伊豆の長八美術館
土が綾なす芸術の息吹き

写真(長八美術館)
長八美術館(正面)

所在地 静岡県賀茂郡松崎町松崎23 TEL. 0558-42-2540
開館時間 午前9時〜午後5時(年中無休)
入場料 大人500円 子供250円

「趣味」の目次に戻る

トップページに戻る

総目次に戻る

「美術」の目次に戻る

         目  次

1. 日本随一の漆喰(しっくい)芸術の美術舘
2. 現代左官技能の粋くをつくして…
3. 鏝(こて)と漆喰(しっく)いの芸術家 伊豆の長八
4. 過去と現在が交錯する ポストモダン
5. 第10回吉田五十八賞に輝く
6. 西伊豆・松崎

1. 日本随一の漆喰(しっくい)芸術の美術舘
 「伊豆の長八は江戸の左官として前後に比類ない名人であった。浅草の展覧会で長八の魚づくしの図のついたての出品があったことを覚えている。殊に図取りといい、こて先の働きなどは巧みなもので、私はここでいかにも長八が名人であることを知った」。−高村光雲
 長八の漆喰鏝絵は西洋のフレスコに優るとも劣らない壁画技術として、芸術界でも高く評価されています。
 両者は共に漆喰の湿材上に図絵する技法で、フレスコは漆喰面と顔料溶液との化学的融合により堅固な画面を作り出すのに対して、長八は特殊な方法で下地を作り、色彩を自由に駆使する鏝画で、薄肉彫刻を併用する長所があります。この様に貴重な長八の代表作品約七十点を二棟の展示館に集めました。

2. 現代左官技能の粋くをつくして…
 わが国左官技術の進歩発展は、時代に即応して変化いたしており、昔日の漆喰彫刻は、わが国の独特なる左官の特技であります。
 長八美術館を建設するに当たり、(社)日本左官業組合連合会の全面的なご賛同をいただき、建物に古来の左官技術と現代の新工法を調和させて左官工法の変遷を表し、左官技能の粋を集めた画期的な建物にするため、長八の神技を継承する優能なる技能者が全国から集まり、この左官施工を行ないました。現代の左官技能の粋をつくしこの偉大なる長八の業績を後世に伝えるものです。

目次に戻る

3. 鏝(こて)と漆喰(しっく)いの芸術家 伊豆の長八
 入江長八は天祐又は乾道と号し、文化12年8月5日(1815年)伊豆国松崎村明地に生まれました。父は兵助、母はてごといって貧しい農家の長男でした。生来の手先きの器用さに将来は腕をもって身をたてようと志し、12才のとき同村の左官棟梁関仁助のもとに弟子入りし19才のとき、青雲の志やみ難く江戸へ出て絵を狩野派の喜多武清に学びました。
 かたわら彫塑の技を修めてこれを左官の業に応用し、漆喰を以て絵を画き或は彫塑して華麗な色彩を施し、新機軸をひらいてついに長八独特の芸術を完成しました。
 日本橋茅場町の不動堂再建にあたっては、当時26才の長八は選ばれて表口御拝柱の製作にあたり、左右の柱に見るからに風を巻き雲を呼ぶかと思われる一対の龍を描き上げて、一躍名人として名声を博しました。
 浅草観音堂、目黒祐天寺、成田不動尊など各地に名作を残し、鏝で伊豆長が日本一と全国にその名を讃われました。しかし関東大震災において東京の遺作はほとんど焼失し、この長八美術館に展示するもののほかは、現在では三島の龍沢寺、郷里松崎の浄感寺、春城院、重文岩科学校などにその遺香をとどめるのみとなりました。

4. 過去と現在が交錯する ポストモダン
 長八美術館生みの親、石山修武氏(建築家)は、この町との出あいを「奇跡的な出あいでした」と話しています。「伊豆松崎出身の入江長八という鏝と漆喰の名人職人を知り、建築家として伝統の左官技術のすばらしさを一般の人に知ってもらいたい…。」その心が松崎町活性化事業と共鳴し、長八美術館が誕生しました。数多くの優能な技術者が全国から集まり、伝統の左官技術を生かした建物のあらゆる場所には、その左官の芸がちりばめられており、同美術館は「江戸と21世紀を融合させた建物」として今では、世界的な建築物として注目されています。

目次に戻る

5. 第10回吉田五十八賞に輝く
 長八美術館を設計した石山修武氏は、同美術館が受賞の対象となり、建築界の芥川賞といわれる「吉田五十人賞」を受賞しました。このことは、建設に参加した多くの左官職人の持つ古来より受け継いだ技術と、新しい工法が実証されたものであり、職人の職人による職人のための美術館、その技術の粋を結集した建築が広く認められたものと言えましょう。
 <左官仕上内容>▽外壁=カラロール∇外部腰=なまこ壁▽庭外部壁=土佐漆喰▽外部幅木=人造石流出▽正面入口壁=アートレリボ▽内部天井=白い壁、サンアート▽内部壁=前同▽丸柱=リシン掻落しクリヤー∇通路床=五色石及び玉石植込み▽ドーム天井=天井漆喰彫刻
(出典 同美術館発行のパンフレット)

