝鮮が核保有国となったことを認めないし、また核廃絶を最後まで北朝鮮に要求する。
4 「核クラブ」は北朝鮮との対話路線に踏み切る。そして対話を通じ、外圧を口実に団結している金正日政権中枢部に隙間をつくりだそうとしている。一部主要国のインテリジェンス機関は、この隙間を巧みに衝いて北朝鮮の体制転換を真剣に考えはじめている。
 相手との約束があるので、これ以上、具体的な話を読者に披露できないことについてお許し願いたいが、私のような秘密情報へのアクセスがまったくない人間のところにもこの程度の情報が集まってくるのである。どうしてであろうか。その答えは簡単だ。外国の専門家が必要とする情報と知識が私のところにもあるからだ。インテリジェンス能力は当該国家の国力から大きく禾離(かいり)しない。国力を量る上で経済力は大きな要素だ。GDP(国内総生産)世界第二位のわが日本国は、インテリジェンス能力においても世界第二位の潜在力をもっている。ただし、その情報が内閣情報調査室、外務省、警察庁、防衛庁、財務省、公安調査庁、海上保安庁、経済産業省、検察庁、マスコミ、商社、永田町の情報ブローカーなどに分散していて、政府に集約されず、機動的に使われていないのである。この隙間を諸外国のインテリジェンス専門家が歩き回り、日本製の情報で、自国のインテリジェンス機能を強化しているのである。このような状況を是正し、日本のあちこちにころがっている情報を日本の国益のために使いたいという想いを私は強くもっている。
 その意味で、外交ジャーナリストとして世界的規模で認知され、また『ウルトラ・ダラー』(新潮社、2006年)で小説家としても成功した手嶋龍一さんと作成したこの対論本は、これまでに例のない日本語での対外インテリジェンス入門書としての役割を果たすと信じている。現役外交官時代、私と手嶋さんの政界、外務省、ジャーナリズムにおける人脈や利害関係は、あるときは合致し、あるときは対立した。お互いに少し棘(とげ)のある情報戦を仕掛けたこともあったと記憶している。しかし、私は当時から手嶋さんを尊敬していた。なぜなら、手嶋さんは「約束をしたことは必ず守る」「できないことを軽々に約束しない」というインテリジェンスの鉄則を遵守する人だからだ。手嶋さんが作家として成功し、その小説や評論を読む機会に恵まれ、一読者としての私は喜んでいるが、日本の国益を考えるならば、いまのような時期に手嶋さんが外務省国際情報統括官に就任し、本格的な対外インテリジェンス機関の再編に従事したほうが人材の有効活用と思う。もっとも手嶋さんとしてはそのような官僚仕事よりも表現者としての活動を通じて、日本のインテリジェンス能力の底上げを考えておられるのだと私は勝手に推測している。
 本書は幻冬舎の志儀保博さん、大島加奈子さんの熱意なくしては生まれなかった。優れた二人の編集者と御縁をつくってくださったことについても手嶋さんに深く感謝する。
     2006年11月3日 (文化の日)           佐藤優

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4. 本の目次
                              まえがき  3

          序章 インテリジェンス・オフィサーの誕生   15
               インテリジェンスは獣道にあり    16
            情報のプロは「知っていた」と言わない  18
          なぜ「外務省のラスプーチン」と呼ばれたか  22
         インテリジェンスというゲームの基本ルール  25
            「嘘のような本当」と「本当のような嘘」   28
                インテリジェンスの共通文化    31
                十重、二十重、R・ゾルゲの素顔   34
       死刑と引き換えに愛する女たちを救ったゾルゲ  38
 インテリジェンス・オフィサーの資質が国の存亡を左右する 42

             第一章 インテリジェンス大国の条件  45
             イスラエルにおける佐藤ラスプーチン   46
       外務省の禁じ手リーク発端となった「国策捜査」  50
                大規模テロを封じた英情報機関  52
      インテリジェンス世界とメディアの秘められた関係  57
               功名か辻に姿見せないスパイたち  58
                  そっと仕掛けられた「撒き餌」  60
             イラク情報で誤った軍事大国アメリカ  63
        大量破壊兵器あり−幻の情報キャッチボール  68
           サダムとビンラディン、その悪魔的な関係  71
            イスラエルとドイツに急接近するロシア  75
          「二つのイスラエル」を使い分けるユダヤ人  78
         ネオコン思想上の師、S・ジャクソン上院議員  80
            プーチン大統領のインテリジェンス能力  81

