Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜



第770夜

OED



そして、僕は OED を読んだ (アモン・シェイ/田村幸誠、三省堂)』という本を読んだ。
OED”というのは“Oxford English Dictionary”のことで、早い話が英語の辞書である。全二十巻、著者をそれを全部、読みきったのである。そこから印象に残った単語をピックアップしてるのがこの本。
 1p 目から、“Abluvion (洗い流される物質や物)”“Acnestis (動物の肩から腰にかけての部分で、かこうと思っても手が届かないところ)”とかましてくる。そんなのに名前がついてるのか。
 載っている単語を Google につっこむと、ヒットするのは大半が辞書サイトである。しまいには英語以外のサイトに飛ばされる始末。
“lipoxeny (寄生者が宿主を見限って離れること)”という単語があって、そんなことありうるのか、と思ったが、植物学の世界では起こるらしい…という具合に雑学的にも楽しい。日本語では「宿主離脱」と言うらしい。
 ここでは方言を取り上げる。

Fornale
「お金を稼ぐ前に使ってしまう」という意味のスコットランド方言。
“for”は“forward (前へ)”“forecast (予報)”の“for”で「前」という意味の接頭辞だと思う。

Yuky
「かゆい」「好奇心旺盛な」という意味の、スコットランド・北イングランド方言。
 なんで、「かゆい」と「好奇心旺盛な」が一緒の単語なんだろう。
 で、なんて読むんだろう。「ユキー」?

Zyxt
「見る」という意味のケント方言で、二人称単数直説法現在形。原形は“zi”だそうな。“see”の親戚かしらん。
 OED に載っている最後の単語だそうである。

 とまぁ、メモしわすれてなければ、こんだけである。
 Wikitionary には“Scots verbs”というカテゴリがあるので、そこからも色々と拾えるであろう。“Fornale”と“Zyxt”は載っている。

 随分とに、英語には「おととい」「あさって」という単語はない、と書いたが、あるらしいことがわかった。
Nudiustertian おとといの
Overmorrow あさっての
 もちろん、ほとんど使われていない単語である。
“Overmorrow”は、「あした」が“tomorrow”だから割と想像はしやすいと思う。
“Nudiustertian”は、あんまり解釈に自信ないけど、「今日は三日目である」という意味のラテン語が変化したもののようだ。

 最近の心理状態では、“Opsigamy”という単語が目を引く。「人生の終盤で結婚すること」と書かれている。

 これは語釈ではないが、「エアポート・ノベル」という単語を初めて知った。空港の売店などで売られる種類の小説だそうである。軽いものを指すのかと思ったがそうではなくて、集中できない状態で読むものなので、グイグイとひきつける作品になるのだそうな。
 著者が OED を読みきりそうになった頃、次に何を読もうかと考えているときに登場する。

 語はアルファベット順に並んでいるが、一字ごとにエッセイが挿入されている。
‘N’のところには、「自分は英語をわかっているのだろうか」という自問をしてしまう話が書かれている。辞書を読む、ということは次から次へと自分が知らない単語に出くわす、ということなので、「自分の言語感覚なんてずたずたにされてしまう」らしい。そこまで追い込めるというのは凄い。
‘R’では、「北アメリカ辞書学会」に参加するときのことが書かれている。
「辞書を読むことを病的と考えない人に囲まれてみるのは楽しいだろうと思った」というのは、同人イベントに向かうアニメ オタクの心理そのもの。「OED は何度も読んだけど、最初の二、三回はね…」などと言う人がいるに違いない、などと想像している様子なんかはまさにそれ。
 実際は逆で、尊敬する編集者に会った著者は、OED を読破しようとしている、と言うと「正気の沙汰とは思えないね」と返されてガックりくる。

OEDの日本語378』という本もあるらしい。
 こういう言語接触的な話は、知的好奇心を大いに刺激してくれる。
 言葉そのものがそういう魅力を持っていると思うんだが、そう感じない人も多いのよね。「正しい日本語」教の人とかさ…。




注:この文章は、Facebook のノートに書いた文章を、ここのホームページ向けに書き直したものである。



"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第771夜「虫文」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp