「恐怖時代」


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    目 次

1. ものがたりと配役
2. キャストとスタッフ
3. 演出・井上尊晶インタビュー
4. 感 想

1. ものがたりと配役(出典 感想を除き、すべて上演当日のプログラム)
 江戸深川辺にある大名・春藤家の広大な下屋敷。夜。太守の側室お銀の方(浅丘ルリ子)と女中梅野(夏木マリ)が、人待ち顔で誰やら忍んで来るのを待っている様子。
 やってきたのは家老職の春藤靭負(しゅんどうゆきえ: 西岡徳馬)である。慇懃(いんぎん)な物腰とは裏腹に、いかにも奸智(かんち)にたけた男らしく、馴れ馴れしくお銀の方に戯れ言を使い、ふてぶてしく含み笑いをしながら、梅野を間にはさんで、お銀の方と何やら謀り事をめぐらしているらしい。
 実はお銀の方の素性というのも尋常ではないのだ。いまでこそ大名の側室におさまっているものの、もとはといえば女郎上がり。その類まれな美貌の中にどこかあだっぼく、男の気をそそるなまめかしい風情があるのもそのためだ。
そして、家中でそのことを知っているのは靭負とその他にもう一人、春藤家出入りの医師細井玄沢(げんたく: 大門伍朗)の二人だけなのだ。殿様の寵愛を一身に受けているお銀の方は、もともと靭負の口ききでお屋敷にあがったのだが、その後は、靭負との仲がふっつりと切れていたものを、ついこの間からよりが戻り、共に謀ってお家を傾ける密談を交わしている。懐妊中の奥方を、お腹の中の嫡子(ちゃくし)ともども殺して、お家を乗っ取ろうというのだ。
 まず始めに色好みで欲深な玄沢を呼び寄せ、巧みな口説と手練手管をあやなしてだまし込み、首尾よく秘伝の毒薬を手に入れる。殿との間に八年前にできた若君照千代様は其方の子じゃ、靭負殿を殺して二人でお家を横領しよう、と持ちかけられて、毒薬をうかうかと渡してしまった玄沢が、よい心持ちで重ねる杯の中に、渡したばかりの毒薬が……。恐ろしい有様で悶絶する玄沢を、ひややかに、につこりとお銀の方が見つめている。(第一幕第一場)

梅野に召し出されて奥御殿の長廊下を娘のお由良(おゆら: 三船美住)とやつてきたお茶坊主の珍斎(ちんさい: 木場勝己)は、人並みはずれた臆病者。夜更けてからの急のお召しが何やら恐ろしくて心もすくむばかりである。
するとそこへ奥の間から人の呻く声が聞こえてくる。おびえて縮みあがる珍斎に、お由良は謀叛の企みを告げて、奥方に毒を盛るのが父さんの役回り、お家のためを思ったら、表向きはそれに従うふりをして、一味を密告したがよいと、娘らしい一途さから父親に意見するが、聞き入れられず、せめて証拠の品を盗んでいこうとして、ひそんでいた梅野に無残に殺されてしまう。蚊帳の中から血しぶきに染まってお由良のむごたらしい死骸が……。(第一幕第二場)

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 さて、奥方の御膳に怪しまれずに毒を盛る役目にはうってつけの珍斎だが、心配なのはその度はずれた臆病さ加減である。ただ脅しあげて承知させるのでは、いつまた命惜しさに裏切りをするやも知れず、梅野にひつたてられてブルブル震えている珍斎を、三人がかりで骨の髄までさんざん脅しいたぶった揚句、珍斎の必死の嘆願を聞き入れて、思惑どおり役目を押し付け不気味に哄うお銀の方、梅野、靭負。三人三様に気味悪く互いに額を見合わせてにつこりする。(第一幕第三場)