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           第二章 ニッポン・インテリジェンスその三大事件 87
                  TOKYOは魅惑のインテリジェンス都市 88
                          七通のモスクワ発緊急電 90
                       仕組まれたゴルピー訪日延期 94
            愛人は引き継ぐべからず、情報源は引き継ぐべし 98
                         スパイたちへの「贈り物」 102
                    運命を変えたテヘラン発極秘電報 106
                          グレート・ゲームの国々 110
              東京が機密情報センターと化した9月11日 113
             大韓航空機撃墜事件をめぐる「後藤田神話」 115
       情報の手札をさらした日本、瞬時に対抗策を打ったソ連 117
                     自国民への「謀略」−そのタブー 120
      カウンター・インテリジェンスとポジティブ・インテリジェンス 122
 日本のカウンター・インテリジェンス能力は世界最高レベルにある 124

                 第三章 日本は外交大国たりえるか 129
              チェチェン紛争−ラスプーチン事件の発端 130
                           すたれゆく「官僚道」 133
                       竹島をめぐる凛とした交渉 138
                         「平壌宣言」の落とし穴 141
                  すべてに優先されるべき拉致問題 143
       ミサイル発射「×デー」に関する小賢しい対メディア工作 146
                 水面下で連動する中東と北朝鮮情勢 149
            「推定有罪」がインテリジェンスの世界の原則 153
      腰砕け日本の対中外交に必要なのは「薄っペらい論理」 155
                           靖国参拝の政治家 158
                     記録を抹殺した官僚のモラル 161
                 自衛隊のイラク派遣は正しかったか 166
             「二つの椅子」に同時に座ることはできない 170

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            第四章 ニッポン・インテリジェンス大国への道 177
                   情報評価スタッフ−情報機関の要 178
                イスラエルで生まれた「悪魔の弁護人」 181
           インテリジェンスの武器で臨んだ台湾海峡危機 184
                インテリジェンスを阻害する「省益」の壁 187
             インテリジェンス機関の創設より人材育成を 190
                         インテリジェンスの底力 192
                     官僚の作文に踊る政治家たち 195
         インテリジェンス・オフィサー養成スクールは大学で 199
                            対米依存を離脱せよ 204
             インテリジェンス・オフィサーの嫉妬と自尊心 207
                          擬装の職業を二つ持つ 210
                    生きていた小野寺信武官のDNA 213
         ヒューマン・ドキュメントではない「命のビザ」の物語 216
           日本には高い潜在的インテリジェンス能力がある 220

