Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第485夜

下っこ?



 こないだの駄菓子屋。
 沖縄で「いっせんまちやぐわー」という言い方をするのだが、「いっせん」は「一銭」だとしても、「まちやぐわー」がどこでどう切れるのかわからない、と書いた。
 その後、「ぐわー」というのが指小辞である、ということを知った。
 だとすると、立派な店舗のことが「まちや」で、それに「ぐわー」がくっついて、「お店」くらいの意味になった、と考えるといいのかもしれない。
 何かこの辺、すっきりした説明に当たらない。「いっせんまちや」と後ろの「ぐわー」がない形もあったりするのだ。
 なお、「一銭」ではなく「1 セント」だという説もある。
 正直、沖縄で「一銭」か? と思っていたので、「セント」説の方がもっともらしく思える。この辺、沖縄の通貨制度のことを確認しないで書いているが、そもそも「いっせんまちやぐわー」という表現が生まれたのがいつなのかがわからないと、貨幣制度の変化だけを追ってもしょうがないので許して欲しい。

 つうことで、今回は「指小辞」の話。
 一応、解説しておくと、単語の前後にくっついて、もとの単語よりは規模の小さなものを指す語を作る接辞のこと、である。
 外国語で例を挙げると、葉巻が“cigar”だが、紙巻タバコは“cigarette”で、この“-ette”が指小辞。今年、注目の集まっているイタリア語では、歌劇である“opera”に対して、軽歌劇という訳のあてられる“operetta”の“-etta”も同じ。“-ino”というのもあって、例えば「ビオラの小さい奴」という“violino”がヴァイオリン。
 何も語尾に限らない。「こざかしい」の「こ」もそうで、「賢しい」のではなく、ちょっと格下に見られている感じ。「ひ弱」の「ひ」も。
「小憎らしい」あたりになると、逆に、「憎らしい」程度が弱くなっている、という感じがする。
 人の名前につく「ちゃん」も、目下のものにしか使わない、ということを考えれば、指小辞的性格を持っている、とは言える。

「夕焼け小焼け」の「こ」もそうかと思ったんだが、これ、諸説紛紛のようである。大辞林では「小焼け」に「『夕焼け』と語調をそろえていう語」という解説をつけている。

 あんまり方言における指小辞に行き当たらない。
 日本語にはそれほど多くないのだろうか。
 前に NHK の「ふるさと日本のことば」で茨城を取り上げたとき、「〜め」という指小辞があることが紹介されていた。そのときの例を引けば、「犬めと散歩に行く」という感じらしい。この「」には、「権力の犬め」というような、軽蔑のニュアンスはない。

 秋田弁の指小辞といえば、「っこ」。
 小規模というか、親しみを込めたニュアンスを持っている。勿論、元の単語より立派なものを指すことはない。
「どじょっこふなっこ」という歌があるが、「どじょう」「ふな」ではないわけである。童謡だし。歌詞には「しがこ (氷)」という単語も出てくる。
 勿論、フナだって 20cm くらいになったりすることはあるのだが、それを「ふなっこ」と表現すると、「でけ ふなっこ だごど (大きな『ふなっこ』だこと)」という突っ込みが入ることが予想される。

 そういや、飴のことを「飴ちゃん」って言うのは大阪だったっけか。

 前から気になっている漫画がある。
りんごの木の下っこで〜初恋」という。
 作者は ふじのはるか、という人で、まんがタイムのシリーズに連載されていた。
 舞台はどうやら秋田らしい。この人のほかの作品でも、秋田が舞台になっているものがあるのだが、ひょっとしたら秋田出身なんだろうか。方言を文字に直すのに苦労してるな、という感じはうける。
 で、「下っこ」である。これが引っかかる。
 俺の語感では、「下」に「っこ」はつかない。「っこ」は、抽象名詞にはつかないような気がするのだがどうだろう。何か具体的なものを指す単語でしか使えないと思うのだ。
 ためしに「下っこ」をググってみると、これがまた、ほとんどがこの漫画に対する言及である。
 抽象名詞に「っこ」がつく地域があるか、「秋田弁といえば『っこ』でしょ」ということで編集者に押し切られたか、あるいは、作者・編集部含め、秋田弁ネイティブは一人もいないか。実は、まんがの中に出てくる秋田弁に、いくらか不自然な感じがないこともないのだ。

 印欧語では固有名詞にすら指小辞がくっつく。
 上に“-ette”の形を挙げたが、ヘンリーという名前のフランス語形“Henri”にこれをくっつけてできた女性名が“Henriette”である。我々は普通「アンリエッタ」として記憶している。ジェーン (Jane) に対してジャネット (Janet)、ジュリアに対してジュリエットなどなど、かなりの数に上る。この辺は、怪しい人名辞典の「人名対照表」が詳しい。

 今回の検索範囲では、「っこ」の関係で「いぶりがっこ」に関する言及が多数見つかったのだが、嘘もしくは不正確な表現が多いのには困った。
「いぶりがっこ」は、燻製にした大根を漬けたものであって、沢庵の燻製ではない。ご注意あれ。
 個人的には、「スモーク大根」って表現にはものすごい違和感を覚える。



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