百合の花が一面に咲き乱れる奥庭のはずれに、太守寵愛のうら若きお小姓磯貝伊織之介(いそがいいおりのすけ: MAKOTO)がひそんでいる。この前髪姿の、妖艶な美少年は、着物姿もなまめかしく、女のような優しい口の利き方をする癖のあるのが、何となく油断のならない感じを与える。
酒宴の席を抜け出してきた梅野が、甘えるように伊織之介に寄り添う。実は、この二人、梅野の方が十も年上ながら、お銀の方の許しを得て、深い間柄なのである。たがいに嬌態(きょうたい)を示しながら、梅野がお銀の方の頼みを伊織之介に告げる。日々、酒宴にふけり、残虐で血を好む太守(保村大和)の乱行ぶりを諌めるために先だって国表(くにおもて)から出府(しゅっぷ)してきた二人の屈強の武芸者、氏家と菅沼が、今日の酒宴に割って入り、命を捨てて殿をお諌(いさ)め申すと相談していたらしい。何かにつけて謀叛(むほん)の邪魔になるこの二人に、その席上でわざと喧嘩をふっかけ、御前(ごぜん)試合にこと寄せて殺してしまおうというのだ。
 伊織之介が自信ありげに頼みを引き受けるところへ、お銀の方があらわれ、梅野を去らせると、伊織之介をうっとりと見詰めて陶然とする。実はお銀の方も伊織之介の美貌を愛でて、ただの関係ではないのだ。
 そこへあわただしく珍斎が駆け込んで大事を告げる。氏家(横田栄司)、菅沼(高橋広司)の二人が酒席に踏み込んで太守に諌言(かんげん)し、怒って二人を手打ちにしようとした太守をあべこべにとりおさえ、居丈高(いたけだか)に意見を並び上げているという。これで両人の命は貰ったも同然と伊織之介はほくそ笑むのだったが……。(第二幕第一場)

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 大広間では侍衆や腰元たちを前にして、氏家に腕を取られた太守が、満面に怒気を含みながら、自刃を引っさげて自分の席に突っ立っている。二人は忠義にこりかたまって様々に太守へのいましめをいいつのり、お家に仇(あだ)なす毒虫お銀の方の命を貰いたいと息巻くが、意外なことに太守は静かに言い放つ。
「お銀を殺すくらいなら、余が寿命を縮めてくれい。」
 そこに伊織之介があらわれ、この座のおなぐさみにと、二人に真剣勝負を願い出る。はじめは誰も信用しなかった伊織之介の、あっという間に荒武者二人をなぎ倒した凄腕を見て、狂喜する太守の眼に、またぞろ怪しい光が輝き出した。女ながら武芸達者な梅野に、伊織之介との勝負を命じたのだ。度を失って逃げ惑う梅野を、伊織之介は平然と切り殺す。
 そこへ奥方が何者かに毒殺されたという知らせがもたらされた。皆が驚いて駆け去ったあと、お銀の方と伊織之介の密通を立ち聞きしていた靭負もまた、伊織之介に切り倒される。珍斎の自白によって悪事はすべて露見、太守も血祭りにあげて、お銀の方と伊織之介は互いにさし殺して折り重なるように倒れふす。(第二幕第二場)

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2. スタッフ
作……………………谷崎潤一郎
オリジナル演出………蜷川幸雄
演 出………………井上尊晶
装 置………………朝倉 摂
バンド・メンバー
 キーボード……… 八木淳太
 ドラム…………… 松山 修
 ベース……………早川哲也

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3. 演出・井上尊晶インタビュー  谷田尚子
◆『恐怖時代』の初演は18年前、演出は井上さんの師匠である蜷川幸雄氏でした。今回の再演に当たっては、蜷川演出を踏襲するとの前提があったと伺っています。
 そうですね。ただ、僕は18年前の初演の現場にはいなかったんですね。谷崎の戯曲を読んで、ヴィデオを観て、そこから作っていかなきやいけない。それに、演出を含めた焼き直しって珍しいことだから、どこまで焼き直すべきなんだろうと、僕もいろいろ悩むところではあるんです。俳優さんも初演とはほとんど替わって、違うこともやりたいと思っているだろうし、そこのバランスがとても難しいですね。

◆初演のヴィデオをご覧になっての感想は、いかがですか。
 いやあ、こんなド派手にやっていたんだ、と(笑)。ストーリーはシンプルで、ただ人を殺していくだけなんですよ。そこを蜷川さんは美学で押している。弦楽六重奏の音楽、絢爛豪華なアールデコのセットや百合畑とか、目を奪われるぐらい美しい。その上、最後に腸が出てきたりして、結構、ハチヤメチヤなことをやっているんですよね。

