本の紹介 風車小屋だより

  目 次

1. 本との出会い      
2. 本の概要
3. 本の紹介
4. 本の目次
5. 解説
6. 読後感


アルフォンス・ドーデー作
桜田 佐訳
岩波文庫

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1. 本との出会い
 この本を初めて読んだのは、30歳位だと思います。この度(2005.5)、フランスに行く飛行機の中で読みなおしました。「5 本の紹介」の「24 プロヴァンス」でも書きましたが、田辺 保さんの本で改めてエピソードを読み、採り上げることにしました。下の「本の紹介」には重複を承知で、この本の「はじめに」の抜粋を採用しました。

2.本の概要(本のカバーより)
  輝く太陽と豊かな自然をもとめて故郷プロヴァンスの片田舎にやってきたドーデー(1840-97)は、うちすてられていた風車小屋に居をかまえ、日々の印象をパリの友人にあてて書きつづる。南フランスの美しい自然とそこにくらす純情素朴な人々の生活を、故郷への限りない愛着の中に、ときには悲しくときにはユーモラスに描き出した珠玉の短篇集。

3. 本の紹介 「わたしのプロヴァンスを」(田辺 保著「プロヴァンス」の「はじめに」の抜粋)
 ここでひとつ、わたし自身の小さな思い出話をはさませてください。
 何年か前、それはやはり、フランスへの旅の行きの飛行機でのエピソードです。ひとりのもう老年といっていい年格好(としかっこう)の男性とたまたま座席がとなり合わせとなりました。どちらかが先に口を切り、自己紹介をし、いろいろと話し合ううち、わたしがその男性に対して、こんどのフランス旅行の目的をたずねますと、その人はこんなふうに答えてくるのでした。実は、これまでずっとフランスなどとは縁のない会社勤務をつづけてきたのだが、やっと定年退職のときをむかえ、家族の了解もとりつけて初めてのフランス旅行をするのだと、とてもうれしそうでした。まずはパリへと着いて、話に聞くセーヌのほとりの首都の風情を二、三日ゆっくり味わったあと、何よりも自分が何十年来心にあたためてきた、あこがれのプロヴァンスへ行くのだともうち明けてくれました。その理由として、自分が高等学校時代(もちろん、旧制の高校です。その男性がそのとき60歳も後半の世代に属していたことがわかっていただけましょう)に、ほんの少しだけ勉強したフランス語の時間に、初級文法を終えてすぐ、先生が使われた教科書、アルフォンス・ドーデーの『風車小屋だより』(1866)に描き出されていた地方にぜひ行ってみたいと、ずっと思いつづけていた、そのねがいがやっと今かなえられるのだという話をしてくれたのです。男性の眼は、少年のようにキラキラとかがやいて、若い多感だった日の感動をしのばせ、ドーデーのこのプロヴァンスもの短篇集のかもし出すふんい気にあたためられながら、その人は自分の人生の大半を送ってきたのだなということがうかがえました。
「あなたもきっとわかっていただけますよね。こんども大事に保存してきた学生時代のあのテキストをもう一度読みなおして… フランス語はさすがに、ほとんど忘れてしまっていましたがね… ハハハ… 出かけてきたのですよ。プロヴァンスのよさ、プロヴァンスの人情や風俗がたっぷりつまった、楽しい本でしたね。思い出すと、今でも、胸がちょっと、熱くなってくるみたいです。年甲斐もなく…」
 ああ、いいなあ、しあわせな人だなあと、わたしはつくづく思いました。それから機上で、二人して、『風車小屋だより』におさめられたいくつかのコントを思い出しながら、そのなつかしい印象を話し合ったものでした。実はわたし自身も、フランス語を習って初めて教わった文学ものテキストは、同じドーデーだったのです。わたしたちは、共通の青春を持ったのでした。日本にも古く、そんな時代があったのですね。相手のその人は、理科系の出身で、わたしなどとは違う、キャリヤーを経てきた人だったのですが…

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 アルフォンス・ドーデー(1840〜97)は、南仏ニームの生まれ、いちはやくパリへ出た新聞記者の兄を頼って首都へ出、処女出版の詩集が幸いにも時のナポレオン三世の側近の目にとまり、幸福な文学的スタートを切ります。生まれ故郷の南仏を愛して、たびたびもどってくるのですが、アルルの町から8キロばかり離れたフォンヴィエィユ村の、さびれた風車小屋を買いとってそこを別荘にしようと考えつきます。『風車小屋だより』では、本当にそこへ移り住んだことになっていて、風車のまわりの牧歌的な風景、フクロウやウサギなどの先任者たち、アルピーユの美しい峰に、遠くで農民たちが奏でるプロヴァンス特有のフィフル(木笛〕のひびき… などが詩情をたっぷりたたえて描き出されていますが、実のところはこれはフィクションで、親友にあたるモントーバンの屋敷に一室を与えられて、そこで取材や執筆したのが真相です。ですが、こんなことはどうでもよいのです。プロヴァンスでは、事実よりも詩の方が重んじられるのだからです。
 ちょっぴり悲しい人生の断面をのぞかせてくれる物語が多かったようです。粉ひき用の風車がすたれて行くのに愛着を捨てられず、壁のかけらや土を入れた石うすをまわしてごまかしていた、あわれなコルニーユじいさんの話、しょっちゅう女房に逃げられて、町中の笑い者になっているみじめな研屋(とぎや)の男の話(「ボーケールの馬車」)、恋した女がどうしてもあきらめきれず自殺してしまう若君ジャンが主人公の「アルルの女」、子どもに見捨てられた「老人たち」、夫が筋向こうの居酒屋の女に入れこんでひとり寂しく宿屋を守る女の涙(「二軒の宿屋」)などなど。もちろん、ちょっとおどけた感じのこっけいな物語にも、欠けていません。「教皇のラバ」「キュキュニアンの主任司祭」「ゴーシェー神父の霊酒」など、です。自由をあこがれて山中に逃げ出して、結局オオカミに食べられてしまう「スガンさんの小やぎ」や、リュベロンの山中で、ひそかに思いを寄せるステファネットお嬢さんと二人きりで胸をドキドキさせながら夜をすごす羊飼い少年のお話(「星」)などは、プロヴァンスの野や山のにおいがぷんぷんにおう、民俗色ゆたかな小品でした。どれもこれも、作家ドーデーのやさしくて、あたたかくて、涙もろくて、笑い好きの心がこもっていて、胸にほんのり灯をともしてくれるのです。せい一ばい、可憐に、愛情たっぷりに生きているプロヴァンスの人たちの心情がうずいている感じなのです。そうでした。碧い空と碧い海と、白い山とみどりの野のプロヴァンスには、こういう人間たちが−−わたしたちと同じ哀感(あいかん)を抱きしめて、けなげに生きていたのでした。