6. 西伊豆・松崎
浮き上がる名工の魂 職人文化くっきり 江戸期に思いはせる なまこ壁・こて絵

 熱海や伊東などの大温泉街を抱える東伊豆とは対照的に、素朴で静かなたたずまいが続く西伊豆。その南部に位置する松崎町は、ところどころになまこ壁が見られ、江戸時代の風情を今に残すとともに漆喰(しっくい)細工であるこて絵の創始者、入江長八(1815-1889)の出身地としても知られる。温泉や海産物の楽しみとはひと味違った伊豆の旅もいいと思い、海辺の小さな町を訪ねた。
 バスを降りて町の中心を流れる那賀川沿いに進むと、川を隔てた両側になまこ壁の建物がいくつも目に留まった。土蔵や塀などに白い菱形(ひしがた)文様がくっきりと浮かび上がり、江戸時代にタイムスリップしたかのようだ。背後の山にはうっすらともやがかかり、木々の緑となまこ壁の白のコントラストが美しい。人影もまばらで、ゆったりと静かな時間が流れ、何とも心地よい。
 なまこ壁は瓦のつなぎ目を漆喰で固めたもの。漆喰の型がナマコに似ていることからこの名がついた。松崎には旧家が多く、町内だけでなまこ壁は二百八カ所残っているという。

目次に戻る

 明治期の呉服問屋である中瀬邸は二階建てで、外壁一面がなまこ壁で彩られ、何とも荘厳。離れに足を運ぶと漆喰に使う道具、漆喰細工などが展示されていて興味深い。ふと目に留まったのが「仁義礼智信」と書かれた一枚の瓦。「仁、義、礼、智、信のすベてが建てられた家に宿るようにという意味です」と、案内してくれた伊豆長八作品保存会会長の関賢助さん(68)。当時の職人の心意気を感じるとともに、昔は町全体がなまこ壁で彩られ、栄華を誇ったのだろうと思いをはせた。
            □    □    □    □
 中瀬邸を出てなまこ壁をあしらった欄干があるときわ大橋を渡り、なまこ壁通りを抜けて向かった先は「伊豆の長八美術館」。入江長八は江戸で狩野派の絵を学び、左官をなりわいとしながら漆喰を芸術の域にまで高めた。町民の誇りとなっている。展示作品のひとつ、「龍」は尾から正面を向いた顔に向かうに従って漆喰の盛り上がりが高くなっており、飛び出てきそうな迫力がある。「遠近法を取り入れたもので、非常に高度な技術です」。自身も左官職人である関さんの言葉にうなずいた。
 立体画とでも呼んだらいいのだろうか。浮世絵や油絵などとは違った趣にすっかり魅せられてしまった。長八の作品は江戸にも多くあったが関東大震災で焼失してしまい、今は松崎以外ではあまり目にすることができない。長八作品が残っている寺や民家もあり、生活の中にしっかりと漆喰芸術が息づいているのだ。
 町内で唯一、長八が外壁に施したこて絵が残っている旅館があると聞き、「山光荘」を訪ねた。漫画家、つげ義春もその絵に魅せられ、この旅館をモデルに「長八の宿」という作品を描いている。宿泊客でもないのに「どうぞご覧ください」と見せてもらうことになり、恐縮した。
 こて絵が残るのは土蔵を宿泊できるようにした「長八の間」。二階の窓から身を乗り出すと、窓を取り囲むこて絵が目に飛び込んできた。頭上のひさしの裏には青竜、左石の壁には白虎。竜はからだをうねらせ、躍動感にあふれている。白虎は毛の一本一本まで丁寧に描かれており、生きているかのようだ。

目次に戻る

           □    □    □    □
 「今から二十年ほど前、松崎一帯に大きな地震があって、周りの土蔵は崩れたのですが、この蔵だけはびくともしなかったんです。長八さんのこて絵が守り神となっているのですかねえ」と女将の飯田昌子さん(77)。そういえば青竜や白虎は天の四方をつかさどる四神。なるほど、そうかもしれないと納得した。
 そろそろ夕方に近づいた。
 実は松崎には「二十五時」と呼ばれる時刻がある。たそがれの満潮時、那賀川の流れと海水が河口付近でぶつかり合い、川の流れが一瞬止まる。
 静止した水面に町並みが映り、時間が止まったような感覚におそわれるという。
 あいにくバスの時間が迫っていたので「二十五時」に遭遇することはできなかったが、なまこ壁とこて絵を見ながら、そんな時間に身を委ねるのは何ともぜいたくなことだろう。そう思いながら、町を後にした。   (芳)
           □    □    □    □
旅支度 製作体験コーナーも

 松崎へは新幹線熱海駅から伊豆急行で下田駅まで1時間30分、下田からバスで50分。特急「踊り子号」を利用する場合は東京から蓮台寺駅まで2時間40分、連台寺からバスで35分。
 中瀬邸(電0558・43・0587)はバスターミナルから徒歩五分。入場料百円。こて絵の実演コーナーもある。 伊豆の長八美術館(電0558・42・2540)は入揚料五百円。7月20日から8月31日まで漆喰こて絵制作体験コーナー(一人千円)を実施。いずれも無休。
 明治初期の建造物で、長八が欄間に138羽の鶴を描いた国の重要指定文化財、岩科学校(電0558・42・2675)なども見所。観光の問い合わせは松崎町観光協会(電0558・42・0745)へ。
(出典 日経新聞 2002.7.10 夕刊)

目次に戻る

美術」の目次に戻る

「趣味」の目次に戻る

トップページに戻る

総目次に戻る

[Last Updated 9/30/ 2002]