                                    あとがき 228

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5. あとがき
「ブッシュのアメリカ」は、深い河を渡りはじめようとしているのか−。北の独裁国家が核実験を行ったのを機に、超大国は中東と東アジアで二正面作戦に向けて動くのか、否か。ホワイトハウスの意図を精緻に見立てることが、われわれ外交のオブザーバーにとっては、事態を読み解く勝負ビころだった。
 結局、ブッシュ政権は、ふたつの戦域を隔てる深い河に近づく素振りも見せなかった。それほどに中東の戦いで深手を負っているのだろう。朝鮮半島で新たな力の行使に追い込まれるような局面には陥(おちい)るまいと決意しているかに見える。それを裏書きするように、核実験を受けて採択された安保理決議には弱い措置しか盛り込んでいない。船舶検査が発端となって、臨検がやがて海上封鎖に発展してしまい、武力で衝突することがないよう幾重にも歯止めが施されている。
 そのうえでコンドリーザ・ライス国務長官は、日本、韓国、中国、ロシアに乗り込んできた。六カ国協議のタガを締めなおして北朝鮮を誘い出し、いま一度、対話攻勢をかけようというのである。
 そのライス長官が東京で「日米同盟の抑止力は万全だ」と発言した。古来、安全保障の手立てには「矛」と「盾」がある。ライス発言のエッセンスは、日米安全保障体制という「盾」にいささかの緩みもないことを強調することで、当座は戦略的な守勢をとると示唆した点にある。同時にアメリカの核の傘は同盟国日本をすっぽりと包み込んでいると念を押し、日本国内に噴出した核武装論議を暗に牽制(けんせい)したのだろう。このように「ブッシュのアメリカ」は、北東アジアの戦域で「矛」に手をかける気配も見せなかった。その一方で関係国による北朝鮮包囲の輪を少しずつ狭めて金正日体制に揺さぶりをかけ、内部から叛乱を誘おうとしている。
 注意深い読者なら、ユーラシア大陸のヒューマン・ネットワークを駆使しながら朝鮮半島情勢を見ている佐藤ラスプーチンと筆者の見立てが大筋ではさして違わないことに気づくだろう。
 佐藤ラスプーチンという人は、512日に及んだ獄中の日々を境に、真のインテリジェンス・オフィサーに変貌を遂げた。かつて大川周明もリヒヤルト・ゾルゲも過ごした、あのほの暗い孤独の空間で、自己省察と読書の日々を過ごしたことで、その内面に化学変化が起きたのである。国家を背負った官製インテリジェンスに安易に依拠せず、政治家ムネオの情報吸引装置にも頼らない。こうして官僚機構ときっぱりと訣別したことによって、現下の情勢を読み解く目にいっそう磨きがかかり全体像を描き出す思想の跳躍力がより勁(つよ)くなった。それは、シリアに仕立てた架空のスパイが重要な情報源だと嘘をついて、メディアに現れた公開の情報だけを頼りに誰よりも精緻なインテリジェンスを紡ぎだしたイスラエルの伝説の諜報員を彷彿させる。ラスプーチンが生を享(う)けた戦後の日本には対外情報機関など存在しない。それはシリアにいたはずのエージェントが幻だったという構図とさして変わらない。
 佐藤ラスプーチンは「秘密情報の98%は公開情報を再整理することによって得られる」と認めている。加えて北朝鮮情報なら実に80%までもここ東京で手に入れることができるという。ならば一刻も早く「国策裁判」に決着をつけて、約束の地TOKYOで「ラスプーチン機関」を店開きすればいい。
「ミーシヤ」と彼(か)の地の友人たちから呼ばれた若き日の佐藤優。彼が立ち向かった北方の大国ロシアとの未来を切り拓(ひら)く対北方外交の幕は、いま静かにあがろうとしている。そのときニッポンは、佐藤ラスプーチンという名のインテリジェンス・オフィサーを再び必要とするだろう。
                                                   手嶋龍一

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4. 著者紹介
手嶋龍一(てしまりゅういち)
外交ジャーナリスト・作家。NHKワシントン特派員として東西冷戦の終焉に立会い、『たそがれゆく日米同盟』『外交敗戦』(ともに新潮文庫)を執筆。これらのノンフィクション作品が注目され、ハーヴァード大学国際間題研究所に招かれる。その後、ドイツのボン支局長、ワシントン支局長を経て2005年、NHKから独立。上梓したインテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』(新潮社)はベストセラーに。近著に『ライオンと蜘蛛の巣』(幻冬舎)がある。

佐藤 優(さとうまさる)
日本外務省切っての情報分析フロフェッショナル。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、その後在ロシア日本国大使館に勤務。モスクワ国立大学哲学部で弁証法神学を講義した。2002年、背任と偽計業務妨害の容疑で逮捕され、現在起訴休職中。この逮捕劇を「国策捜査」として地検特捜部を糾弾した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社、毎日出版文化賞受賞)は、大きな波紋を呼んだ。近著に『自壊する帝国』(新潮社、新潮ドキュメント賞受賞)かある。

5. 読後感
 手嶋龍一さんは知っていましたが、佐藤 優さんのことは、この本を読むまで知りませんでした。まずまえがきを読んで、原子力開発に対する北朝鮮の考え方を知り、大変に的確な解釈に感心しました。この本に書かれた内容的を理解していると、北朝鮮に関するいろいろな情報が解ってきます。次に手嶋龍一さんの、インテリジェンス小説「ウルトラ・ダラー」を読み、米国の北鮮の預金閉鎖のことがよく判りました。
 佐藤 優さんの本は、まだ読んでいないのですが、「国家の罠」や「獄中記」などを読んでみたいと思っています。

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[Last updated 4/30/2007]