◆そういう美術は踏襲しつつ。
そうですね。だから僕にとっては、ゼロからのスタートではないんです。そこがまた難しい。例えば、オーソドックスにゆけば、セットは御殿のはずでしょう。それがハーフミラーやアールデコになつているのには、次元とか時代を超えた何かが念頭にあってのことなんですよね。だから僕はまず、そのレベルにまで意識がいかなきやいけないんです。そしてその過程の中で、自分がどうやりたいのかが見えてくるんだろうなと思うんですよ。

◆決められた土俵に立つというのは難しい課題であると。
 そこであがいていますね。今日で稽古10日めですが、今、変えているのは音楽と、オープニングを少し。閉ざされた世界と外界を隔てるのに、雨戸が緞帳になっているんですが、どう開けてゆけは、日常の世界から物語の世界へ行けるかなと考えているところです。

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◆谷崎潤一郎の戯曲については、いかがですか。
 言葉がねぇ、語尾が字余りなんですね。「お待ちください」と言えばいいものを、「お待ちくださいなさいませ」と、少し余計な装飾がついている(笑)。俳優はみんな苦労していますね。
 これは大名屋敷の中で殺戦が繰り返されていくという話。無理矢理こじつけるつもりは毛頭ないんですが、やはりオウムとか監禁事件を連想するんですね。外とのつながりのない世界に閉じこもっている人びとは、逆に結構、大胆に血なまぐさい陰惨なことをやっているな、と。

◆どこに面白味を感じられましたか。
 そうですね、お家騒動は単なる材料に過ぎないんです。一歩間違えれば殺されるというぎりぎりのところで、男と女が恋愛をしている面白さはありますね。死をもいとわない恋愛なんて、今の世の中じゃ、自分自身もそうだけど、なかなか見つけられないですよね。だからこそ、芝居の世界では観てみたいという気にもなるんです。谷崎も書きな潜ら、覗きながら楽しんでいたんじゃないかな。そういう男女の絡みがしっかり見える芝居にしたいなと思っていますね。

蜷川さんとの関係は・・・・・・。
 出逢ったのは87年かな、僕が高三の時でした。芝居をしたいと言う僕を、知り合いが蜷川さんの稽古場に連れて行ってくれたんです。英国のナショナル・シアターに行くため、『NINAGAWAマクベス』と『王女メディア』の稽古をしていました。その時、蜷川さんと話をして、芝居というよりは蜷川さんの魅力に引き込まれたんですね(笑)。とりあえず高校を卒業して、田舎から上京してきました。
 その頃って、もう灰皿は飛ばない時代でした(笑)。たまたまスタッフも少なくて、電話なんかでも結構、話をしてもらっていましたね。「あれを読め」とかよく言われて、戯曲や小説をいっぱい読みました。蜷川さんは、何だろう、新しいものが好きで、負けず嫌いなところがあるんですよ。僕がちょっと知ったかぶりをすると、「じゃあ、これはどうだ!」なんて言ってくる。僕が読んだ本を読んでいなかったりすると、もっと先へ先へ進もうとする。僕なんかが「良い」というものもすぐさまキャッチして、自分のものにしてしまうんですから、そのパワーはすごいなと思いますね。
 僕が24〜25歳の時、『血の婚礼』という作品で演出助手になりました。上の人たちがどんとん巣立っていって、必然的にそのポジションになってしまったんでずが、もうすぐ15年になります。蜷川さんの横に付いていて分かるのは、まず何より頭の回転が速い人ですね。本を読む力というか、解き方とかジャッジが速い。それと、けなしたり怒ったりと激しい人ですが、根本のところでは人を信じているというか、愛しているというか、そういう気持ちが他の人より強いんだと思うんです。すごく信用していないと要求できないようなことを、要求している。人を信じるって口では簡単に言えますが、なかなか出来ないことですよね。つくづく愛がある人だなと思います。

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4. 感 想
 谷崎潤一郎が戯曲を作っていることは知らなかったのですが、彼らしい作品といえるのでしょうか。登場人物のほとんどが死ぬという暗い話です。モダンな装置の朝倉摂さんのセットや、生の音楽など、新しい面もあります。蜷川幸雄のオリジナル演出として多少見所もありますが、今一つというところでしょうか。
 高橋広司君は中堅の役を、そつなくこなしていました。

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[Last Updated 3/31/2003]