Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第551夜

ポイズンリムーバー



 こないだ通勤中、いきなり黒い物体が突っ込んできたかと思うと、俺の首筋に激突した。なんかの虫らしい。職場についたらすぐにトイレに飛び込んで真っ裸になりそいつが残ってないか確認したが、どうやらそれはターゲットからの離脱には成功していたらしい。首筋には、明らかにキスマークとは異なる形の痕が一つ。
 その日はどうということもなかったのだが、夜から痒くなり始めた。一体、奴は何だったんだろうな。
 実は、先週の「網戸」の話は虫のことを書くつもりだったのだが、戸関係の話題が意外に集まったものだから、そっちを先にしたのだ。方言濃度が低かったのはアレだが、今週は本来の目的に戻って、虫。

 網戸といえば蚊である。
 あんまり期待せずにググったらそこそこあった。
ぬかご」という形がいくつか見られる。
「ぬかご」と言ったら芋の突然変異のことだと思っていたが「糠蚊」というのがいて、その変形が「糠子」らしい。
 大辞林を引くと、「糠蝿 (ぬかばえ)」とかも書かれていて蝿なんだか蚊なんだかはっきりしてほしいところだが、どちらでもない「ぬかか」という種族なのだった。
 これには「めまとい」「まくなぎ」という語も紹介されているが、前者は用例見当たらず、後者は俳句ばっかりがヒットする。当然、夏の季語。
 ユスリカと同一視してる人もいるようだが、別の生物。まぁ、うぜぇなぁ、と思っている分には同じようなもんだろうが。

 というわけで、実は方言ではない、というところから入ってしまった。やっぱり用例の少ない語はいかんな。
 こっちは例がいっぱい。「かーめ」「かんめ」。どっちも茨城。
 どうやら茨城の一部では、動物に「め」をつける言い回しがある由。「くそ、あの憎たらしい蚊の野郎め」の「め」ではない。「かんめ」は「蚊」そのもののことである。「ねこめ」「いぬめ」「ひゃーめ (蝿)」などもある。
 ガガンボのことは「かんめのおやじ」。激しく納得。漢字で書くと「大蚊」だし。
 名古屋弁という紹介の仕方が多いが、瀬戸、あるいは岐阜の一部でも言うらしい。「かんす」。なぜ「かんす」なのかの説明は見当たらず。尤も、「かんめ」の方もなかったけどさ。
 南部ないし秋田の一部には「よが」という形がある。
 これについて調べると、石坂洋次郎の話題が多数ヒットする。横手で教師をしていた頃のあだ名が「夜蚊」だったそうだ。線の細い感じから来たのだろうか。このホームページにしては珍しく文学の匂いがしてきたな。読んだことないけど、「恋」を「変」と書き間違えたエピソードはなぜか知っている。

 平成の今、「変して」をググると、そのほとんどが、携帯電話の買い替えを示す「機種変して」である。

 すでにちょっと出た蝿。
」「ひゃー」「はい」などが見つかる。北陸には「はえぼぼ」という形もある由。
 実は「はえちょぼ」という形も見つけたのだが、用例がエラく少ないので独立して取り上げるのには躊躇を感じる。
 方言から離れると、「五月蝿い」と書いて「うるさい」と読ませるあれを思い出す。
 まず、「五月蝿」は「さばえ」と読んで、この時期に現れる蝿の群れのことである。蚊柱なんつーのがあるが、それの蝿版というところか。
 で、更に突っ込むと、五月が「さつき」なのは、「五月蝿」が現れる月だから、という説があるそうな。
 もっと突っ込めば、これに「い」をくっつけて「うるさい」と読ませたのは夏目漱石だそうである。

 ブユとかブヨとか。
 標準形は「ブユ」。「ブト」という形が関西にある。「ブヨ」は東日本。個人的には「ブユ」という語形にはひ弱さを感じる。なんでだろ。
 こいつは、蚊と違って刺すのではなく、皮膚を噛み千切る。その瞬間、ものすごく痛い。
 ここ数年、MTB のイベントでじっとしてるときにやられることが多いのだが、俺の場合、はっきりと腫れるのでタチが悪い。今年も左の手首をやられたのだが、なまじ細い部位であるだけに両腕を並べるとはっきりと形が違うのがわかる。腫れが引くのに十日くらいかかったが、痕は一ヶ月以上も経った今でも残っている。

 いつも一緒に行く MTB 仲間は、「ポイズンリムーバー」というツールを持っている。注射器の子分みたいなもので、刺された部位に押し当てて、注射とは逆に思いっきり引く。これによって毒を吸い出すわけだ。このときも一応、借りたのだが、手首は筋肉が薄いから、硬いツールを強く押し当てるのが難しくてちょっと使いにくかった。治るに時間がかかったのはそのせいなかもしれない。
 虫刺されは、流水で長時間洗うだけでも効果はあるそうだ。
 今年は、冬が暖かくて、夏も暑い、という噂。虫が大量発生したらどうしよう、と心配しているところである。




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