Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第707夜

語源遺産 (前)



 地元の秋田魁新報に「語源遺産」に関する全面特集記事が載ったのは 2 月のことである。そのときに買う本リストに載せたのだが、このほどやっと読み終わった。帯には、NHK BS2 の「週刊ブックレビュー」で大評判、とある。『地団駄は島根で踏め 行って・見て・触れる《語源の旅》 (わぐりたかし光文社新書)』の紹介。
 新聞の全面特集、というと、ものすごい話に聞えるかもしれないが、魁は前から、日曜日に全面特集記事を連載していて、その一つがこの本だった、ということである。

 趣旨は、我々が日常的に使っている言葉の語源が、ある地域に結びついている場合があり、それを現地に行って確認する、というもの。
 例えば、書名にもなっている「地団駄」だが、これは「たたら製鉄」の足踏み式送風装置「地踏鞴 (じたたら)」のことで、その現物が島根に文化財として残されている、ということでわぐり氏が島根に赴く。その様子が紹介されている。
 したがって、必ずしも単語と地域が密接に結び付けられているわけではない (地踏鞴は島根にしかなかった、というわけではない) のだが、密接な関係のある表現もあり、中々に楽しい。
 ちなみに「たたら」からは、勢いで何歩か歩いてしまう「たたらを踏む」という表現も生まれている。
 この本に寄れば、「たたら」は高い製鉄技術を持っていたタタール民族から来た、という説もあるそうだ。魚のフライなんかにかける「タルタルソース」もこれが元だ、という説がある。なお、タタールは漢字で「韃靼」と書く。てふてふが渡る海峡である。

 たとえば、「ごり押し」の語源は俺も知っている。
「ごり」というのは川にいる魚の一種。漁のときに、板状の漁具を川底に当てながら押して行って網に追い込む。やや力ずくの漁法だが、これが「ごり押し」である。
 が、この本のすごいところは、時々、別の説を拾ってくることである。幻の漁法となっている「ごり押し」を石川まで見に行ったわぐり氏、ゴリは川底の石を押しのけて餌をとる、それが「ごり押し」なのだ、という地元の人の説を紹介している。

 別の説があるものには「埒が開かない」がある。
「埒」は「柵」のことだが、これは上加茂神社で開催される競馬会 (くらべうまえ) でコース脇に設置される柵である。
 もう一つの説は、騎手である乗尻 (のりじり) は競馬会の数ヶ月前から精進潔斎。女性との接触禁止はわかるが、奥さんの料理も食ってはいかん、というからただ事でない。一族郎党が長期間にわたって緊張を強いられる。それが競馬会とともに終了するわけだが、これを「埒が明く」と言った。「開ける」のではなく「明ける」のだ、という説。

「恙無い」は、ツツガムシに刺されることもなく無事、という意味であると一般に言われ、俺もそう書いたことがある。この本でも山形の羽黒山まで来て、ツツガムシ退治の松例祭を見に来ている。
 が、Wikipedia によれば順番が逆で、元々「恙」は病気や災厄という意味だったそうである。ただし、出典不明てな但し書きがある。
 ことしはツツガムシ病の例が多いらしい。こないだの魁に載っていた。発症初期は風邪みたいな症状だそうだが、その時点でちゃんと治療すれば大事に至らないらしいので、下腹部に虫刺されの痕があり、そういや一週間くらい前に山に行ったな、という人はすぐに医者へ。

「関の山」は、「限界。せいぜいそこまで」てな意味である。世の語源辞典には、三重県の関町にある八坂神社で行われる祭の山車 (だし) が非常に豪華で、それを越えるのは無理、ということで限界を指すようになった、と書かれているらしい。
 が、わぐり氏は、関に八坂神社がないということに気づく。実際に関に行って、ないことを確認した。その辞典がそうかは知らないが、辞書・辞典の世界には結構、孫引きとかコピーとかがあるらしい。よく確認もしないで書いてる、ってことだろうか。
 地元の人に寄れば、関は宿場町なのだが道幅の狭いところがあり、どんな金持ちでもそこを通れないような大きな山車は作れない、というのが「関の山」の語源だそうである。「車両限界」ということ。

「ゆっくり」を悪意をこめて言う「チンタラ」が鹿児島発祥だと聞いてビックリ。
 焼酎の蒸留器で、熱せられた釜が立てる音が「チン」で、そこから焼酎が垂れてくるから「タラ」、つなげて「チンタラ」。実際に「チンタラ式蒸留器」というのがあって、一日に一升が関の山だったらしいから、遅いことの代名詞になるのも当然か。
 が、これも地元の人から異説が飛び出す。もともと「チンチン」は「ゆっくり」という意味だったそうである。ノイズが多そうなのでググって裏を取る、ってことはしてない。

 というわけで、来週に続く。




"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第708夜「語源遺産 (後)」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp