Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜
第64夜
秋田で DA・DO・DA
「ど」という助詞がある。
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第三者の発言を伝えるときに使われる。
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例えば、
「太郎くん、腹へったど」
というのは、
「太郎くん、お腹すいたって」
という意味である。花子ちゃんが、太郎くんのお母さんに、太郎くんが空腹を訴えてい
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ることを報告しているような場合を考えてもらえればよい。
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ただし、
「太郎くん、『お腹すいて歩けない』だって」
というとき、
「*太郎くん、『腹へって歩げね』ど」
とは言えない。
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つまり、「他の人の発言を引用するときは『ど』は使えない」のである。
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他の人の発言を引用するときは、「だど」を使う。つまり「太郎くん、『腹へって歩げね』
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だど」となる。
ところが、耳で聞いたときに「太郎くん腹へって歩げねど」となる表現は存在する。
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話がややこしくなってきたかもしれないが、「他の人の発言を引用するときは『ど』は使
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えない」というのは、逆から見れば、「他の人の発言を引用していないのであれば『ど』が
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使える」ということでもある。
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つまり、「太郎くん腹へって歩げねど」というのが、発言の引用ではなく、ただの伝聞で
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あれば、全く問題ない。
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例文を変えればいくらかわかりやすいだろう。太郎が「腹へって歩げねよ〜」と言ったの
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を、そのままの形で伝えるのであれば、「太郎くん、『腹へって歩げねよ〜』だど」としか言
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えない。
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原因は、太郎は「よ〜」なしで「腹へって歩げね」とも言える、ということである。「腹へっ
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て歩げねど」が、「『腹へって歩げね』ど」とも「腹へって歩げねど」とも解釈できるので、や
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やこしかった、ということである。
話を整理しよう。
「ど」は、伝聞の助詞。
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「だど」は、他の人の発言を引用するときに使う
それぞれ、標準語でいう
って
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だって
と置き換えればよい。「太郎くん、お腹すいて歩けないって」と「太郎くん、『お腹すいて歩
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けない』だって」となる。
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初めっからこう言えばよかったのだな。
敢えてもう1回、話をややこしくするなら、「太郎くん、腹へって歩げねんだど」と「ん」が入
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ると、それは伝聞であって引用ではない。「太郎くん、お腹すいて歩けないんだって」と同
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じである。
ここで、秋田弁独自の表現が参入してくると、話はもっと複雑になる。
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「ねふてんだと」と「ねふてあんだと」と、2つの表現がある。どちらも、眠いと感じている
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人がいる、ということを説明しているのだが、さて、違いはなんだろう?
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これはきっと、ネイティブスピーカーでも頭を抱えてしまうに違いない。それほど微妙な
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差である。
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前に文を追加してみよう。
夫「(19:00。奥さんに)太郎、もう寝だのが?(太郎はもう寝たのか?)」
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妻「なんだが、ねふてんだと/ねふてあんだと(なんか眠いんだって)」
残念。これはどっちでも OK だった。
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では、後ろに追加してみよう。
妻「(子供部屋のある2階から降りてきて)なんだが、ねふてあんだと」
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夫「誰が?」
これは不自然だ。
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「〜あんだど」は、「〜んだど」と違って、伝聞は伝聞でも、理由や事情の説明に使われ
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るようだ。
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だから、「太郎、もう寝だのが?」という、「どうしてこんなに早く寝たんだ?」という疑問を
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暗に含む文が先行していれば「ねふてあんだど」でも問題はないが、誰も理由を聞いてい
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ないのに、2階から来ていきなり「ねふてあんだど」は変なのである。
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後者の例では「ねふてんだど」も変と言えば変だが、「〜んだど」は理由説明だけに使わ
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れるわけではないので、やや許容度が上がる。
そんなわけで、秋田弁独自の助詞篇。
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この前は「珍しい例」と書いたが、実は結構ありそうなのである。
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難しい話題ではあるかもしれないが、大事な問題なので、ちゃんとついてきて欲しい。
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