Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第379夜

目で見る方言



 どうも目が疲れていかん。かれこれ 10 日ほどになる。
 まぁ、パソコン使った仕事だし、休みの日にもディスプレイとにらめっこしてることは多いから疲れて当然なんだけどな。

 とは言いながら、最近は自宅で使うことは減った。
 理由は色々とあって、まず第一にはピアノの練習で忙しい、ってことなんだが、一昨年の夏に常時接続環境になって、そしたら結構、侵入しようとしてくる奴がいる、ということがわかったもんだから、使う予定がないときは電源を切ることにした。ご存知の通り、パソコンってのはスイッチ入れてから使えるようになるまでちょっとばかり時間がかかるから、そうなると使わずに済ませるようになる。
 仕事が端境期のせいもある。仕事中にここの文章いやなんでもありません。

 というわけで、目だ。相当、にもやってるが。
 秋田の「まなぐ」は、説明の必要はあるまい。「まなこ」である。
 能代あたりにある、大きな目が特徴の凧は「まなぐだご」と言う。「べらぼう」とかいうこともあるな。
 訂正。
「まなぐ凧」は湯沢の凧でした。基本的に墨で描かれたシンプルな柄です。
 こちらをどうぞ。
 こんなお酒もあります。

「べらぼう凧」が能代のです。男と女があるそうな。
 こちらをどうぞ。

 失礼をば。(040308)
 例によって、ググって見る。
 前から気になっているのだが、「目で見る4コマ方言広報紙掲載リスト」。福島県東和町の広報誌に、方言を写真で解説する記事が載っている。コメディのりでほほえましい。すごいな、福島。
 これは、「目で見る」がひっかかったのであって、「目」の俚言形が見つかったわけではない。
 という具合で、「二つ目は」「濃い目」などなど、「目」の俚言形を見つけるのは一苦労である。
 人体のパーツは俚言形が多くて面白い題材だが、「目」の守備範囲の広さには参る。大辞林で引いてみたら、あきらかに「鼻」なんかより説明が長い。
 面白いのは、鋸や畳の目で、「細かく一列に並んだもののすきま」とある。なるほど、あれは隙間のことの方を言っていたわけだ。でも、鋸の場合は「目を立てる」けど、隙間なの?
 方言の話をしているページでも、「〜にも目を向ける」というような表現がヒットする。確かに、人間にとっては「目」は光学器官以上のものであるようだ。

 なので逃げるのだが、最近、話題になるのは「目線」。「有権者の目線に立って」などという言い方をする。「目線」に「立つ」というのも大分、奇妙だが、いつのまにか、「視線」と混同されてしまっている。
 舞台関係の俗語だったらしいが、写真やなんかで個人を特定できないように目の辺りを隠すための線のことも「目線」って言わなかったっけ?
 こういう目線の保有者は、「有権者」「庶民」「子供」などの「弱者」である。例えば「総理大臣の目線で」などとは言わない。ということから、偏見 6 割で言うのだが、今のような形で使い出したのは、エラい連中だろう、きっと。

 近畿・四国あたりでは、二重まぶたを「ふたかわめ」と言う地域がある。「二皮目」だろうが、なんというか即物的。
 そうかと思うと関東の例も見つかる。ひょっとして古形か? 即物的だし、その可能性はある。
 当然、「一皮目」もある。

「目尻」を「しべ」というところがあるらしい。垂れ目の人のことを「しべさがり」と言う。手元の資料では、秋田の鹿角地方で言うらしいが、由利郡では「すべさがり」となるとのこと。
 なぜ「目尻」なのかについては、「くじる」に語源を求める解説を見つけたのだが、それはそれで納得するとして、じゃ「目頭」と対応が取れているのは偶然か、あるいは、意図的に「頭」にしたのか。疑問が増える。

 困ったので、「瞳」に切り替えてみる。いかん。今度は、『二十四の瞳』が山ほどヒットする。
 ただ、「ほとけさん」と言う地域が見つかった。3 件しかないが、四国・中国である。

 というわけで、この辺りでお茶を濁して逃げ切ろうかと思う。
 実は、こんなのも見つかっている。
遺伝子の方言
方言をしゃべる魚の生活を守る
「方言」っていう単語は、こういう使われ方もする。






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