Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第491夜

ふたっつ



 俺の、首都圏における秋田弁は、アクセントやイントネーションだけかと思ってたら、そうではない、ということに気づいた。
 髭剃りの替え刃を買いに行ったときの事である。
 何も出張中にくたびれなくたって、と思わないこともないが、こういうものは都会のほうが安い。まぁよかろう。
 で、それには型番を控えて電器屋に行くわけだが、俺が持っているブラウンの髭剃りには、型番らしきものが二箇所に書かれている。しかも、その番号、よく似ているのだが違う。そう言えば、替え刃を買おうとするといつも迷っていたような気がする。
 で、その両方をメモして行ったのだが、結局わからず、棚の前で迷っていると、問屋かメーカーから派遣されてきたと思しいおばちゃんが寄ってきて、探し物か、と聞く。実はかくかくしかじかで、と説明するわけだが、そのとき俺は、「俺の髭剃り、番号がふたっつ書いてあるんですよ」と言ったのだ。

ふたっつ」である。
 どう考えたって標準語形ではない。
 しかも、その人は知り合いでもなんでもない。俺は、ある程度は、型にはまった言葉遣いをすることを要求されている。
 なのに、「ふたっつ」だったのである。
 これは、俺が言葉遣いを制御できていない、ということの証拠であろう。
 もちろん、家電屋の店員さんというのは、しゃちほこばった人は少ないから、俺が砕けた表現を使ったからといって問題にはならないが、自分が「ふたっつ」を平気で使っている、というというのはちょっと驚きだった。

 秋田弁ではほかに「ひとっつ」「いづっつ」「ななっつ」「こごのっつ」というのもある。
 今や風前の灯の紅白歌合戦で、勝敗を決めるボールを数えるときに「ひとーっつ」「ふたーっつ」とやるが、あれとは違う。ああいう間延びした言い方ではなく、「ひとつ」「ふたつ」に「っ」がスポっと入るのである。
いづっつ」「こごのっつ」あたりであれば、いくら俺でも自制が利いたと思う。清音だというのも遠因になったにちがいない。

 一方、俺は「ひとつだけじゃないんだよ」ということを言いたかったのである。複数あるから、どれが型番だかわかんないんだ、と言いたい。強調したい。そこに促音が入ってくるのはごく自然なことだ。
 と考えてくると、俺の「ふたっつ」が果たして秋田弁がこぼれたものかどうかはわからなくなってくる。むしろ、強調しようとして促音を挿入した形が、秋田弁での形とたまたま一緒だった、という可能性すら出てくる。
 言葉というのはあいまいで難しい。

 秋田弁と促音という関係の話をすると、「いっきろ」というのがある。
“1kg”もしくは“1km”のことだ。
 標準語形では「いちきろ」となる。
 初めて上京した 18 歳のころ、これを口にして「え?」と聞き返されてびっくりした。「ゴミを捨てる」を「なげる」と言うのとは違って、誤解のしようのない表現だと思っていたからだ。
 これも前に書いたと思う。「寝った」。「眠っている」という意味の「寝た」である。「寝た」は「体を横たえた」という意味もあるので、確かに寝付いた、ということを言う場合は「寝った」が便利である。

 促音は、九州弁で多用される。
 よく話題になるのは、「取っている」の「とっとっと」で、ニワトリ追ってるんじゃねぇんだからよ、てのことは武田鉄也が言ってたような気がする。
 さらに特徴的なのは、促音で文が終わることである。
 先週、床屋の話を書いたときに出てきた用例なのだが、鹿児島の「びんたんけつんけいっ」という表現がある。「びんたの毛を摘みに行く」ってことだが、「行く」が「行っ」になって、そこで文が終わるわけだ。
 この促音化はいろいろな音に適用され、その結果、「茎」も「靴」も「来る」も「くっ」になる。非ネイティブはこれで苦労する。
 そもそも、「鹿児島」が「かごっま」になるのだから油断ならない。
 こないだ紹介した「新日本奇行」でも「筑後うどん」というのが紹介されていた。これは「ちっごうどん」である。

 JR が駅にキャッシュディスペンサーを設置している。“VIEW ALTTE”と書いて「ビュー アルッテ」と読む。多分、もともとは「駅にもあるって」というあたりだと思うんだが、「歩いて」を「歩って」という地域もある。ググったら関係ないのが山ほどヒットしちゃってどこだかは確認できなかった。東京の周囲だったような気はするんだが。
 そもそも、その由来が不明だが。公式サイトみたいなのが見当たらない。ひょっとして古いサービスだっただろうか。

 さて、長かった出張も今日で終わりである。
 さっきから宅配便屋が荷物を取りに来るのを待ってるのだが、なかなか来ないな…。



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