Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第109夜

忙中寒あり




 今年は 11 月中旬にが降って、しかも珍しいことに、秋田の湘南と呼ばれる (らしい
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が未確認) 由利本荘地区にが積もった。一晩で 60cm。同じ日に秋田市で 26cm だっ
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たから、その凄さが知れようというものだ。
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 もともと、そんなにが積もる地域ではないから、住民も行政もに対する姿勢がなっ
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てないようで、ほとんどの車はノーマルタイヤだったし、自治体が行う (実際には業者に
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依頼するのだが) 除作業は全く追い付かず、JR も架線に木が倒れこんで不通、まぁ
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大騒ぎであった。
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 尤も、永年の慣れのせいか、秋田県民は一般に道を舐めているから、今でもノーマ
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ルタイヤ
をみかけることはある。積もらない限りスタッドレスには変えない、と声に出して
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いうものがいる有り様である。こういうのを、「ほじなし」とか「ばがけ」などと呼ぶ。
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 津軽では「もつけ」らしい。


 「寒い」が「さみ」「さび」であることはにも述べた。
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 「さみ」は訛りだからわかるとして、なぜ「」なのか。
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 答えは単純、似た音だからである。
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 似ている、という証拠は、鼻をつまんで「さみ」と言ってみることでも得られる。
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 と言っても、秋田衆がみな鼻炎持ちなわけではない。
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 難しく言うと "m" は鼻音、"b" は閉鎖音である。
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 "b" の音を出そうとしたときに鼻への空気の通り道を開けてやると "m" になる。逆に、
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"m" を発音するときに鼻の通路をふさいでやると "b" になるわけである。
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 やってみて欲しい。


 英語の例をあげると、"n" で終わる単語要素 (接頭辞など) を "b/p/m" で始まる単語
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要素にくっつけると "n" が "m" になる、という現象がある。
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 たとえば、「同じ」「一緒」という意味の接頭辞 "syn-" を使った単語は、「音を合成する
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機械」であれば "synthesizer"、「同調」させるのであれば "synchronize" だが、「対称」は
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"symmetry" であり、同じものを示す記号は "symbol" である。
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 "n" は本来、舌の奥を閉鎖すれば口の形はどうなっていても発音できる音だが、"b/p/m"
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を発音するときには唇を閉じる必要があり、それに引きずられて "m" になってしまう、と
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いうことであろう。
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 話が長くなった。"b" と "m" の類似を言いたかっただけである。


 いきなり「なぼさび」と書くと、なんじゃそりゃ、と思われるかもしれない。が、「さび」が
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「寒い」であることはもうわかっているから、後は「なぼ」を解決すればよい。
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 「なぼ」も、東北に限らず広く使われているから、「何(なん)ぼ」であることはすぐにわ
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かるであろう。訳は「なんて寒いんだろう」である。
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 なお、「なんぼ」は「何ほど」の変化であって、「なんも」の訛ったものではない。
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 この「なんぼ」は「いくら」と交換可能な単語だが、かなり守備範囲が広い。


 次は「このさびに」。
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 「この」「さび」と分解する。もう知っている単語ばかりであろう。
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 そうでもない ? 「」がちょっと難しいか。
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 これは「のに」に相当する。
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 つまり、「この寒いのに」という意味である。
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 「のに」の「の」が脱落した形は、形容詞句でしか使われない。「言えばやるのに」と
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いう場合、「*やるに」とは言えない。
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 「言えばやるのに」に相当するのは、「言えばやる」という、後に何もつかない形であ
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ろうが、これはちょっと口調が強いと受け取られる可能性がある。「言えばやるでば
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は「言えばやるってば」に対応する形である。「やるでに」「やるづに」という形もあるが、
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これの原型は「やるっていうのに」だと思われる。


 義弟に聞いた話なのだが、北秋田郡(注)方面での A ターン (「U ターン就職」に秋田
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県がつけたキャッチフレーズ) 関連のイベントで、係員が「この地方では一晩に 40cm
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が積もることがあります」と言ったら、20 人の参加者のほとんどが「え〜っ」と悲鳴
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を上げたそうな。
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 憧れだけでは暮らせないのだよ。



注:
Map of Akita Prefecture  秋田県の、北・中央部の郡。
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 右の地図ので示された地域。は秋田市。


参考
『角川新版古語辞典』(1989) 角川書店




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第110夜「秋田はナマハゲで酒が飲めるぞ」

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