Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第136夜

温故知新




 最近、変化球が多いような気もするが、あまり気にせずに論を進めることにする。
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今回は歴史と方言。


 地名は、はまったら抜けられないと評する人がいるくらいで、かなり奥が深いらしい。
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 字面だけが残っていて由来が忘れられていたり、読み方が変わってしまっていたり
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する。なにやら深い意味のありそうな字が並んでいるので追求していったら実は単な
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る当て字だった、とかいう話も山ほどある。
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 「大坂」から「大阪」と読み方は同じで字の方が変わったりする、「二荒 (ふたら)」
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が「にこう」、更に「日光」という具合に字も音も変わってしまうこともある。地価の境
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目であるところの「白河」も文書によっては「白川」と書いてあったりするらしい。岩手
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の「紫波町 (しわちょう)」と宮城の「志波姫町 (しわひめちょう)」の間には何の関係も
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無いのだろうか。
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 この辺、音声データが残ってなくて、稀に研究が行き詰まることのある方言と似て
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いるといえば似ている。


 秋田市に、楢山 (ならやま) 末無町という古い町名がある。1600 初頭に作られた
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町だそうだが、市街地のはしっこで、もうこの先に町はないよ、という意味らしい。確
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かに、当時の中心である久保田城 (*1) からは歩けば 30〜40 分ほどもかかる。
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 これは珍しい方かもしれないが、「米町」「鉄砲町」「鍛治町」なんてのはどこでもあ
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った (る?) であろう。そういう店が多く並んでいた場所である。
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「茶町」というのもあった。佐竹氏が秋田に転封されて来た頃 (つまり末無町ができた
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頃)、茶・砂糖・紙・綿・傘など、「荒物」と呼ばれるものを扱う商人を一個所に集めた。
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そこが「茶町」。ここから転じて、食べ物の甘みが足りないことを「茶町が遠い」と言うよ
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うになったそうである。おそらく「ちゃまぢ とぎな」というような発音だったと思う。
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 勿論、茶町という行政区画はとっくに無いし、「茶町が遠い」という表現を使っている
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人を見たことはない。


 300 年ほど時代が下がって、幕末、戊辰戦争に話を移す。
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 秋田藩の役人が由利方面に出征してきた。が、これが権力を振り回して横暴の限りを
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尽したらしい。
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 そこから転じて、由利の沿岸部では、駄々をこねる子供を、「秋田の役人みでだ」と言
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ってたしなめたのだそうだ。
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 秋田云々はともかく、このフレーズは今でも使えるのではないか。「霞ヶ関の人間みた
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いだ」「永田町の人間みたいだ」てな感じで。幸か不幸か「山王 (*2) の人間みたいだ」とい
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う表現はないようである。


 更に時代が下がって、戦前。あるいは戦時中もそうだったかもしれない。
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 酒の製造は免許事業である。一定量をきちんと製造できないと免許が下りない。いわ
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ゆる「地ビール」のブームは、この必須製造量が小さくなったからである。
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 これは税収確保が目的らしい。そんなわけで、酒の管轄は、農産物の加工品ではある
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農水省ではなく、食料品ではあるが厚生省ではなく、大蔵省国税庁なんである。
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 密造が行われているらしい、という情報をキャッチすると、官吏が調べに来る。これを
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酒かまし」と呼んだらしい。「かます」は「かきまわす」である。
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 尤も、田舎に行くと密造なんてのは当たり前のことだったらしいから、一席設けて、そこ
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はアレですからこれでなんとかナニしてください、なんてことになっていたのではあるまい
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か。「酒かまし」の妙にのんびりした語感からそう思ったりするのだが。
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 亡き父方の祖母は名人だったそうだ。俺は呑んだことがないが。


 あぁ、もっと昔の話があった。
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 に取り上げた、いつまでも寝ない子供を脅かす「もんこ来るぞ」というフレーズだが、
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この「もんこ」を「蒙古」だと思っていた、という指摘があった。


 言い遅れたが、「茶町が遠い」「秋田の役人」の話は、秋田魁新報夕刊のコラムに書い
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てあったもの。
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 たまにこういう記事があるから侮れない。



*1:矢留 (やどめ) 城とも言う。城址は千秋公園となっている。この名前のおかげで、県
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 外の日本酒に詳しくない秋田衆は、新潟の「久保田」を秋田の酒だと思い込んでいたり
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 することがある。
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  なお「秋田城」は市北部・高清水 (たかしみず) にあった奈良時代の城を指すので注意
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 が必要。


*2:さんのう。秋田市の官庁街。県庁・県議会・市役所・市議会が揃っている。



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第137夜「漢字で書いてみよう」

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