Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第711夜

若者ことばのヒミツ (前)



 いわゆる「新書ブーム」が起こったのは数年前で、漫画雑誌の「アフタヌーン」が新書を出したときには相当びっくりしたが、地元の新聞社、秋田魁新報も「さきがけ選書」というシリーズを刊行し始めた。
 その第二弾が、秋田高専の準教授、桑本裕二氏の『若者ことば不思議のヒミツ』である。
 それにしても、自分も言語系の大学に行って、心理学とか経済学の教授がいたのを知っているのに、高専で言語学の教授と聞くと割と驚く。

 題名の通り、若者言葉に関する本である。広い範囲をカバーしていて、山根一眞の「変体少女文字」にまで言及しているのはさすが。
 話題を幾つか拾っていくことにする。

 若者ことばについて、「わからない」と言われるが、「わかろうとしない」のではないか、という意見には同意する。
 若者ことば叩きはおそらく、他の奴が使っている言葉が自分のと違うのが面白くない、というところに源がある。若者が年長者に従わなければならない、と思うからわかろうとする努力をしない、したがい、わからない、ということになる。
 ことばは相互理解するものだから、変わると支障をきたす、というのは先週も書いたとおりだが、現実に変わっている場合、どうするか、ということになる。変化には多くの場合、合理的な理由がある。それを否定する根拠がなければ認めざるを得ないわけで、そうして「わからない」となったとき、はたして是正するべきは後から来た方なのかどうか、ということは冷静に検討する必要がある。それがないから、単なる「若者ことば叩き」で終わり、「蟷螂の斧」になってしまうのである。

「草食系男子」は、意味はわかるが、使っている人はその背景におそらく無頓着だと思う。特にマスコミ。
 これは、女性に対して積極的でない男性を言う表現だが、こういう単語が生まれもてはやされるのは、それが特に言及するべき状況だからである。つまり、「男性は女性に対して積極的でなければならない」という前提が隠れている。そうじゃないからわざわざ新しい語を作って使うのである。
 ここに隠れている差別は、この逆の表現「肉食系女子」が「男性に対して積極的な女性」を指し、つまり、それが異例であるということの表出で、「女性が男性にモーションかけるなんてはしたない」という思い込みが隠れていると言えば、もっとわかりやすくなるかと思う。
 マスコミや言論人が自分の言うことに無頓着なのは、「若者の〜離れ」なんかで話題になっている。何かといえば「若者の〜離れ」で片付けようとする、ということへの非難はちょっとネットを回ってみると出てくる。
 たとえば「若者の書籍離れ」は良く出てくるが、じゃ壮年層が本を読んでるかと言うとそれは否である。
 そんな難しい話じゃなくて、単なる「若者叩き」なのかもしれないね。

「気持ち悪い」が「キモい」になったり、「挙動不審な様子である」が「キョドる」など、意味を決定する要素 (「悪い」「不審」) を落とす省略形について触れられている。「携帯電話」が「ケータイ」になるのとに似ているが、これで栃木方言の「だいじ」を思い出した。
 誰かにアクシデントが起こった場合に、「だいじ?」とか「だいじですか?」とか言ったりするのだが、これは「そのアクシデントは大事 (おおごと) ではありませんか?」ということから来ている。「大丈夫」の省略ではないし、まして、「それはあなたにとって大事 (だいじ) ですか?」と言っているのでもない。
 別に難しくないように聞えるかもしれないが、「車の調子が悪くってさぁ」「だいじですか」という流れでは誤解を招く可能性がある。

「マジ」に関する考察が面白い。「真面目」がもとで「本当」という意味に変化したわけだが、もともと俗語であって改まった場面では使えないものだった。今ではそんなことはない。仕事の話をしていて、まぁ流石に取締役にはいえないにしても、係長あるいは課長クラスには使えそうである。
「マジ」がそういう地位を獲得したのについて、使用頻度が高い、「マジギレ」など派生語が生まれた、「チョベリバ」や「プリン (脱色した髪が伸びて、上のほうが黒くなった状態)」のような遊び要素がない、などの理由を挙げている。

 書いてみたら、案外、長くなった。つづく。




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