去年の暮れだったか、「
年明けうどん」が話題になった。
年越し蕎麦に対抗して讃岐うどん関係者が仕掛けた、というようなことだったと思うが、聞くところによれば元々西日本のうどん主体地域では「年越しうどん」のところは少なくなかったらしい。それを全国に広めようという趣旨だったのだろうか。
俺がピアノのレッスンの前に行く店も商魂たくましく松の内限定で年明けうどんをやっていたが、それが過ぎたあとは同じものを「寿うどん」とか言って売っている。
ものは勿論、讃岐うどんではなく稲庭うどん (同じビル内に讃岐うどんの店あるし) で、上には「寿」って書いたカマボコ、とろろの上に鶉の卵でこれはおそらく朝日というか初日の出。
具が多いだけにちと高め。
「
節分蕎麦」っていうのもあるらしい。
調べたところでは、どうやら昔からある風習で、最近になって業界が仕掛けたというものではないようだ。
そもそも「節分」は読んで字の如し、季節の分かれ目で年に 4 回ある。それが今は冬の奴だけが残ってるわけだが、もともとはそこが「年越し」で、この「節分蕎麦」が本来の「年越し蕎麦」だった由。江戸時代の文献で年末の蕎麦のことを「年越し蕎麦」と言っているものは見つかっていないそうである。
さて、節分といえば、すっかり世を席巻してしまった感のある、
恵方巻。
近くのスーパーでも 3 週間前からキャンペーンを展開、今年は床に恵方を示すシールまで貼っていた。
食品業界の正月とバレンタインの間を埋める作戦だというのは
前にも書いたが、よく考えたら、特別な作業は必要ないもんな。多少、具は違ってるかもしれないけど、基本的には単なる巻き寿司なんだし。販促としては楽な部類なんではあるまいか。だから普及しちゃったのかねぇ。
それにしても、これ本当にやってる人いるのかね。恵方を向いて、はいいとして、無言の笑顔で巻き寿司一本。スーパーの棚に写真貼ってあったけど、何度見ても不気味。
なお、「節分 AND 方言」で検索すると、この恵方巻関連の記事が多数ヒットする。「
まるかぶり」が関西の言葉であることを解説するページが多いからである。
この文章は、ここを見逃すと、方言絡みの話はない。って、俺は酒井くにお・とおるか。
これは金の問題なのかもしれないが、「
まるかぶり」は商標問題があったらしい。
ここに審判の記事がある。
これを読むと、Wikipedia とか各社のホームページの文章が根拠になっていて、そういう時代なんだねぇ、って感じがする。
ほいで、言葉と金って意外に近いんだねぇ、とも。
「
喜方巻」ってのもあるらしい。
これは、福島喜多方の企画で、喜多方らしくラーメンの具を使った巻き寿司らしい。字面も恵方巻に対抗できそうだし、何より旨そうだな。
オーソドックスな節分行事。
これは、その床にシールを貼っていたスーパーで流していたテープの内容による。そこが独自に作成していたものだとは思えないので、他のところでも流れていたに違いない。「鬼は外。福は内」だけではない、という話。
まず、面白いと思ったのは、「鬼」を「大荷」と置き換えて、「
大荷は内」と言う地域。関西方面の商家関係で言うらしい。商売繁盛は大阪っぽい感じがする。
ほかの「
鬼は内」には、鬼を祭っている神社があるところ、「鬼」という姓が多いところがあるようである。
また、「
鬼は内」で鬼を呼び込んで、問答をして言い負かし、更生させたうえでリリースする、というところもあるらしい。
節分で二月だけが残ったのはなんでだろうね。
やっぱり寒いからか。今は一番寒い時期だけどもうちょっとで春だ、というのも祭りをやろうって気にさせるのかもしれない。
現に――ここで俺が「現に」と言って根拠にするのも妙な話だが、実はスノトレの調子が悪い。なお「
スノトレ」というのは雪道用のズックだと思って欲しい。うまく説明する言葉がないなぁ。ズックが死語だもんなぁ。実は、スニーカーって言おうと思ったんだが、あれだけ工夫した靴底で“sneak”もねぇなぁ、と思ってやめた。歩くためのもので運動靴じゃねぇし。
で、その
スノトレ、もう一月もしたら必要なくなる、いや、雪は降るかもしれないが流石に 3 月中旬ともなれば、もうちょっとしのげば、って時期なので、買わない。つまり、もうすぐ春、という前提で動いてるわけ。
最後の気合を入れる時期なのかなぁ。