Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第688夜

擬態語は衝突するか



 さて、擬態語である。
 擬音語なら元になる音があるからまだしも、擬態語は理屈で説明できない、と先週、書いた。つまり、それぞれの語形には必然性がない。言語には「恣意性」があり、そもそも必然性がないが (逆に言えば、擬音語は必然性がある稀な例ということになるが、それでもバリエーションが山ほど生じる)、この場合、方言間で容易に衝突するのではないか、と考えた。それをチラっと確認してみたい。

あだあだ
 単語は『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』の副詞のページから拾う。
 この語は「だあだど」と表記されている。旧雄和町で使われた「ゆっくり」という意味の語らしい。
 ここでは「あだあだ」でググってみた。
 さっそく山梨の「あだあだする」がヒット。浮かれて軽い調子だ、という意味らしい。
 かと思うと、島根の「あだあだする」は「ぼんやりする」だそうだ。これは「だあだど」との接点がある。

もそかそ
 これは「のろのろ」。それにしても、『秋田のことば』ってどういう基準で語順を決めてるんだろう。いや、意味が近いのが並んでるのはわかるが。
 青森の下北で「もそもそ」という意味で使われている模様。身じろぎの類ね。
 そうかと思うと、お膝元の秋田は鹿角地方で「むずがゆい」という意味で使われている。

えこらまこら
 同じく「のろのろ」。
 これは『秋田のことば』内部で似た形が見つかる。「えこらこら」で、言葉がとげとげしい様子だそうである。スーパーのレジなんかで前に並んでる人が「えこらまこら」だと、こっちの言葉もつい「えこらもこら」になったりするわけだ。
 困ったことに「えこらまこら」と「えこらもこら」は使用地域が重なっている。衝突しなかったんだろうか。この本は調査の結果をまとめたものだから、時代が違う、ということもないだろうし。

ぼっちり
 今度は「急に」。「ぼっと」という語形もあるが、こっちはいかにも「突然」な感じがする…と思うのはネイティブだけか?
 土佐では「丁度良い」という意味だそうである。量だけでなく、タイミングについても使う模様。
 そういう酒があるらしいが、それだけでなく、ホテルの宿泊プランや飲み屋のコースにも使われている。
 かと思うと、茨城の古い方言では「少し」という意味になるそうだ。

ごっぽ
 これも「急に」。ただし廃語マークがついている。
 庄内では、これは「体の垢」を指す幼児語らしい。体のしわに溜まっている垢やゴミ、というような説明も見かけた。
 新潟ではゴボウのこと。
 また、金沢では下駄の歯の間につく雪のことを言う。これをかきとるため、道に設置してある石を「ごっぽ石」と呼ぶ。
 強調表現として使われている例はたくさん見つかる。

わらわらど
 急いで、さっさと。
 岩手、山形、新潟あたりにも見られる。なんかの本で読んだんだが、柴田理恵が芝居で、謎の呪文として「わらわらままけはー」という表現を使ったらしい。これは「さっさとご飯を食べてしまいなさい」という意味。
 実は「わらわら」で「一生懸命」というのもある。これまた「わらわらど」と使用範囲が重なる。
 現在の語感としては、虫など小さいものがたくさん飛び出してくる様子、って感じがするのだが、それは俺だけか?

ややど
 これも「急いで」。
 聞くところによると津軽ねぷたの掛け声「やーやどー」はこれだそうである。
 だが、言い方がゆっくりしているので、とても急いでる風には聞えない。
 俗に、津軽ねぷたは戦に出るときの祭り、青森ねぶたは凱旋の祭りなんて言われるが、その辺りが関係あるのかしらん。

 話は変わるが、これを調べているとき、「ややど真ん中」というような表現をいくつか見かけた。
「やや」とぼかしているのに「ど真ん中」って。

べっちゃ
 これは「ぺっちゃんこ」。説明する語の方も擬態語である。
 淡路島では「べっちゃない」で大丈夫という意味らしい。兵庫県南部地震の慰霊碑は「べっちゃないロック」と呼ばれる由。
 能登では「違う」という意味だそうである。「別や」という解説を目にした。
べっちゃり」という形もあるが、勿論これは、他の地域、というか全国共通語としては、すっかり濡れてしまっている様子を言う。

 最後、「そっこど」。
 他の地域はともかく、「こそっと」を並べ替えただけであるのが不思議。音韻交替?

 衝突しまくりであることを確認しつつ、紙面が尽きた。
 多分、つづく。




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