うそつきは泥棒のはじまり



書名にウソという字が入っている本は、どうもうそくさい。しかし、掛谷英紀『学者のウソ』は例外だった。

まず、5つの実例を紹介している。住基ネット論争、ゆとり教育、ダム論争、第5世代コンピュータ、少子化論争。そして実例の中にある真実を暴いていく。

たとえば、「教育論における専門バカ」の項では、
発想力のようなものだけを価値ある個性と考え、基本的な学力あるいは地道な仕事をこなす能力を個性と認めていないのである。しかし、仕事の現場では、発想力以外にもさまざまな個性の持ち主を必要とするのである。そして、その種の個性は、数学や理科の学力にせよ、デッサン力にせよ、マーケティング力にせよ、よほどの天才でない限り、放置すれば身につくものではなく、それなりの体系的教育を必要とするものである。ところが、ゆとり教育論者は、放っておけば、子供たちはみんな自分の興味のある分野を自主的に勉強すると考え、そういう教育メニューを用意しなかった。(p34)
ここで教育論議をしたいわけではないので、専門バカに焦点を当てよう。
専門的話題のみに知識や興味が集中すると、それが世界のすべてであるように錯覚してしまうことがある。その結果、自らの専門知識が社会とどう結びつくかという点について、十分な判断ができなくなるのである。(p25)
こういう人を専門バカと著者は定義しているが、私はこれをオタクと呼ぶ。そして彼らを尊敬する。ただ、その活用法が間違っているだけだ。ジェネラリストに問題があるから、その利点が生きず、欠点ばかりが目についてしまう。それを助長しているのがマスメディアなんだろうけど。

「科学・技術と人間・社会との関係に関してしっかりした洞察の力をつけさせる」理科教育の必要性は、むかしから指摘されている。そこで小話をひとつ。
学生: 先生、あなたは専門バカだ。
教授: そうかもしれない。だが、君たちはただのバカじゃないか。
「少子化」ということばを聞くだけでむかついてしまうのだが、掛谷は赤川学『子供が減って何が悪いか!』を引き合いに出す。そしてこの本に対する反応を「徹底して無視」、「言い訳」、「開き直り」の3パターンに分けて紹介し、学会ぐるみで間違った情報を発信しつづけていると指摘する。これが女性学の特異性であると。

こういう実例を示したうえで、第2章「本来の学問」で学者のモラル低下について考察し、第3章「学歴エリート社会の罠」でその理由を探っていく。そして第4章「うそを見破る手立て」で処方箋を示す。掛谷は具体性のある提案を行っている第4章を自慢しているが、私は第3章が本書の核心部だと思う。

そこでは、マスコミ、学界、役所、産業界で活躍する学歴エリートをばっさり切っている。山田昌弘『希望格差社会』では学者をめざすエリートをフリーターに見立て、フェミニストはエリート共稼ぎ世帯を弱者扱いすると。

それをマスコミ・エリートがあおるものだから、母子家庭への児童扶養手当が減額され、配偶者特別控除は廃止された。
社会格差の拡大が問題となっているが、それに付随して、自らの属する階層以外の人と接する機会が少なくなりつつある。それにより、自分の属する階層以外の現実が見えにくくなっている。つまり、自らの階層の利益拡大イコール社会全体の利益拡大と錯覚してしまいやすい社会構造が生まれている。そのため、悪意はないのに結果として自らの属する階層のみを利する利己的な主張を、社会正義であると本気で信じているケースもまま見受けられる。(p162)
最近、倫理教育の必要性が叫ばれている。だが、あれだけ武士道をたたえる本が売れたにもかかわらず、それを実行するエリートが増えたとは聞いていない。

倫理の破綻は、戦後の個人主義の流れではぐくまれ、近年のアメリカ一辺倒で加速されたものだろう。しかしルーツをたどると、西郷の下野までさかのぼる。
どんなに方法や制度のことを論じようとも、人物こそ第一の宝である、我々はみな人物になるよう心がけなくてはならない。
という徳治主義をとなえる西郷は、明治政府に受け入れられなかった。それ以降立身出世ばかりで、人物を重んじる風土が根づかなかった。その中間報告が漱石の『坊っちゃん』なわけだが。

掛谷は、目的と手段を混同させる論法を批判する。これは戦術と言い換えてもいい。
男女共同参画における隠れ目的は、エリート女性、さらにはエリート夫婦の利益の最大化である。保育所に対する公的支援の充実、共働きに有利な税制、アファーマティブアクションなどのエリート女性に有利な制度がそのための手段にある。もちろん、これらの手段の隠れ目的を公にしては、世論の同意は得られない。そこで、誰もが反対できない男女平等を「理念」として立てる。そして、自らの支持する政策に反対する人に対しては、男女平等の理念に反対する差別主義者であるとのレッテルを貼るのである。(p211)
ここまで正直に書いてしまう人も珍しい。本当のことを言うと嫌われる。私は、野暮とだけ申し上げておきましょう。
  • 学者のウソ 掛谷英紀 ソフトバンククリエイティブ 2007 ソフトバンク新書 NDC002 \700+tax

(2007-08-27)