「太公望のひとりごと」

    目 次

1. 訳者の言葉
2. ものがたり
3. 演出者の言葉
4. スタッフとキャスト
5. 日系アメリカ人初の劇作家
6. 感 想

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1. 訳者の言葉
 アメリカには70万人を超える「日系人」がいます。その大部分は明治・大正期、貧困にあえぐ日本の農・漁村から、「新天地で一旗」の夢を追って渡米した移民(一世)と、その子孫(二世、三世、そして最近は四世も)です。
 白人主体の北米社会の中で、彼らの日常は人種差別や偏見との戦いの連続でした。特に第二次世界大戦当時は、時の官憲はもとより、隣近所の人達からも「敵性民族」と白眼視され、財産の没収・収容所への強制疎開など、理不尽な辛酸に晒されました。
 同じ日本人の血をひきながら、我々「日本の日本人」とは全く違う数奇な運命を生きてきた日系人−日系アメリカ人劇作家の喘矢フィリップ・カン・ゴタンダが紡ぎだすその物語には、我々が今まで知らなかった「もうひとつの日本」があり、我々が「我々自身の日本」を、従来とは異なる視点から見直すきっかけをも与えてくれます。
 ご期待ください。
  2003年夏 於バンクーバー 吉原豊司

2. ものがたり
 日系アメリカ人のイッタ・マツモトはもともとはお医者さんなのだが、なかなかの太公望でもある。今日も川へ鱒釣りにやって来る。近頃は年のせいかやたらと独り言が多くなったようだ。
 釣り天狗の彼は、魚の釣り方、おろし方についても一家言持っている。
 魚がかかるのをじっと侍ちながらひとりごちる彼の話は、いつしかイッタのこれまでたどって来た苦難の人生へと連なって行く・・・・・・

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3. 演出者の言葉
 北米カナダに、演劇の在外研修をしていた二十年前、強く印象に残ったのが、日系の人達の存在だった。何時かこのテーマと向き合いたい、そう願っていたことが、今回ようやく実現する。
 思えば丁度あの頃が、日系の人達にとって、戦時中敵性国家を祖国に持った故の差別と迫害を受け、市民としての権利を奪われた、その保障と権利回復を求めて、訴訟をしていた時期だったのだ。
 結果として1988年にアメリカとカナダでそれぞれ法案が通り、両国の政府が自国の日系人に対して、金銭的保障と、公式な謝罪が表明される、という画期的な事態を生むのである。
 だがあれから十数年経った今日も、情況はいささかも好転していないようだ。アメリカでは例のテロ事件以来、今度はアラブ系の市民が<敵性国家>を祖国とする故の、不当な扱いを受け、世界の各地では、民族同士紛争の根は絶えない。所詮、人間とは愚行の繰り返えしを宿命づけられている生き物なのか。それにしても民族同士の憎悪する感情を、何とか理性で抑えて、互いに共生する智恵を求めることは出来ないものか。「太公望のひとりごと」の上演は、そうした情況に対する、ささやかながらも私たちなりの〈願い〉である。
               貝山武久

4. スタッフとキャスト
[スタッフ]
原 作    フィリップ・カン・ゴタンダ
翻 訳    吉原 豊司
演 出    貝山 武久
美 術    滝  善光
振付・ステージング 高橋 広司
舞台監督  関  裕麻
制 作    メーブルリーフ・シアター

[キャスト]
紳山 寛(イッタ・マツモト)
古川 慎(父ちゃん/友人のカツ)
田畑ゆり(母ちゃん/ミチコ)
高橋広司(モー兄ちゃん)
積 圭祐(イッタの青年時代/ロバート)
堀田淳之輔(ジェフリー)
大森暢子(ミチコの若い時代)
滝浦文隆(イッタの少年時代)
ダニエラ・ムドリアク(ダンサー; ジョー)
ソフィ・ユリ・ギャレ(ダンサー; コーラ)
マイケル・ネイシュタット(牧師・軍人)

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5. 日系アメリカ人初の劇作家 フィリップ・カン・ゴタンダ
 フィリップ・カン・ゴタンダはサンフランシスコ在住の日系アメリカ人三世である。典型的日本人の容姿を持って白人社会に生まれたゴタンダの胸中には、子供の頃から、「自分は一体なにものなのだろうか?」という疑問がくすぶっていた。生まれ故郷のサンフランシスコではアジア人として蔑視され、かといって日本へ行っても、もうひとつ居心地がよくない。自分はアメリカ人なのだろうか、それとも日本人なのだろうか? そんな自問自答を繰り返しながら、確たる帰属先を見つけられないままに成人した自分を、ゴタンダは「根なし草」 ("Floating Weeds")に喩えている。ここ二十年に亘るゴタンダの劇作活動に通底するテーマは、「自分の居場所探し、アイデンティティーの模索」である。
 ゴタンダの戯曲は当初、イースト・ウエスト・プレーヤーズ、アジア・アメリカ劇場など米国西海岸のアジア系劇場を中心に上演されていたが、いまや上演の輪は北米全土に広がり、ボストンのハンチングトン劇場、ニューヨークのマーク・テーパー・フォーラムなどの名門劇場が競って上演している。フィリップ・ゴタンダはアメリカ演劇の裾野拡大に一方ならぬ貢献をしたと評される所以である。
 ゴタンダの評価は国際的にも高い。ロンドンでは昨年「ヤチヨのバラード」("Ballard of Yachiyo")が上演され、今年は新作「根なし草」("Floating Weeds")の上演が企画されている。また、日本では手織座が一昨年「ウォッシユ」("Wash")を上演、今回のメープルリーフ・シアターによる「太公望のひとりごと」("A Song for a Nisei Fisherman")はゴタンダ作品日本上演の第二弾となる。
 ゴタンダは、また、映画人でもあり、その作品は世界各地の映画祭で上演されている。自ら台本を書き演出を行った最新作「おいしい人生」("Life Tastes Good")は、サンダンス・フィルム・フェスティバル、ダブリン・フィルム・フェスティバルで好評裡に上映され、近日中に一般公開が予定されている。
 演劇・映画を通じてみられるゴタンダ作品の特徴は、自らに固有な世界を自らに固有な手法で描き出す点にある。アメリカ西海岸に住む東洋系アメリカ人をテーマにしたその作品群は、たとえ人種的マイノリティー・グループに属する人間であっても、自らのルーツを深く見詰め、自らの声で発言することにより、その作品を普遍性の高みに昇華しうることを実証していると言えよう。

2003年9月、於バンクーバ      吉原 豊司

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6. 感 想
 高橋広司君が出演し、ダンスの振り付けもすると聞いて、千石(都営地下鉄三田線)にある三百人劇場へ見に行きました。メーブルリーフ・シアターの劇は初めてですがシナリオ・演出が良いせいか、楽しく見ることができました。勿論、内容はシリアスで戦争中の二・三世の苦労が忍ばれます。「太公望のひとりごと」という題もとても良かったと思います。
 高橋広司君は中堅の役を、力演していました。
 次の観劇(文学座の「リチャード三世」)のとき、三軒茶屋・渋谷間の地下鉄内で、高橋広司君と翻訳の吉原 豊司氏に偶然お目に掛かりました。

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[Last Updated 11/30/2003]