4. 本の目次

序………………………………………………………………………… 7

居を構える……………………………………………………………… 9
ボーケールの乗合馬車…………………………………………………13
コルニーユ親方の秘密………………………………………………… 19
スガンさんのやぎ………………………………………………………  28
星…………………………………………………………………………38
アルルの女………………………………………………………………46
法王のらば……………………………………………………………… 53

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サンギネールの灯台…………………………………………………… 67
セミヤント号の最後………………………………………………………75
税関吏……………………………………………………………………84
キュキュニャンの司祭……………………………………………………90
老 人……………………………………………………………………100
散文の幻想詩(バラッド)………………………………………………   111
  −王太子の死……………………………………………………… 111
  −野原の郡長殿…………………………………………………… 115
ビクシウの紙入れ……………………………………………………… 120
黄金(きん)の脳みそを持った男の話……………………………………128
詩人ミストラル…………………………………………………………  134
三つの読唱ミサ…………………………………………………………144
みかん……………………………………………………………………155
二軒の宿屋………………………………………………………………160
ミリアナで………………………………………………………………  167
ばった…………………………………………………………………… 182
ゴーシェー神父の保命酒………………………………………………  187
カマルグ紀行…………………………………………………………… 201
兵舎なつかし…………………………………………………………… 214

 注……………………………………………………………………… 219
 解 説…………………………………………………………………  225

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5. 解  説
 ドーデー(Alphons Daudet)は1840年、南仏の古都ニームで生れ、1897年、パリで死んだ。
 彼はモーパッサン、ゾラなどとともに自然主義作家の一人に数えられるが、生来の詩人であって、深い観察力、するどい感受性を備え、現実をあるがままにながめながら、そこにロマンチックな趣を添えている。
 小説には、三部作『タルタラン』や、『サフォー』『ジャック』『川船物語』『プチ・ショーズ』など幾多の名作があり、短編集では『月曜物語』、戯曲では『アルルの女』が知られているが、彼の出世作であり、また、彼の名を不朽にしたものは、実にこの『風車小屋だより』(Lettres de mon Moulin)であろう。我国にも早くから紹介されている。
 表題になっている風車というのはフランスの南部、プロヴァンス州の、アルルの町から8キロばかりの丘の上にある。その近くに知人の住居があって、パリに住むドーデーはときどきここに来て、南仏特有の美しい風物に接したのである。
 ドーデーは1858年、詩集『恋する女たち』を出版して、その将来を注目されたが、つづいてモルニー公の秘書となり、その後胸をわずらってアルジェリアに転地した。『風車小屋だより』の中のアルジェリアの話は、この旅行の思い出である。その他、この作品の生(お)い立ちについては、『パリの三十年』の中に記(しる)されている。なお、この諸短編は1866年ごろに書きはじめられ、最初一部がl'Evenmement紙に発表され、つづいてle Figaro紙に連載され、1869年これらを合せて、『風車小屋だより』の題の下に一巻の本となって発行されたのである。この中の小品『アルルの女』は、後、三幕の戯曲となって、ビゼーが音楽を付けた。
 訳者は先年フランスに遊び、初夏の一日、この風車小屋を訪れた。すでに翼を失い、屋根も落ちていたが、南仏の澄んた日光はドーデーの居たころと同じように静かに丘をやきつけていた。ドーデーの豊かな詩想は、ここで心憎いまでに働いたのである。
 この名編を訳出するに当って、その陰影と魅力とを充分に現わし得なかったことを遺憾に思う。
 昭和15年一度改訳を試みたが、ここにまた、当用漢字、新かなづかいによって、二度目の改訳を世に送る次第である。
   昭和33年9月      桜 田  佐

6. 読後感
 著者のアルフォンス・ドーデーはニームの生まれですが今回(2005.5)の旅行でも寄ったので、著者が身近に感じられました。今から百年以上前の作品ですが、少しも古く感じません。それと話の内容が、我々日本人にも共感できる内容だと思います。私は「コルニーユ親方の秘密」がとても気に入っています。

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[Last updated 9/30/2005]